07.蓋
CDショップを出た後、俺はイチゴくんに連れ回されてゲームショップや本屋、スーパーなんかに足を運んだ。
単なる暇潰しだって分かっていたけど、イチゴくんと話していて楽しかったし、なんだか街並みそのものがほんの少しだけ懐かしい気がしたから、俺自身もこの時間を手放したくなかったのかもしれない。
「こうしていると懐かしいな」
おかしいな、全然憶えてないのにそう思うなんて、イチゴくんの笑みに笑みを返す。俺も同じ気持ちだよ、イチゴくん。
日が暮れてしまうまで大通りを歩いた俺は、そろそろ帰ることを相手に伝える。
向こうも帰る気だったんだろう。バス停まで送ると申し出てくれる。
距離的にイチゴくんの住むアパートの方が近かったから、俺はその申し出を断って、一緒にアパートまで行くと再申し出。受理してくれたイチゴくんとアパート前まで和気藹々と話しながら、時間を過ごした。
アパート前に着くとイチゴくんはちょっと物足りなさそうな顔をして、「また来いよ」と照れくさそうにポツポツ。
「折角メアド交換したんだし、またこっちに来て遊ぼうぜ」
「うん、絶対に来るよ。イチゴくんもさ、俺の地元も案内するからこっちに来てな」
「絶対行く」笑うイチゴくんは、それじゃっと手を挙げる。
彼の背中を見送る別れ際、俺はイチゴくんに聞いた。この近くに公園ある? っと。
階段の段に足を掛けていたイチゴくんは不思議そうに動きを止めて、首を捻ってくる。
「公園? んー、五分くらい歩いた先にあるけど、案内しようか?」
「ううん。教えてくれるだけでいいんだ。方角はどっち?」
「バス停を向かう坂道をのぼる前に、右折する道があるんだ。そこを曲がって真っ直ぐ歩けばすぐ。大通り側から行く道もあったんだけど、マンションが建っちまって。あそこは近道だったのになぁ。
ま、分からなかったら携帯に連絡くれよ、迎えに行ってやるから」
目尻を下げるイチゴくんにお礼を言って、俺はアパートを後にした。
このまま楽しい思い出に浸って帰宅したいけど、俺の当初の目的は高所恐怖症の原因探し。イチゴくんとの時間が楽しくて考えないようにしていたけど、俺の高所恐怖症と両親の交通事故、ジャングルジムの大怪我は繋がっている。一貫性がある。
花畑さん曰く、実親の交通事故は俺の目の前で起きているらしい。
ということは、俺は目の前で両親の亡くしたということになる。それに花畑さんは言っていた。両親は俺と約束と交わしていた、と。
約束? なんだそれ。
俺は一抹も憶えていないぞ。ショックで忘れちまっているのか? 幼少の記憶とはいえ大事な思い出なのに、俺はなんで。
蘇ってくる動揺を胸に抱えつつ、俺は暮れた道を歩く。
外灯のおかげで幾分視界の利く夜道、大きなウェーブをえがいている上り坂手前で右折し、イチゴくんの言われたとおり真っ直ぐ歩く。古びた電柱を数本横切り、破れ廃れたポスターの壁を通り過ぎて、目的地に辿り着く。
その公園はとてもひっそりとしていて、閑寂という単語が似つかわしいであろう空気を醸し出している。
遊具も多くはなく、小さな滑り台と砂場。タイヤの渡り道にペンキが剥げ掛けているシーソー。木造のベンチ。柵向こうに、殆ど使われていないであろう電話ボックスも置いてあった。
公園の敷地に足を踏み込んだ俺は、静まり返っている空気のせいなのか、それとも別の理由があるのか、鼓動がバックバクと鳴り響いていた。
口内の水分が急激に失われる中、どうにか体に鞭を打って公園の奥へ奥へと進む。
見慣れない公園なのに、どこか懐かしい公園、俺の体がでかくなったせいか何もかもが小さく見える公園。
