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1-1


 情けない話だが、俺は気絶してしまったらしい。

 それとも、アレは夢だったのだろうか。

 気がつくと俺は、自室のベッドで寝転がっていた。

 携帯電話を開いてみると、時刻は午前七時ちょっと前。約十二時間分の記憶が飛んでいる。俺がどうやって家に帰ってきたのか、全然ワカラン。

 試しにメールボックスや着信履歴を確認してみたが、昨日、親からかかってきた着信とメールは確かに残っている。つまり、昨日の出来事は夢ではないという事だ。

 だが、だとしたら、俺はどうやってここに帰ってきたのだろう。

 あの巨人の拳を受けて五体満足であるはずがない……と思うのだが、俺の身体にはかすり傷一つない。どこにも痛みを感じないし、不具合はどこにもないようだった。

 ワカラン。だが、幾ら考えたって答えは出てこない。

 俺は適当に着替えを済ませつつ、リビングへと出た。


 そこにいたのは、我が両親。いつもは朝早く出勤してしまう父親も、何故だか今朝はリビングで新聞を開いていた。珍しい事もあったものだ。

「おはよう」

「あら、おはよう」

 挨拶をすると、母親が返事をしてくれる。

 食卓には既に三人分の朝食が用意されていた。

「なぁ、母さん」

「なぁに?」

「俺って昨日、どうやって帰ってきたっけ?」

「なに、その酔っ払いみたいなセリフ。……もしかして、帰ってくるのが遅いと思ったら、お酒を飲んでたの?」

「ンなわけねぇだろ。俺は品行法制を地で行く男だぞ? そんな成人未満の時点から酒やタバコなんてやるわけねぇだろ」

「品行法制はともかくとして、まぁお酒臭くはないわね」

 食卓の椅子に座りつつ、母親と軽いジャブのような会話を交わす。

 すると、親父もこちらを伺い、小さく咳払いをした。

「お前が酒を嗜むようになったら、少しは俺の晩酌にも付き合ってもらいたいな」

「最低でもあと数年待つんだな、親父」

 新聞を折りたたみつつ、親父まで妙な事を言い出し始める。

 そして、台所で家事をしていた母親も席に着き、家族一同が食卓に勢ぞろいした。

「アンタは昨日、見知らぬ女の子に送られてきたわよ。何があったか知らないけど、女の子の前で気を失うなんてかっこ悪ぅい」

「気を失って……女の子?」

 俺の昨日の記憶と符合する。やはり、あの屋上での事件はあったのだ。

「じゃ、じゃあ。今日は学校で事件とか起こってないか? 屋上に変なヤツが現れたとか、あ、いや……その女の子は無事だったんだな?」

「なぁにトチ狂ってんのよ。いったん、お味噌汁でも飲んで落ち着きなさい」

 母親に勧められ、俺は味噌汁を一口飲む。

 うむ、今日の大根の味噌汁は美味いな。

「因みに、学校では事件なんて起こってないみたいだぞ」

 つい今しがたまで新聞を読んでいた親父がそんな答えをくれた。

 事件が起こっていない……って事は、あの巨人はどこへ?

 あの少女が無事だったって事は、俺の幻覚か何かだったのか?

「あと、女の子についてはお母さんが聞きたいくらいだわぁ。あんな綺麗な娘、どこで引っ掛けてきたのよ?」

「人聞きの悪い言い方をするな! 引っ掛けたつもりはないし、俺だってアイツが誰だか知りたいくらいだ」

 不可思議な行動、不可思議な言葉、不可思議な出来事。

 全てがあの少女を軸に回っている気がしてならない。

 ……そう言えば、あの少女はウチの学校のジャージを着ていた。

 もしや、我が高校の生徒なのではなかろうか!?

