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03.Who is your prince?



□ ■ □




【某空き教室

(別名:お守り親衛隊の本部)】



「そ、空……あの空気、なんとかできないのか? 向こうの空気、超怖いんですけど。


 アジくんの引き攣り声に俺は無茶言わないでくれとかぶりを振った。


「君ならどうにかできるだろ」


 ガタブルのエビくんが力なく肘で俺の脇を小突いてくる。

 やっぱりかぶりを振って同じ回答を述べた。


 それでも何とかしろよと二人が交互に肘で小突いてくる。


 嗚呼、フライト兄弟、無茶を言わないで下さい。


 エスケープをお得意としている俺ですよ?

 防御力は平均並みでも、攻撃力並びに戦闘力は皆無です。一抹もありません。

 ましてや向こうで禍々しいオーラを放っている某あたし様と王子を止めろ、だなんて恐れ多いこと俺にはできやしません。


 バシン、床にベルト鞭が叩き付けられて俺達はヒィッと教室の片隅で縮こまる。


 向こうではベルト鞭をビーンと張らせて仁王立ちしているあたし様と王子。

 各々ベルト鞭を持って、正座を強いている親衛隊を見下ろしていた。

 俺も当事者だろうから向こうに行かなきゃいけないんだろうけど、怒気を纏う二人が怖過ぎてこわすぎて。

 双方、鞭を持つ姿が絵になっている。余計恐怖心を煽られた。


 一方、ボロッとした身形で正座している親衛隊の皆さん方はちょっと嬉しそうだ。

 なるほど、鈴理先輩に仕置きされることが嬉しいのですね。鞭を持つ鈴理先輩の姿にキュン、時々ハァハァモジモジとしてらっしゃる。


 あのM族と同じにされようとしていたのか。想像するだけでも恐ろしい。

 ついでに皆さんのハァハァ姿にドン引いていいですか? とてもキショイ光景なんですよ。いやマジで。


 バシンッ、再び到来するベルト鞭の音。

 奏でたのは御堂先輩。青筋をくっきり立ててキャツ達を睨み下ろしている。

 御堂先輩は純粋に怖いのか、親衛隊の方々は身を小さくして視線を床に落としていた。その反応が普通っすよ、皆さん。


「さあ、誰からヤられたい」


 重々しい沈黙している空気を裂いたのは御堂先輩。

 王子はイケた顔で残酷なことをのたまうと、ググッとベルト鞭を握り締めてこめかみに青筋を立てる。


「泣いても叫んでも喚いても、絶対にヤめてやらないから安心していいよ」


 まさしく鬼畜な言の葉を並べてニッコリ。容姿端麗な方が仰ると鬼畜度が増すのは何故だろう。


 親衛隊の皆様方は発言に対して何を思ったのか、「ヤられるなら是非とも鈴理さまにして欲しいです」果敢にも声を揃えた。

 その勇気には天晴れ。でも薪に油を添えたみたいっす。御堂先輩のこめかみにまた一つくっきりと青筋が。 


「僕はすこぶる男が嫌いでな。特にこういった姑息で卑怯な行為をする男が嫌いで嫌いで仕方がないんだ」


 肩にベルト鞭を置いて一笑。


「今後このような事がないよう、直々に道徳指導をしてやる」


 なーんて言うものだから、親衛隊の皆さん、ビシッと背筋を伸ばして「十二分にしてもらいました!」と口を揃えた。

 きっと身の危険を感じたに違いない。

 だよな。御堂先輩、持ち前の腕力でご指導しそうだもんな。相手は男だし手加減は一切なさそう。


「口出しはしない約束だった筈なのだがなぁ」


 ギリリッと奥歯を噛み締めている鈴理先輩は、怒を露にしてバシバシとベルト鞭で床を叩きつけた。

 その度にハァハァハァ……だけど御堂先輩に睨まれて、はい、反省モード。駄目だこいつ等。救いようがない。


 「キモイな」アジくん、「同性と思いたくないよね」エビくん、「Mにはやっぱなれないや」俺、親衛隊の様子に肌を粟立たせた。


「大体あんた達の目論見が気に食わない空を完膚なきところまで痛めつけてその鬱憤を晴らし、挙句Mにしてやろうだったなんて。あんた達と同じ変態にしようとしていたなんて、言語道断だぞ!」


