この世で何が一番恐ろしい?そりゃ女性じゃないですか?
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「三年前と……同じね……」
あの時のように、全てを捉えられた。
「私は、この三年を無駄にしたのね……」
彼はもう、霊界堂美夜を見ていない。見据えているのは、決勝のみ。
「そんなの……」
そう、そんなことを、
「――認められずはずがないでしょう」
認めていいわけがない。まだ負けていない。まだ戦える。その為の三年だったのだ。
レフェリーがゆっくりと腕を上げていく。あれが天井を突けば、試合は終わる。
許さない。その腕を下げろ。さもなくばへし折ってやる。
「……終わっていないわよ」
終わらせない。敗北なんかで終わらせない。
そうよね、ウェンディ。私達は、まだやれるでしょう?
《……ミヤが、望むのなら》
ええ、私は望んでいるわ。だから、見せてやりましょう。
私は既に、『追いかけられる者』であることを――ッ!
《……マスターの要求を承認》
美夜は立ち上がり、愛を灯した瞳で男を見つめ、ウェンディと共に、それを唱えた。
《――――リミッター解除――――》
「――――『誰も私に追いつけない』――――」
アリーナに、嵐が吹き荒れる。
☆ ★ ☆
「はい、カットーー!!」
スタジオに監督の声が響く。
社長の真奈のツテで、とあるアクション映画の撮影を見学していた一葵は、役者を本職とする俳優達の演技にただただ感嘆の声をもらしていた。
ーーやはりレベルが違う。
ハリウッド映画に出演経験がある一葵が何を言っているのかと思うかもしれない。だがこれは『その世界にいる者にしか分からない感覚』なのだ。
良い勉強をさせてもらった一葵は演者に挨拶を交わしてスタジオを出る。
出来ることならもっと見学していたいのだが、生憎これからロケがある。
少し急がねば、そう思って廊下を早歩きで進んでいると、角から人が。
「あ、おはようございます!」
「ん?あぁ、おはよう、高坂くん」
彼は新人アイドル高坂守。先ほど見学していた映画の重要な役を担当する期待の新人というやつだ。
「これから撮影?」
「はい!もう少しで僕のアクションシーンが来るので!」
「はは、頑張って」
「はい!お疲れ様です!」
高坂と別れ、スタジオ前でタクシーに乗り込んだ一葵はロケ現場へ。
「これは僕からのチップ。受け取って」
安全運転の中でも急いでくれたタクシー運転手に札束を渡してから、現場に顔を出した一葵を待っていたのは、
「おはよう、里香さん」
「おっはよ〜一葵くん♡」
東里香。これまた先ほど見学していた映画に出演している(出番は終わった彼女は番宣活動)若手女優だ。役柄は引っこみ思案な少女だったが、彼女本人は底抜けに明るい快活な女性である。
「遅いよ〜もう!」
「すみません」
「でも許しちゃうゾ♡」
「ありがとうございます」
「もっと元気にイこ♡」
「そうですね」
「今日の予定は覚えてる?♡」
「すみません」
「もう〜、おバカさん♡ なら里香ちゃんが教えてあげます♡」
「ありがとうございます」
「まずは動物との触れ合いからね♡」
「そうですね」
「羊から始まって〜、最後はゾウさんと触れ合う予定だよ♡」
「そうですね」
「あー!もしかして〜、ロケ終わったら一葵くんのゾウさんと触れ合うこともできちゃう感じかなぁ?♡」
「すみません」
「んも〜、ガード固いんだから♡あ、固いのはゾウさんかな?」
「そうですね」
「正直者め〜♡可愛いゾ♡」
「ありがとうございます」
他愛のない親しげな会話が終わり、ロケが開始される。
「わぁ、羊さんモコモコしてて可愛い〜♡一葵くんもモフモフしてみなよ〜」
「このモフモフは……いや、フワフワ……? フワフワ……」
「どうしたの〜?」
「あ、いや、これはあまりにもフワフワすぎて衝撃的だなぁと」
「おー?なら里香ちゃんのフワフワで癒してあげちゃうゾ?」
「カメラ回ってます。服を脱ごうとしないでください。炎上しますよ」
「毎日してるゾ♡」
羊から次はウサギへ。
「あぁん、ちっちゃくて可愛い♡」
「耳が可愛いですな」
「ですな?」
「誤字です」
「何言ってるのか分からないけど、ウサギちゃんって絶倫なんだよ〜♡」
「カメラ回ってますので発言には気を付けたくださいお願いします」
「実は私も〜、何回戦もイケちゃ――」
「月ではウサギが餅をついているなんて言われますよね」
「あはっ、そうだね〜♡一葵くんはそういうロマンを信じる人かな?」
「いえ、そうでもないかもしれません。真実なんて聞けば分かるので」
「およ?誰に聞くの?」
「月に」
「わぁお、ロマンチストだね♡」
そして幾つか経て、ゾウへ。
「長いお鼻!こんなに長いの、いくら里香でも挿入ら――」
「ゾウは陸上最強の動物なんて言われますよね」
「一葵くんのゾウさんは陸上最強クラスなのかにゃ〜?♡」
「ではそろそろエンディングへ」
放送日。里香のポイッターは炎上。アカウントが消えた。