ぼぉっと外灯が淡く光る下で俺は息を詰めていた。
つくねんと立っている自分が今、何処にいるのか分からない。錯覚に陥るほど俺は動揺していた。
耳元で鳴り響いている鼓動を抑える術もなく、ただただ重い足取りで砂場やシーソー、タイヤの渡り道を歩いて、吸い込まれるようにひとつの遊具へと足を向けた。
「ジャングルジムだ」
高さのないジャングルジムは、青と黄色で塗装されていたらしい。
らしいというのは、推測することしかできないからだ。大部分の色が剥げちまっている。
でも青と黄色だって推測しながらも、片隅では確証を抱いていた。このジャングルジムの色をは青と黄色だった。確かにそうだった。
ゆっくりと視線を流す。
ジャングルジムの向こう側には流れ流れている車たち。忙しく車の行き交いを眺めながら、俺は見覚えのある道路をただただ見つめる。道路と道を橋渡しするような横断歩道。小さな小さな線上の橋。
――そうだ、あそこで父さんと母さん。
俺は恐怖心を振り切ってジャングルジムに足を掛けた。
組み合った鉄の棒を颯爽と上り、てっぺんまで辿り着くと腰を下ろして道路側の景色、大通り側の景色を一心不乱に見つめる。
通り過ぎる車とライト、通行人、点滅信号、いつもよりちょいと高い世界。俺の苦手な高い世界。多大な恐怖心が芽生えてくるけど無視した。体が震えてくるけどやっぱり無視した。頭痛・吐き気さえ覚えたけど気のせいだと思い込んだ。
目が乾燥しちまうんじゃないかってくらい、瞬きもせずその高い世界で、俺は記憶のページを捲る。
俺はこのてっぺんで遊んでいた。いつも遊んでいた。
そう、そうだ。
俺は此処の場所が好きだった。
高いところから世界を見る快感を覚えちまって、此処に連れて来られる度にジャングルジムにダッシュしていた。
俺は高いところが大好きだったんだ。今とは正反対で高いところが大好きだった。
それがなんで駄目になっちまったか。
理由は簡単、落ちちまったから。俺が大好きなところから盛大に落ちちまったから。
なんで、なんで、なんで落ちた。
これも理由は簡単、大好きな両親が向こうで轢かれるのを見ちまったから。今の両親は辛うじて衝突を避けたけど、実親はトラックに跳ねられちまって。
幼いながらに俺は嘘だろ、え、なんでって混乱。
何が起きたか分からなくて、実親の元に駆け寄ろうと思った。そこがジャングルジムってことも忘れて。
マヌケな話、それで俺は頭から真っ逆さまに落ちて暗転――。
俺はゆっくりとジャングルジムから下りて、振り返らず大通りに向かう。
事故現場だった横断歩道を渡って大回りしながら停留場へ。
時刻表を見る間もなく、バスが来たから俺はそれに乗り込んで最後尾の左窓側の席を陣取った。乗客は疎ら、買い物帰りの主婦や塾に向かうであろう学生がちらほら、ちらほら。
力なく窓枠に肘を掛けて、俺はネオンが散りばめられた夜景に視線を流す。
――空、約束。今度の日曜日、お父さんやお母さんと一緒に公園で遊びましょう。
バスが停まった。
信号待ちらしい。扉が開くこともなく、乗客が乗り込む気配もない。
――だから、ね。今日のお出掛けは我慢してくれる? 楽しみにしていたのは知っていたんだけどお父さんがお仕事になって。
発進するバス、俺の体がぐらっと揺れた。
俺は目を伏せて静かに窓枠に凭れ掛かる。大型車特有のエンジン音をBGMにしながら、ゆらゆらと揺れる車内のゆりかごをいつまでも感じる。
――公園で遊んだ後、ハンバーグを食べに行きましょう。
「母さん、父さん」
――今度は約束する、絶対に約束するわ。ね、空。