 身震いをする鈴理先輩は地団太を踏んだ。


 うん、俺も恐ろしいと思いました。

 本当にMにされちまっていたら、今頃どうなっていたやら。きっと『鈴理先輩、俺をもっと攻めて下さい。苛めて下さい。寧ろ痛めつけて踏んで罵ってカッコハートカッコ閉じる』なんてドン引きなことを言っていたのだろう。

 まあ、そんなことを思う前にケッチョンケッチョンの袋叩きにされていたに違いけど。


「隊長っ、我々は今、アイドルに罵られています!」


「高間、これぞ幸せと称すんだ。生きていて良かった」


 やっぱりこいつ等、救いようがない。


 大感激している親衛隊にぶち切れそうになる鈴理先輩、ギッと睨めば向こうがハートを散らす。嗚呼、悪循環。


 やや引き気味に様子を見ていた御堂先輩は舌を鳴らし、自分の話に注目させようと鞭を叩く。キョドる親衛隊の顔を一人ひとり見渡し、「君達がしたことは死罪にあたる」ビシッとベルトで彼等を指した。


「何故ならば、僕の婚約者に手出しをしたからだ。御堂財閥の運命を背負った花嫁に手を出した。これは重罪だ」


 御堂先輩、もはやどっからツッコめばいいか分からないっす。

 いつの間に俺と貴方は婚約しているんですか。

 花嫁……花婿じゃなく花嫁? まさかウェディングドレスを着ろなんて言い出しませんよね。


「鈴理が好きなら好きにするがいいさ。アイドルにするなり、崇めるなり、甚振られるなり好きにしろ。僕が許可する。どうぞ持っていけ」


「なっ、玲。何を勝手に!」


「だがしかし、婚約者への手出しは僕が許さない。よくも傷物にしようと……お前達、御堂財閥の運命を背負った花嫁は誰だ」


 萎縮している親衛隊がお互いにアイコンタクトを取って、小声で俺の名前を紡ぐ。


 バシン、「声が小さい」舐めているのかと御堂先輩が満面の笑顔を作ってベルト鞭を張らせる。

 青褪めながら、さっきよりも大きな声音で俺の名前を紡ぐ親衛隊。まだ声が小さいと一喝する御堂先輩。


 すると教室を満たすくらいの声音で御堂財閥の運命を背負った花嫁の名前を斉唱。

 異様な光景に俺達は唖然の呆然。余所で御堂先輩は宜しいと頷き、話を続ける。


「お前達は罪を犯した。御堂財閥の花嫁を襲おうとしたのだから、それなりの贖罪はしてもらわなければ。

 だから罰を受けるとは別に、僕に償いを見せろ。でなければ半殺し決定だ。まあ、鞭の刑は決定事項だが」


 ゴホンと咳払いを一つする御堂先輩は、ブンッとベルトを靡かせて親衛隊隊長の柳先輩を指差し、ニッコリ。


「お前、今日から団長に任命する。以後、責任を持って僕と豊福の仲を援護しろ。いいかい?」


「え゛。で、ですが我々は鈴理くんの親衛隊でして」


「ですがも何もクソもあるか。大事なフィアンセを襲おうとしたんだ。その分、しっかり体を張って豊福を守ってもらう。いいかい、これはお前達にとっても悪い条件ではない筈だ。なにせ、僕が彼を(めと)れば、君たちのアイドルは純粋にアイドルとして戻ってくるのだから」


