06.俺達はきっと馬が合う
イチゴくんに引き摺られて来た場所は、徒歩15分にあるちょいと寂れた大通り。
活気付いているわけじゃない。でも寂れ切っているわけでもない。中途半端な大通りだ。色に例えるとそうだな、セピア、かな。俺の元住んでいた町はほんと中途半端って言葉が似合う。
ちょいちょいシャッターが下ろされている店を目にしながら、俺はイチゴくんに引き摺られるままCDショップへと足を踏み込んだ。
俺はてんで音楽に疎いんだけど、テレビっ子のおかげでアーティストくらいは知っているし流行っている歌もなんとなく分かる。イチゴくんは今売れているアーティストのCDを数枚、洋楽を数枚、んでもってまだ無名であろうアーティストのCDを数枚手に取っていた。
CDを何枚も買うなんて贅沢買いだな、と思う俺だけど、イチゴくんは大半をCDに費やしているらしい。生粋の音楽スキーさんなんだ。
「一度でいいからバンドとか組んでみたいんだ」
イチゴくんはあどけない笑みを俺に向けて夢を語ってくれた。
別に歌で食べたいってわけじゃなくて、趣味として音楽に携わっていきたいとか。人生の片隅で音楽と関わっていきたい。そのためにギターを練習中らしい。
凄いな、そういう夢があるって。
なんだか立派な夢のあるイチゴくんに憧れた。
だって俺、夢というより目標ばっかり立てているから。
エレガンス学院に入るのも夢というより目標だったし。
高所恐怖症を治すのも、これまた目標にしか過ぎなくて。
うーん、なんか俺の人生超侘しいぞ。俺もいつか夢、見つけたいな。
夢を踏まえて目標を立ててみたい。
「超美人さんなんだろ? 見てみたいんだけど」
俺はアタフタと首を横に振る。
彼女の写真なんてない……嘘、あるけどあれは俺がキスされているやつだ。先輩がLINE越しに画像を送りつけてきたんだよな。
あれを見せるということは、俺の情けない姿を見せてしまうということ。イチゴくんには死んでも見せられない。
「無いのか。なんだよツマンネ」
指を鳴らすイチゴくん。
じゃあ空から見てどんな彼女だという問い掛けに、俺は三点リーダーをたっぷりと出す。
どんな彼女って、多分アジくんから聞いているとおりの彼女図なんだけど。周囲の女性達からは頼れる姐さんで通っていて、でも男の自尊心が傷付けられるほどの雄々しい行動派。あたし様をいかんなき発揮する肉食獣。俺の(一応)ヒーロー、みたいな?
おかげさまで時々俺、モロッコで性転換しないといけないんじゃないか? と思うことがあったりなかったり。
ほら、目を閉じれば思い出す。
お姫様抱っこに逆セクハラ、エスコートをしようとする先輩もいれば、公開ちゅーをする先輩もいたり。公共の場で堂々とセックス発言する先輩もいれば、アアッ、放送禁止用語を多々発する先輩も。
「ッ~~~そういや、女装させようとしたこともあったなっ。もうちょっと女の子らしくなってもいいと思うんっすけど。攻め女でいいっすから、もう少し行動を控えてくれても」
頭を抱えて悶絶する俺はその場でしゃがんだ。
見かねたイチゴくんが、ポンッと俺の肩に手を置いて「苦労しているんだな」同情してくれる。
同情するなら金をくれ、じゃない、同情するなら攻め女に一度攻められてみろ! 先輩は駄目だけど、日本全土を探せばひとりくらい先輩と似た趣向の持ち主と遭遇する筈だ。
ピピピ―ッ!
突如、ブレザーに入れていた携帯が声を上げる。
どうやら電話のようだ。忙しく音を奏でて早く出ろと急かしてくる。俺はイチゴくんに「ちょっとごめん」と断りを入れて、ディスプレイを確認。表記されていた名前は竹之内鈴理。
うそん、先輩、習い事中じゃないんっすか? なんで電話が。
俺はボタンを押して電話に出る。
同時に『遅いぞ!』大喝破してくる先輩の捲くし立てが俺の鼓膜を貫いた。
こ……声でけぇっす。先輩。
『まったく何をしているのだ、空。あたしが電話を掛けたらワンコール以内に出ろ。所有物としての自覚がないんじゃないか? こうしてあたしが電話を掛けているんだ。迅速に電話に出ろ! 命令だぞ!』
また突拍子もなくあたし様を発揮して。
「どうしたんっすか? 突然」
『うむ、聞け空。あたしは今、華道の休憩時間に入っているのだが……習い事最中にふっと思ったのだよ。迎える夏の季節に浴衣を着させたい、と。無論誰が着るかは謂わずもだろ? 何故浴衣に行き着いたかというと華道をする際、あたしは着物を着るわけなのだが……一度空の和服姿も見たいと思ったわけだ。しかし最初から着物を着ろというと空は恐縮するだろうからな。浴衣にしようと思ったわけだ。夏には夏祭りもあるしな!』
「……習い事に集中して下さい」
指導している師範が哀れじゃないっすか。
『で、だ空。あたしが悩んでいるのは浴衣の柄なんだ。一応あんたの好みを聞こうと思う。蝶に金魚、朝顔、どれもあんたに似合いそうな柄なんだが、あたしとしては色気のありそうな花柄が良いと思うんだ!』
「あの先輩、男物の前提で話を進めていますよね?」
『勿論女物だ。問題でもあるのか?』
大有りっすよ、俺、生物学上は男なんですけど。
「男物がいいっす」俺の申し出を、『却下だ、可愛さが半減するだろ』こうのたまってことごとく否定して下さる。女物を俺が着たら可愛さ半減どころかっ、キモさ増大なんっすけど。
「俺が着ても似合わないと思いますよ」
『馬鹿を言うんじゃない空。何故、着る前から消極的発言をする? 着てみないと分からないではないか!