「こうしちゃいられん! すぐに学校に行って確かめなければ!」

「あ、ちょっと待ちなさい!」

 居ても立ってもいられず、すぐに学校へと向かおうとした俺の首根っこを、母親が捕まえた。

「ゲッホゲホ! 貴様、自分の息子を絞殺する気か!」

「折角朝ごはん作ったんだから、ちゃんと食べて行きなさいよ。でなけりゃ絞殺なり何なりしてやるわよ」

 飯を食わなければ殺す、と脅されてしまっては、飯を食うしかあるまい……。

 俺はしっかりと朝食を平らげ、いつも通りの時間に登校するのだった。


****


 朝食を食べてゆっくりしてしまったので、なんだか気分が落ち着いてしまった。

 なんか……別に、それほど急いであの娘を探さなくても良いんじゃないかなって気持ちになりつつある。

 どうせ同じ学校なんだろうし、その内見つかるだろう、と。

 俺はゆっくりと顔を洗い、ゆっくりと靴を履き、ゆっくりとドアを開け、

「ゆっくりといってきまーす」

 なんて、誰にも伝わらないボケをしながら、ゆっくりと家を出る。

 すると、ほぼ同時に隣の家から人が出てくる。

「いってきまーす」

 そんな声が聞こえてくる。

 チラリとそちらを見ると、見知った顔がそこにあった。そして、彼女とも目が合う。

「おや、朝の時間が合うなんて珍しいね」

「そうだな、久しぶり。……森野さん」

「おいおい、他人行儀だなぁ。いつも通りハル姉さんと呼びなさいな」

「俺だって高校も二年生になれば、羞恥心と言うのを覚えるのだよ」

「なんだよぅ、私の名前を呼ぶのが恥ずかしいってのかぁ?」

 からかうような視線で俺を睨みつけているのは、隣の家に住んでいる森野晴佳さん。俺よりも二つ年上の、今年は大学生になっている女性だ。

 高校生だった時にもかなりアレだったが、大学生になって輪をかけて垢抜けたような雰囲気になったな、この人は。

 つい数ヶ月前の卒業式の日からずっと顔を合わせていなかったが、そんな短時間で化粧はスキルアップしたし、ショートボブだった髪は伸びたし、その上、髪色が明るくなっている。服装は制服なんかよりもお洒落に決めてるし、アクセサリーも鬱陶しくない程度に付けられている。