 ボソリと呟く御堂先輩は異論なんてないだろ、と王子スマイル。反論は受け付けないと顔に堂々と書いてある。

 柳先輩は他の親衛隊に目を向けた。アイコンタクトを返す親衛隊の皆さんは、うんっと頷いた。で、はい、一斉に拍手。


「婚約おめでとうございます」

「頑張って下さい」

「立派な世継ぎを生んで下さい」


 完全に御堂先輩に味方して声援を送っている。


 な、なんて人だ。あの親衛隊をやり込めるなんて……完全に丸め込まれたよ。


「ちょろい」


 結った髪を靡かせる御堂先輩は、呆気に取られている鈴理先輩に対して不敵に一笑。


「狙った獲物を手に入れるには、まず周りから固めなければな? ツメが甘いぞ、鈴理」


 つ、強ぇあの人。完全無欠だ。

 あの鈴理先輩を上回る頭脳派というかなんというか。やることがえげつねぇ。


「くそ。侮っていた」


 親指の爪を齧る鈴理先輩にふふんと鼻を鳴らし、「僕は本気だと言っただろ?」本気になったからにはやることは徹底的にする。

 グッと握り拳を作って高らかに宣言。そう、後れを取っている分、何事も徹底的にしなければならないのだと御堂先輩は何処からともなく手帳を取り出して俺達にどどーんと見せ付けてくる。



「僕は婚約者のために、彼の行動を事細かに記録し始めたんだ。例えば……そうだな。昨日の豊福の起床刻は6時、身支度朝食等々済ませて45分に家を発つ。

 ちなみに朝食メニューはおにぎり(梅干入り)一個と、熱い茶。もう少し食べなければいけないと思うぞ、豊福。


 えーっとそれから家を発った途中、自販機下に十円玉を見つけて大喜びするものの交番に届けるべきか思い悩む。

 だがつい癖なのか、自販機の小銭口におつりの忘れがないかどうか調べてしまう。


 なるほど、庶民らしい可愛げのある癖だな。

 結局十円玉は有り難く頂き、上機嫌で学校に登校。そこで鈴理と会い……、……、此処は端折る。僕としては面白くない内容だからな。


 さてと、その日、豊福が受けた授業科目だが。

 一時限目は英語、二時限目は数Aで三時限は(中略)、各々受けた授業内容は(中略)、授業間の休み時間はこんなことをして(中略)、昼休みを迎える。


 昼休みの行動だが、まず大雅と鉢合わせになり共に学食堂へ」



「ちょ、ちょちょちょぉおおおお! 御堂先輩っ、完璧過ぎる行動把握が怖いっす! すべて事実だからこそ怖いっす! どっから俺の行動を見ていたんですか。俺の家の朝食まで把握っ、うわぁあああ十円玉のところも知ってくれちゃって、恥ずかしさのあまりに死ねそうっすよ俺!」



 そこまで事細かに記録されているとは。

 羞恥と恐怖でわなわなと震える俺に、御堂先輩は女子が黄色い悲鳴を上げるような満面の笑顔でこうのたまった。


「これも愛ゆえにだ、豊福」


 その愛、世間体ではストーカーと呼ぶんじゃ。

 それとも俺の常識が間違っているのだろうか。培ってきた常識が間違っているのだろうか!


 意気揚々としている御堂先輩にショックを受けていると、「馬鹿め」鈴理先輩はチッチッチと立てた人差し指を振って異議申し立て。


「あたしはとっくに把握済みだ! 今もあんたと同じことをしている」


 恐ろしいことを暴露してくれたもんだから、ダブルショッキング。

 貴方様もそんなことをして下さっているんっすか。学院内で俺の行動を把握していたのは知っていましたっすけど、でも、嗚呼、眩暈。


 思わず、ガクリと両膝を床について落ち込んでしまう。

 「そ、空くん」「お、おい空。気を確かに」とフライト兄弟が声を掛けてくれるけど、俺はシクシクと泣いた。


 頭上に雨雲、いや雷雲を作ってシクシクシク。


 愛……嗚呼、愛とはなんぞやもし。

 俺は根本的なところが分からなくなってきた。


 愛、ラブ、アガペーにエロス。

 愛にも多くの種類がある。親子愛に兄弟愛、異性愛、同性愛。

 俺には兄弟がいないから兄弟愛は体験できないけれど、その他の愛なら体験ができる。いや、同性愛もご免被りたい。宇津木ワールドは妄想だけで止めておきたい。まる。


 それはともかく愛とは何か、哲学的に考えみたい。

 人は何故、他者を愛し、求愛するのか、それは一体何故か! 先輩方の行動は愛と呼んでいい範囲なのか!