いいか、何事も経験してみないと分からないものだ。食わず嫌いならぬ着らず嫌いでどうする。
それに似合う似合わないはあんたが決めることではなく、あたしが決めることだ! 空の浴衣姿、カッコ女物カッコ閉じる、素晴らしいではないか! 想像するだけで襲いたくなるぞ。
浴衣だと脱がしやすいし、色気も格段にアップして、これまた興奮すると思うのだが。あたしが着ろといえば着る。
空、これは決定事項だ。いいな、浴衣は絶対に着ろよ!
おっと……休憩時間が終わる。
ということで空、浴衣のチョイスはあたしがするから心配するな。可愛くエロイ浴衣を探してやるから!
では、またな。
どうやら向こうの音を聞く限り、外出しているようだが、くれぐれも女に襲われないようにしろよ。空は良い体躯をしているからな。特に腰辺りがエロイのなんのって。
今度こそ、じゃあな。
また電話するから――ブッツン、プーップーップー』
切れちまった。
俺は遠目を作ったまま携帯を折り畳んでポケットに入れる。
先輩、俺に浴衣の意見を聞きたかったんじゃないんっすか? 聞くどころか、最後は強引に自分でお決めになっちゃって。
しかもなんで外出していることが分かったんだろう。携帯越しから聞こえる音だけで分かるのかな? だったらすげぇ。あと、腰辺りがエロイって……先輩だけっす。そんな風に俺を見るの。
始終、後ろで俺等の会話を聞いていたイチゴくんは見事に噴き出して大笑い。ヒィヒィゲッラゲラ笑ってくれた。
「う、噂以上だなっ! 空っ、見事に女扱いされてやんの!」
「煩いなっ。しょーがないだろっ。向こうが男ポジションに立ちたいって言ってるんだからっ。あの強引さには誰だって負けるよ」
反論しても意味なし。意味皆無。意味霧散。
イチゴくんは暫くの間、痙攣する如く大笑いして下さった。笑われれば笑われるほど羞恥心が芽生え、にょきにょき成長してしまう。
頬を赤らめて、相手を睨んでみる。目尻に溜まった涙を拭くイチゴくんは、「まあさ」クスクス笑いながら一応フォローに回った。
「男ポジションを譲ってやるくらいなんだから、お前、相当先輩って方のこと好きなんだな。俺だったら、幾ら美人さんでもごめんだもん。男ポジションを譲るの。やっぱカッコつけたいとか、女の子にカッコイイと思われたいとか思うじゃん? 女の子をリードしたいし」
妥当な意見を頂戴してしまった。
確かにそうだよな、普通はそうだよな。女の子をリードしたり、守ってやるとかキザめいたことを言ってりして、カッコイイと思って欲しい。普通はそう思うよな。
けど俺等カップルはちと異質。男女ポジションがまんま逆転してしまっている。傍から見ればヘタレ男と変人女と見られないでもない。
誰かは言うかもしれない。男の自尊心を傷付けられて耐えられないと。女にいいようにされているなんて言語道断だと。
まったくもってそのとおり、俺もちょいちょい男の自尊心が傷付けられて嘆くし、いいように振り回されて溜息をつくことも多々。
それでも、それでもさ。
俺は彼女のこと、好きなんだ。
奇妙奇怪摩訶不思議な行動を起こして俺を困らせてばかりだけど、彼女が喜ぶ姿を見られると俺も嬉しい。少しくらい傷付いてもいいよ、喜ぶ顔が見られるならさ。ま、度が過ぎると勘弁だけどさ。
「好きだから許せるんだと思う」俺の返答に、「ノロケごちそーさまです」イチゴくんがまた新しい笑声を上げた。
照れちまったけど、ノロケには違いないから俺も一緒に笑っておく。
それだけ俺は先輩の事が好きなんだ。
彼女の目論見どおり、俺はもう落ちちまっているんだよ、きっと。