 なんて言うか、たった数ヶ月でかなりのお姉さんになってしまった感じがする。

 故に、気安く『ハル姉さん』とは呼べなかったのだ。

「ねぇ、私、チャリンコで駅まで行くんだけど、乗ってく?」

「なにが『乗ってく?』だ。俺に扱がせる気満々だろ。ってか、俺は駅の方には用事はないし、自転車の二人乗りは禁止されてんの。しかも、学校は反対側なの」

「ちぇー、見破られちまったかぁ」

「そりゃそうだろ。何年の付き合いがあると思ってるんだ」

 俺とハル姉さんはいわゆる幼馴染と言うヤツだ。

 歳は二つほど離れているが、同じ幼稚園、同じ小学校、中学校、そして高校。

 ずっと一緒だったが故に、今でもツーカーの付き合いが出来る。

「本来なら幼馴染と言う物は、俺と同い年でないと萌えないというのに、ハル姉さんと来たら、勝手に早めに生まれやがって。もっと空気を読みなさいよ」

「そこはキミが遅く生まれたんでしょ? 私の所為じゃないしぃ」

 軽口を叩きながら、ハル姉さんは楽しそうに笑っていた。

 そんな笑顔が見れるだけで、俺は充分満足できる。ああ、今日はいい朝だ。

 晴れ渡るような気分を噛み締めつつ、俺はハル姉さんに背を向ける。

「じゃあ、俺は急ぐので」

「おぅ、しっかり勉強しなさいよ、青少年」

「それはハル姉さんもだろ。じゃあな」

 軽く手を振り、俺はハル姉さんと別れて学校へ向かおうとしたのだが、

「ねぇ!」

 声をかけられたので、もう一度振り返る。

「なんだよ?」

「ハル姉さん、ってちゃんと呼んでくれたね」

「あ? そりゃそうだろ。アンタはハル姉さんなんだから」

「ううん、そうなんだけど……いや、いいや。これからも私はキミのハル姉さんであり続けるからね、よろしく」

「あんまりよろしくしたくねぇなぁ」

 なんて苦笑しつつ、俺は再び、登校路を歩き始めるのであった。


****


 通学路の途中で見かける女子をチラホラと眺めてみたが、やはり昨日の少女は見当たらなかった。

 もしかして俺たち家族は、一家揃って少女の幻覚を見たのではないか、と変な考えすら浮かんでくる。

 そんな事を考えながら、俺は校門を潜り、昇降口を通り過ぎ、階段を上って、我らが二年四組へとやってくる。

 俺の席は一番後ろの廊下側。夏にはうってつけのポジションだ。

 日差しはほとんどなく、廊下を通る涼しい風が俺の席までやってくる。因みに、我が高校の教室にはクーラーなんて文明の利器は導入されていない。あるのは職員室ぐらいか。

 代わりに暖房はある。流石に教師陣も、冬場に気温が氷点下に下がるのに暖房器具も無しでは勉学どころの話ではないと思ったのだろう。暑さも暑さで問題だが、それ以上に寒さは大きな問題だったのだ。

 冬の暖かさの代償に、夏の暑さを我慢せねばならなくなった俺たちは、涼を取るのにも苦心する。古典的な手段ではあるが、団扇などは効果的である。下敷きなどで代用すればかなり涼しい風を発生させる事も可能なのだ。少し難があるが、ノートなどでも仰げはそこそこの涼しさを手に入れられる。

 俺はそんな風に苦心している学友諸君を眺めながら、立地的優位を享受しているわけだ。

 何もしなくても涼しいというのはこれほど快適なものかね。席替えでこの席を手に入れられた僥倖に感謝したいね。

 そんな教室の片隅に出来た小さなニルヴァーナを満喫しつつ、俺は午前の授業をボーっと過ごした。


 そして昼休みである。

 俺は手早く弁当を平らげると、校舎の一階にある用務員室の戸を叩く。

「おーい、おっさん、いるかぁ?」

 返事を待たずにドアを開けると、カップ麺をすすっている男が一人いた。

「おいこら、勝手に入ってくるんじゃねぇよ。俺がエロビデオを見ながら自慰行為にふけっていたらどうするつもりだったんだ」

「アンタを脅す手札が一つ増えてラッキーって感じかな」

「くっ、この世に生まれた悪魔め! そんな事をしてると、いつか後悔するからな!」

「それはそっくりそのまま、アンタに言い返してやるよ」

 自分の悪行を棚に上げて、なんて事を言いやがる。言うに事欠いて、ニルヴァーナに住まう聖人のような俺様を捕まえて悪魔などと……ヤツの目玉はガラス球か。

「で、何の用だよ? お前の分の昼飯なんかないぞ」

「誰がアンタなんかにたかるか。そうじゃなくて、昨日の事を聞きたいんだ」

「ぬ!? もしや、俺が実は六時よりも前に屋上の鍵を閉めた事か!?」

「テメェ、そんな事してたのか……ッ!」

「うわぁ、ヤブヘビ」

 俺よりも十は年上のクセして、おっさんのうっかりさん具合は一体どういう事なんだ。よくこんな間抜けで今まで生き残れたものだ。自然世界なら早々に淘汰されているような存在であろう。

 だが、意外な事に、この男は生徒たちに割りと人気がある。

 確かに、この用務員のおっさんは顔が良く、佇まいからはワイルドな雰囲気が漂っており、現在でも校内の女子人気は高い。しかし、だからと言ってこんな頭の悪い男に引っかかってしまう女子と言うのは哀れでならないね。

 それが若気の至りと笑い飛ばせればまだいいのだが……。

 そしてかなり腹を割った話まで出来るので、男子人気も上々だ。なんか、近所の気の良いニーチャンみたいな扱いを受けているそうな。

 って、そんな事ではなく。

「昨日、俺以外にも屋上に一人、生徒が入ってたんだよ。アンタは何か知らないか?」

「お前以外にぃ? 俺は別に見てねぇぞ? お前が連れ込んだんじゃねぇの?」

「だったら俺は今、こんな所に足を運んだりしてないわけだが」

「こんな所とは失礼な! 俺の一国一城を捕まえてその暴言、聞き捨てならんな!」

 狭苦しい一国一城もあったもんだ。ってか、ここは学校の敷地でありテメェの部屋じゃねぇだろ。

 などといちいちツッコミきれないので、大幅に割愛するが……そうか、おっさんの差し金でもないとすると、あの女子は一体誰だったのだろうか?