 父さん、母さん。愛ってなんですか。

 なんでも愛で済ませば許されるってわけでもないでしょーよ。下手すりゃ俺は愛に始終監視されている。


「愛が重い。俺にはお二方の愛が超絶に重い。もう俺、下手な行動できなっ……愛は地球を救うって何処かのテレビ局は言っていたけれど、このままじゃ愛に押し倒されそう」


「あぁあ……まあ同情はするよ。空くん」


「ははっ、好かれるってのも大変だなぁ。まあ、それだけ空がイイ男だって証拠だな」


「ううっ、そう言ってくれるアジくんはいつでも男前。俺の憧れだ」


「照れるじゃんかよっ、おぉお?!」


 アジくんが素っ頓狂な声を上げた。

 何故か、それは御堂先輩がベルト鞭をアジくんに向かって振ったからだ。

 ドッと冷汗を流すアジくんは紙一重にそれを避け、ぎこちなく御堂先輩を流し目。鼻を鳴らす御堂先輩は男前度(女前度?)では負けないという素振りでズカズカと此方に歩み寄り、フンッと鼻を鳴らした。


「君とは好敵手になりそうだな」


 男の中でも要注意人物だと吐き捨て、いつか勝負を申し込むとそっぽ向く。


「嘘だろ。なんで俺が敵視されなきゃいけないんだ」


 アジくんがゲンナリと肩を落とした。


 ごめん、アジくん。

 今のは俺が悪いよな、マジでごめん。

 でもって御堂先輩、闘志を燃やしているどさくさにまぎれて、まぎれて、何しているんですか。俺は男っすよ、貴方様の大嫌いな男。可憐なガールじゃない、普通ボーイっす!


 腰に手を回して体を引き寄せようとする御堂先輩に、そう抗議を述べた。

 彼女の仕置きが怖いから、離れようともするんだけど、「豊福は分かっていないな」顔を覗き込んで微笑を零した。


 ギョッと驚いて、大きく一歩後退する。

 二、三歩、後退して逃げる俺に迫る彼女はあっという間に俺を廊下の窓際に追い込んで、彼女は顔真横に手を付いてきた。 


 「嫌いな奴を」守りたいと思う馬鹿がいるか、全力疾走なんてするか、目と鼻の先で言葉を紡ぐ。


「僕は正門で君を待っていた。ずっと待っていたんだ。

 けれど君は来ない。いつまでも来ない。もしやと思って、君を探していたら……豊福は暴行されていた。どれだけ僕が心配したと思っている? それでも豊福は僕が君を嫌いと言えるかい?」


 澄んだ瞳に暖かな光を宿している彼女は一切、逃げを許さない。視線を逸らそうとする俺を捉えてくるばかりだ。


 向こうで鈴理先輩がギャーギャーと騒いでいるような気がするけど、親衛隊がそれを止めている気もするけど、フライト兄弟がおいおいと青褪めている気もするけど、俺はそれどころじゃない。俺は俺で一杯一杯だ。


 ちょ、ちょちょ、きょ、距離が近い。激近い。

 そしてナニ、この不慣れな展開っ、壁ドン。デジャヴを感じるんだけど。

 おぉおお俺は今、攻められているのかっ、なあ?! おにゃのこポジションに立たされているのか?!


 どうにかして状況を打破したいけど、右も左も御堂先輩が逃げ道を塞いでいる。

 じゃあしゃがんで離脱しようか。俺の思惑を糸も容易く見破ったプリンセスは懐に踏み込んでくる。よってしゃがめない。


 右左下の逃走は不可、では上……無理、物理的に不可能。豊福空は追い詰められた!


 こうなれば両肩を掴んで押し返そう。

 引いて駄目なら押してみろ、だ。

 試みて見事に失敗するのは二秒後の話。肩を掴む間もなく骨張った指に俺の指が絡め取られた。アウチ、万事休す!