「なんだよ、その生徒の事が気になるのか?」

「まぁ、気になるっちゃ気になるが……」

「じゃあちょっと人相でも教えてみ? おっちゃんが力になってやろう」

「アンタに貸しを作る気はサラサラない」

 こんな男に貸しを作るなんて、人生の汚点に他ならない。絶対に拒否したい。

 ……だが、あの女子が何者だか気になるのも確かだ。

 何の手がかりもないこの状況から、あの女子を探し当てるのは一苦労だろう。

「因みに、おっさんはどの程度の情報なら持ってるんだ?」

「お、聞く気があるかね? なんと俺は今のところ、二年生と三年生は顔と名前が百パー一致するし、一年生でも女子なら全部把握してる」

 という事は、女子ならば全学年把握しているという事か。

 女子だけ全員、という所辺りにこの男の下劣さが窺い知れるね。

「じゃあ、一つ例題を出してみよう」

「おぅおぅ、なんでも来いよ」

「例えば、黒髪短髪で、すごい美少女って言ったら誰を思い浮かべる?」

「うーん、一年の蓮野ちゃんか、二年の吉田ちゃん。あとは三年の御堂ちゃんかなぁ。因みに、挙げた順に可愛さランキング高いよ」

「知らねぇよ、そんな事」

 生徒にランキングとかつけてるんじゃねぇよ、このオヤジは……!