 アタフタする俺は愛想笑いで、戯れはやめましょうよっと宥めにかかった。


「戯れじゃないと言えば?」


 こてんと首を傾げてくる王子は小悪魔に綻んでくる。

 何もかもが本気なのだとのたまう彼女は、先程の台詞を繰り返した。「豊福は僕が君を嫌いと言えるかい?」と。


「でもおぉおお男ですし。た、助けてもらったことは、か、感謝はしていますけど」


「嫌いと言えるかい?」


「お。男で……」


「言える?」


「(話を逸らしてくれないし!)あぁああっと、す、好かれている方だとは……思います」


「思うじゃない。好いているんだ」


 ガチ告白をこんなところでしないで下さいよ!

 あぁああま、ままままマジで、これは少女漫画チックな展開だぞ! どうにかしないとっ、俺の性格上、流されちまうっ、流されちまうから!


「そ、そうですか。なんか。て、照れちゃいますね。あはは」


「豊福、僕は君が好きなんだ。君となら生涯を共に歩んでもいい」


 は、は、早過ぎる人生プランっす!


 俺達はまだ十代っすよ。

 これから将来どうしていこうか。就職難だと言われている今日(こんにち)の日本国に不安を抱く学生さんですよ! 生涯を共に、なんてそりゃアータ、病める時も健やかな時も……と誓い合う時に使うお言葉。

 生涯ってお言葉はダイヤモンドよりも硬いんですよ、分かっています?!


 血相を変える俺を余所に、「子供は君似が欲しいな」御堂先輩がニコッと微笑んできた。


「こ、子供?」


 顔を引き攣らせてしまうのは、何故だろうか。嫌な予感しかしないからか。


 「欲しいよな?」「と言われましても」「今欲しいだろ?」「今?」「そう今」「すぐっすか?」「ああ、今すぐ」「……」「な?」


 さあ皆、問題だ。

 今の注目すべき台詞は何処だか分かるかい? 此処は五点問題だぞ。


 はいタイムアウト。答えにいってみよう。

 そう、皆も察しているとおり、“今すぐ”ってところだね。ははっ、参った、今すぐだってよ。どうしよう、パパになるのも夢じゃないぞ。


 うっし、大真面目な話に移ってみよう。

 親になられた方なら一度は経験があるんじゃないだろうか。物心ついた子供に「ねえ、赤ちゃんって何処から来るの?」と、純粋な質問にどう答えようか困ってしまうという経験。


 ある親御様はキャベツから生まれるのよ、と答えるだろう。

 またある親御様はコウノトリさんが運んでくるのよ、と答えるだろう。

 またある親御様は赤ちゃんの木があるのよ、と答えるだろう。


 誰も真実を語ろうとしないのは、幼い子供に真実を伝えても意味が伝わらないからである。


 ではある程度、物心がついている俺等の認識はどうか。

 実は俺、今でもコウノトリが運んでくると思っ……そんな馬鹿な事はほざかない。ほざかない。保健体育を習ってきたんだ。馬鹿は言いません。

 つまり俺が全力でスチューデントセックスに反対しているのはそういう意味合いがあるわけで。


 貴方様もスンバラシイ攻め女っすね! なんて大胆発言、でも俺は断固として拒否する健全男子っぁああ?!


 逃げ道と両手が塞がっていた俺は、目前のプリンセスが力強くその手を引いてきたせいで体のバランスを崩す。

 そのまま床に押し倒されるかと思いきや、彼女はご丁寧にも側にあった机の上に俺を押し倒してくれた。


 ガタガタと揺れる机は危うく倒れてしまいそうだったけど、どうにか脚を踏ん張ってくれる。


 面積の狭い机上に背中を預ける俺は状況を把握する間もなく、覆い被さってくるプリンセスさま。


「僕は紳士らしくいきたいからな。どっかの誰かさんのように、埃まみれた床に押し倒すなんて野蛮な行為はしないよ」


 ニッコリニコニコ顔を作って見下ろしてくる。


 では机上に押し倒すこの行為は野蛮でないと?