 だが、一応情報は得られた。各学年に一人ずつ候補がいるのだとしたら、その三人を当たってみれば、もしかしたら正解を見つけられるかも知れない。

「ふむ、その功績に免じて、おっさんが昨日、早めに鍵を閉めた事は忘れてやろう」

「ははー、ありがたき幸せ!」

 平伏するおっさんを見ながら、俺は用務員室を出た。

 あのおっさんとこうやってバカやるのも、実は内心、嫌いではない。


 その後、俺は情報を元に各クラスを回ってみた。

 二年生の吉田さんは俺も面識があるが、昨日出会ったのは彼女ではなかった。とすれば手がかりは三年の御堂さんと、一年の蓮野さんとなる。

 とりあえず近い方から、と言うことで三階にある三年生の教室へ。

 上級生の方々は俺を見て、チラホラと奇異の視線を向けるが、こちらが質問すると快く答えてくれた。気の良い先輩たちである。

「美少女で有名な吉田先輩とやらを探しているのですが」

「ん? キミも吉田さんにアタックする気? やめとけやめとけ。玉砕するのがオチだぜ。何せあの人は既に付き合ってる人がいるからな」

 変な勘繰りをされたが、一応クラスは教えてもらい、その教室の入り口から中を覗きこむ。

 すると、教室の真ん中付近に女子同士で食卓を囲んでいる一段があり、その中に御堂さんらしき人物を発見する。

 確かに黒髪短髪で、落ち着いた雰囲気のする美人さんではある。だがハル姉さんほど可愛くはないな……。

 なんて品定めをしている場合ではない。

 あの人は昨日見かけたあの女子ではない。あの娘はもっと胸が小さかったしな。

 一通りクラス中を眺めた後、俺は一年生の教室へと向かった。


 一年生の教室は五階にある。数ヶ月前まで、俺もこのフロアまで階段を上ってきていた物だ。最早懐かしい記憶ですらあるね。

 そんな記憶を掘り返しつつ、俺は適当に一年生の教室を見回る。

 三年のフロアはなんとなく居心地が悪かったが、一年生のフロアは戻ってきた古巣のような物だ。闊歩してもなんら気にならないね。

 それに対して一年生連中は上級生が突然現れた事に、多少なりとビビッているようではあるが、そんな事は俺が知った事ではない。

 悠々と廊下を歩き、チラホラと教室を眺めていると、ふと目が留まる。

 一年二組、窓側の中ほどの席で、たった一人、文庫本を眺めている少女。

 窓から吹く風に髪を撫でさせながら、手元にある文庫を伏し目がちに眺めている。

 その姿は絵になった。

 彼女は空前の美少女と言えよう。

 その儚げな雰囲気すらも切り取り、額に入れて飾ればその家のランクがワンランクほど上がって見えてしまうような、そんな光景であった。

 間違いなく、昨日、屋上で見かけた女子だ。

 だが、今日はどうやらジャージは着ていないようだ。普通に制服を着用している。

 俺は彼女を見つけた興奮と感動から、無遠慮にも一年二組の教室に挨拶もなく入り込み、ズカズカと窓際の席まで歩を進める。

 その姿に一年二組の生徒たちは何を思っただろうか。

 一瞬、談笑していた複数のグループが俺を目に留め、言葉をなくして警戒していた。

 しかし、俺の視線が窓際の女子に向いていると思うと、すぐに談笑を再開する。

 昼休みの騒然さが、また戻ってきた。

 その点に関しても、彼女は特異と言えた。

 一人で静かに文庫本に目を落としている様は、確かに美しくはあったが、いじめられてるのではないかと邪推してしまう。

 俺は彼女の前の席が空いていたので、そこにどっしりと座る。

 チラリ、と彼女がこちらを見た。

「おっす、昨日ぶり」

 挨拶をしてみたが、返答はなかった。

 だが、驚いているようだった。綺麗な黒い瞳をパッチリと開けて俺を見据えている。

「あなたは……」

「昨日、会っただろ? 屋上で」

「覚えてるんですか?」

「昨日の晩飯は覚えてないけど、あんな強烈なイベントは忘れないだろうよ。誰かさんの半裸姿とかな」

「……ヘンタイ」

 憎々しげにそう呟くと、蓮野さんは押し黙ってしまった。

 このままでは埒があかないので、こちらから攻めてみる事にする。

「キミ、名前は蓮野さんって言うのか?」

「……ええ、そうですが。急に人の名前を尋ねるのは失礼に当たるかと思います」

「おっと、これは失敬。俺はこう言うものです」

 そう言って、俺は学生手帳を差し出す。

 そこには俺のフルネームも書いてあるし、なんなら所属クラスと出席番号も書かれてある。住所も書いてあるので紛失しても届けてもらえるぞ!

 そんな生徒手帳を受け取り、サラッと眺めた後、彼女は手帳を返してきた。

「で、君の名前は?」

 受け取りつつ、再び名前を問う。

「……蓮野鼎です」

 諦めたように、フルネームを教えてくれた。

 なるほど、蓮野鼎さん、ね。覚えたぞ。

「で、そんな蓮野さんに聞きたい事があるんだけど」

「お答えできかねます」

「質問の内容も聞かずに?」

「聞かなくてもわかります」

「じゃあ話が早い。昨日の出来事について詳しく聞きたいんだけど」

「お答えできかねます、と言ったはずですが」

 彼女の反応はどこまでもクールだった。

 だがそんな事でめげるほど、俺の好奇心は衰えちゃいない。

「キミが昨日、屋上で何をしていたか知らんが、俺はそれに巻き込まれてるんだ。詳細を知る権利はあると思うんだが?」

「巻き込んでしまった事に関してはお詫びします。ですが、これ以上巻き込まないためにも、事情は説明できません」

 む、割りと真っ当な理由だ。

 知れば知るほど深入りしてしまうパターンは予測していなかったな。

 しかし、ここで諦めるような俺でもない。

「そうは言うが、蓮野さん。俺は――」

 俺が話しかけた瞬間、スピーカーからチャイムが鳴る。

 どうやら学校を歩き回りすぎたか。蓮野さんを見つけるまでに時間をかけすぎた。

「……午後の授業、始まりますよ」

 ポソッと呟くように言った蓮野さんは、どうやらニヤリと笑っているようだった。

 ふっ、小娘め。これで勝ったつもりか。

「時間はなくなったようだな。じゃあ最後に一つ。今後、あんな目に遭わないためにも、近付いちゃいけない場所なんかを教えてくれると嬉しいな」

「近付いちゃいけない場所、ですか……。そうですね、放課後の学校全体です。特に屋上とかは危険ですので絶対に近付かないようにしてください」

「放課後の学校、ね。了解した。いやぁ、蓮野さんは優しいなぁ」

「いきなりなんですか……」

「いや、単なる感想だよ」

 訝る蓮野さんを他所に、俺は立ち上がる。

 聞きたい情報は聞けた。彼女への追撃は放課後にしよう。

「じゃあ、またな、蓮野さん」

「もう二度と会わない方がいいです」

 突き放すようなセリフを聞きながら、一年二組の教室を後にした。

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