 寧ろ俺には押し倒すという行為そのものが野蛮だと思うというかなんというかっ、冗談っすよね?! この状況は冗談だと言って、誰か助けて下さいぃいい!


「うひゃっつ! な、何しているんっすか!」


 俺は素っ頓狂な声を上げた。

 何故か。御堂先輩がお触りお触り、とセクハラをしてきたからだ。


 悲しきかな、逆セクハラにも慣れつつある今日この頃だけど、今、現在進行形で触ってくる場所は初めてセクハラされる場所だった。

 ちなみにセクハラされたことある場所は胸部、背中、腰、太腿の四箇所である。まる。

 では今回は何処か、ヒント、背中とは反対側にある場所。ほぼ答えになっちゃっているよな!


 ゲッ、手がシャツに潜り込んでっ……御堂先輩のエッチィイ!


「腹を触らないで下さい!」


 大して腹筋が割れているわけでもないっすよ。

 しかも直で触れてくるとか、どこぞの攻め女っすか! 俺、鈴理先輩以外の女性に攻めれるわけにはいかないんっすよ! 何が怖いかって彼女の仕置きが怖ぃいいい!


 必死こいて手を止めようとするんだけど、御堂先輩は楽しそうにお触りお触り。王子が変態親父へと変貌しちまったよ。レベルは鈴理先輩と同じ!

 挙句、彼女はシャツをたくし上げてきた。


「可愛らしい腹だな。例えばこの(ほぞ)辺りとか」


「生まれて初めて、他人から腹を見られたことに羞恥を感じました! 変に褒めるのもやめて下さいっ! 熟視するのはもっとやめて下さい!」


「どうして? 婚約者の体を熟視することは必要だと思う。熟視することに相手をより知れるからな。なにより君の体は大事な体……僕はやはり君似の子供が欲しい」


 ちょぉおお、腹にキスしやがりましたよこのバカタレ王子!

 まるで俺が身篭るような愛しむ行為はやめて下さい、俺は身篭らないっすからね!

 どんなにおんにゃの子乙ポジションに立たされようとも、生物学上俺は男。オ・ト・コなんですから!


 受け男ですけれど夫ってポジションは俺に譲ってくだ……その前に結婚、いやお付き合いもしていない仲っすよ、俺達!


「鈴理先輩ぃいい!」


 助けて下さい。このままじゃ食われる。フライト兄弟でもいいから! と、SOS信号を出す俺。


「浮気は駄目だぞ?」


 仕方の無い子だと頬を崩す御堂先輩、その他のギャラリーは親衛隊に誘導されるまま廊下に撤退させられていた。

 これからは夫婦の時間なので、見物ことは不可です。なーんて、柳先輩が仰っている。


 誰が夫婦っすか! 完全に御堂先輩の味方につくなんっ、「豊福」吐息と共に甘く名前を囁かれた。

 「っ!」耳を銜えられて思わず声が出そうになる。間一髪のところで歯を食い縛ったから、どうにかなったけど……あ、あ、アッブネー。キモイ声を公の場で曝け出すところだった。鈴理先輩のせいで耳は発展途上中なんだ。情けないことに。


「やめて下さいって!」


 ジタバタと身を捩り、全力で抵抗する俺を簡単に丸込めて、「照れ屋さんだな」耳の縁をべろべろべろん。


 ゾゾッと背筋を伸ばたところに、ふーっと息を吹きかけられて受け身男は見事に硬直。隙を突いた彼女はグッと顔の距離を縮めて、優しく髪を梳いてくる。


「これからは労わりの時間だ。親衛隊に傷付けられた箇所あるだろ? 全部僕に見せて、曝け出して」


「み……御堂先輩」


「心配させたんだ。それくらいのことはさせて。ね? 君は大事な体なんだから。何処をやられた? 足、腹部、それとも背中? 労わった後は、その傷心を癒して、そして」


 艶かしい手つきで彼女が体躯に触れようとしたその瞬間、ビュンとベルト鞭が飛んできた。

 「おっと」俺を庇うようにそれを避け、雄々しくも素手で掴む御堂先輩は、「まったく」ムードを読んで教室から退散してくれないか、と向こうに視線を投げる。

 んふふっ、不敵におかしな笑みを漏らす鈴理先輩は止めようする親衛隊の手を振り切って、出て行くわけないだろうと口元を引き攣らせた。


「それで攻め女のつもりか? まったくもって生ぬるい攻め方だ。不合格だぞ」


「ははっ、君は野蛮な攻め方をしているようではないか。何事も雰囲気作りは大切だと思うがな。所構わず、どっこでも押し倒す君は発情した雌猫のようだぞ。まさしくケダモノじゃないか」


「あんたも似たようなものじゃないか。あたしの前でよくも空を押し倒してッ、それはあたしの物だぞ」


「僕は此処で彼を頂くつもりはなかったさ。ただ傷付けられた心身を労わろうとしていただけ。ふっ、豊福を物扱いなんて、それこそ野蛮だな。君は本能で生きるだけの攻め女かい?」


「とか何とか言って、ほーんとうは食おうとしていたのではないか? このむっつり」


「なんて下品な。まったく……君って女は無礼な奴極まりないね。おかげさまで水を差された気分だ」


 ピッシャーンゴロゴロ。 

 二人の背景に青いイナズマ、かち合う視線の間に青い火花、こめかみには青筋、ベルトを引き合う光景はまさしく女の戦いそのもの。巻き込まれたらひとたまりもない。

 ということで自分の身がとつても可愛い薄情者の草食男子は机上から下り、こっそりこそこそ四つん這いで教室から避難。廊下に出ようとする。


 「空」「豊福」アウチ、あたし様と王子に見つかっちまった。すくっと立ち上がって、俺はドーモドーモと愛想笑い。腰は完全に逃げ腰だったりする。


 当事者だろ? 

 いやいやいや、攻め女二人に攻められたら逃げるしかできないって。


「空も空だぞ」


 あんたも簡単に攻められるなと鈴理先輩に叱られたのはこの直後。

 め、面目ないっす。これでも全力ガードはしていたつもりなんっすけど。向こうの攻めや押しが強くて。


 だ、だけど努力していたことは認めて欲しい! したがってお仕置きもなしがいい!


「こらこら、僕の嫁を苛めるのはよしてくれないか? あんなにしょぼくれて、可哀想ではないか」


「だーれが誰の嫁か、一から十まであたしに説明してみろ。大体なんであんたが此処にいる?」


「決まってるじゃないか。豊福を家に誘おうと思ったんだ。この前、お邪魔させてもらったし、今度は僕の番だ。大丈夫、今日の彼の日程は完璧に把握している。放課後は丸々空きだそうだから、僕も日程を空けてきた。な? 豊福」


 怖い、俺の日常を知り尽くそうとする王子が怖いっす。ストーカー気質っすよ、御堂先輩。

 まあ……そんなことを言い出したら鈴理先輩もそれに近いものがあると思うんっすけど。てか家にお邪魔させてもらうっ? こ、これは不味い! 不味いも不味いっ、此処で誘いに乗ったら鈴理先輩に殺されかねない。


 ほら見ろよ、彼女のあの目。まさか家に行くんじゃなかろうな? と訴え掛けているし。

 だからと言って誘いを断れる雰囲気でもない。何故かというと御堂先輩に助けてもらった恩がある。断るのは申し訳ないし、目が断るわけないよなー? と訴え掛けているし。



「豊福空、此処は行くべきだぞ。未来の旦那、ん? 妻のために親密になるべきだ!」



 高間先輩が俺の横に立って大主張。「そうだそうだ」行って来いと柳先輩も便乗してくる。

 つくづく御堂先輩と俺の仲を取り持ちたいようだ。追い詰められている俺は眉根を寄せるばかり。


 そんな中、鈴理先輩が邪魔立てする親衛隊にこのようなことをのたまった。


「あんた達。もしもあたしと空の仲を応援しないのなら、あたしは親衛隊の存在を総無視してやる。空気扱いにしてやるからな。よって仕置きも何もせん。今すぐ空気扱いにしてもいいんだぞ」


 ががーん、親衛隊は凄まじいショックを受けたような顔を作る。

 M族の親衛隊だけど無視は堪えるらしい。寧ろ空気扱いは宜しくないらしい。


 まあ確かに鈴理先輩に構ってもらうことで、彼等は生粋のMになれるわけでして。心身Mになれるわけでして。構ってもらわないとなじられも何も畜生もない。


 特にショックを受けている隊長と副隊長は手の平を返したかのように、「断るべきだぞ」「アイドルの言うことは聞け」まーったく正反対のことを助言してくる。


 パキパキ、関節を鳴らす音が何処からともなく聞こえてきたために、親衛隊も追い詰められていた。

 鈴理先輩に味方すれば御堂先輩からの鉄槌は確実、御堂先輩に味方すれば鈴理先輩からの総無視は確定、究極の二者択一だ。


 どちらを選ぶこともできない親衛隊と肩を並べている俺もまた、究極の二者択一を迫られている。


 いや分かっているよ。

 彼氏の立場だったら彼女を選ばないといけない。それは分かっているんだよ。優柔不断だと罵られるかもしれないよな、俺の態度! 


 だけど俺の立場に立たされてみろって。

 誰だって助けてくれた御堂先輩を一蹴したら最後、良心の呵責に悩まされるから! 助けてもらった分際で、お前何様?! になるって!


 ……しかし鈴理先輩も全力で俺を助けに駆けつけてきてくれたわけで。


 返答待ちのあたし様、王子の視線を一身に浴びた俺は「じゃあ間を取って助けてくれたお礼をするというのは」と愛想笑い。


「助けてくれた皆に俺がお礼をします。高い物は奢れないっすけど、ジュースでも奢りますから、それを飲んで皆一緒に仲良く円満に時間を過ごしましょう。そうしましょう。えーっと、今いくらあったか……147円か」


 そっか、ペットボトルは買えないか。買えたとしても一人分か。

 酢こんぶやチロルチョコレートは怒られるよな。売店にも売っていなさそうだし。これを使うと今月文無しになっちゃうんだよな。

 滅多に金は使わないけど、でもいざって時には……いやいや恩にケチるな俺。ちょっと勿体無いとか思うな、俺。



「ポテトチップスを一袋分買えるお金はあるから、それを皆で分けて食べる、じゃあ駄目っすよね。だったら板チョコ……助けてもらったのは鈴理先輩、御堂先輩、それにフライト兄弟の四人か。四等分じゃ小さいよなぁ。

 …………あの親衛隊の皆さん。俺の身、いくらでなら買ってくれるでしょうか? 千円なんて贅沢は言いません。けど、切に五百円は欲しいです。買ってくれるならMにしてくれても構わないです。寧ろMになれるよう頑張るっす」



 もはや背に腹は変えられない、五百円が欲しい俺は親衛隊に交渉を求めた。

 あぼーんな顔をする柳先輩と高間先輩は、息を吹き返したかのように「身売り?!」「しかも親衛隊に?!」口を揃えてツッコまれた。


 だってこのままじゃ奢れない。皆一緒に仲良く円満に時間を過ごしましょうができない。間を取って円満作戦がパァになる。

 軽い財布の中身と対面しては涙を呑む俺、このままじゃお礼ができないと嘆いて彼等に交渉を迫る。


「ベルト鞭でもなんでも耐えますから、俺に五百円を恵んでください。いえ、貸してください」


「と、豊福! それでは助けた意味がないではないか! プラマイゼロ、いやマイナス! お礼をしたいがために身を売る。豊福……健気過ぎる」


「あほか、玲! こら空、あんたが追い詰められるほどの見返りは求めていないぞ! 勝手に奢りを口にし出したのはあんたっつーか、話を脱線させたのはあんたっつーか、身売りなんてあたしが許すかぁああ!

 体は大切にしろー! あんたが身売りしていいのはあたしだけだぁあああ!」


 鈴理先輩の怒声が教室中にエコーしたのは、この直後のことだった。



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