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05.大の仲良しさん、だった?



 おばちゃんの名前は花畑(はなはた)さんと言うらしい。


 名前を聞いても、申し訳ないことに憶えがなかった。

 正直に相手に詫びれば、「いいのよ」まだ小さかったものね、と花畑さん。


 いきなりの申し出も快く聞き入れてくれ、家の中に招いてくれた。花畑さんは俺に珈琲を淹れてくれながら、実親の話をしてくれる。


 曰く、花畑さんは由梨絵母さんと仲が良かったらしい。

 引っ越してきたばかりの母さんに地元を案内したそうな。

 とても馬が合う人だった、哀しそうに笑い、花畑さんはテーブルに着いている俺の前に珈琲を置く。

 「頂きます」会釈してカップを受け取る俺は、シュガーの封を切って躊躇なく砂糖を投与した。砂糖はあっという間に珈琲と融解してしまう。


「空ちゃんは今、どうしているのかしら? 弟夫婦に引き取られたって聞いたんだけれど」


「あ、はい。両親と近隣町で仲良く暮らしています。二人とも、俺のことを本当の子供のように可愛がって下さって」


 「そうなの」花畑さんは微笑を向けて、俺のためにクッキーを出してくれる。

 ちょ、こんなに良くしてもらうなんて。アポなしの招かざる客人なのに。このクッキー高そうだし。


「それで、空ちゃん。此処に来たっていうのは……ご両親のことで?」


「はい。その、俺……ちょっと諸事情で両親が亡くなった当時を知りたいんです。俺、あんまり記憶になくって。両親には聞き辛いですし。もし知っていたら、教えて下さりませんか? なるべく真実を知りたいんで、俺に配慮する必要は無いです」


 花畑さんは少しだけ躊躇する素振りを見せたけど、「空ちゃんのご両親だものね」知りたいわよね、と小さく苦笑。俺のお願いを聞き入れてくれた。

 ホッとする俺は、早速話を伺うことにした。両親が交通事故に遭った日のことを。


 あんまり、聞きたくないけど、でも聞かないといけない気がした。知らないといけない気がした。高所恐怖症を克服するためにも、知るは必然だ。

 高所恐怖症を早く治したいってわけじゃないけど(治るとは思わないけど)、このままなあなあにしておくわけにもいかないしな。

 治るどころか酷くなっているんだし、身を引き締めて当時のことを聞かないと。


 花畑さんはカップを持ち上げながら、「私も聞いただけなんだけど」重い口を開く。


「その日、由梨絵さんはご家族とお出掛けする予定だったみたいなの。弟夫婦もご一緒だったみたいなんだけれど。その前日、由梨絵さんは空ちゃんと公園で遊ぶ約束をしたって言ってたわ」


「公園で……俺と約束?」


 記憶に無い、無いぞ。

 そんな約束したっけな?



「ええ。最近構ってやれなかったから、日曜は沢山お相手をするんだって言っていた。十年も前のことなのにあの人と交わした会話、今でも鮮明に覚えているなんて不思議よね。

 まさかその翌日、由梨絵さんが旦那さんと事故に遭うなんて夢にも思っていなかった。

 ご両親が交通事故に遭った日、空ちゃんも入院したって聞いて、病院まで飛んで行ったわ。

 空ちゃん、意識不明の重体になった聞いたから私、息子と一緒に泣いちゃって。空ちゃんは事故に巻き込まれていなかったみたいだけど、ジャングルジムから落ちて大怪我を負った。


 それは憶えているかしら? ……その様子だと憶えていないみたいね。


 幸いな事に空ちゃんは事故に巻き込まれなかったの。公園で遊んでいたから。

 でも事故のショックでジャングルジムから落ちてしまって、そのまま大怪我を負ったって聞いたわ。事故現場は公園と歩道を挟む道路だったから、空ちゃん、目の前で事故を見ちゃってショックの余り、落ちちゃったのよ。

 一度二度お見舞いに行ったんだけど、空ちゃんとは会えなくてね。バタバタしたまま空ちゃん、弟夫婦に引き取られてしまって。


 息子ったら暫くは「空がいない!」ってワンワン泣いていたのよ。これが私の知る、事故の出来事だけど……大丈夫?」


「あ、はい。ちょっと戸惑っちゃって。だけど大丈夫です」

 

 

 嘘、本当は大きく動揺している。

 なんだって? 俺は事故当時、その場にいたのか? 待った待ったまった、母さん達はそんなことヒトコトも言わなかったぞ。ジャングルジムの大怪我は教えてくれたけど、そんな背景があっただなんて露一つ知らなかった。

 じゃあなんだ、俺は目の前で実親の事故現場を見たのか? 嘘だろ。


 だってそんな記憶、全然。

 ジャングルジムから落ちた記憶はあるけど、でも、親が目の前で……どういうことだ? 俺はあの当時、そこにいたのか? 約束? 約束ってなんなんだ。


 表向き平常心を装う俺だけど、内心ではとびっきり動揺。一人だったらきっと、その表情をいかんなく表に出していたと思う。


「あの公園って」


「近場の公園よ」


 ここから五分弱で着くと花畑さん……そこへ行けば、真相が突き止められるんだろうか。俺はぼんやりと思った。



 バタン。扉の開閉音が聞こえた。

 どんどんっと足音を鳴らして居間に入って来たのは、見知らぬ高校生。見るからにスポーツ系な、短髪男子高生は俺の姿を見るや否や誰だって顔をした。

 ごめんなさい、俺が貴方の立場なら同じ顔をします。ほんと、突然の訪問ごめんなさい。花畑さんの息子さんっすよね。

 

「えっと、こんにちは」


 へらっと笑う俺に、


「こんにちは」


 戸惑いながら挨拶を返し、花畑さんに目を向ける。

 誰、この人、息子さんの問い掛けに「ほっらぁ空ちゃんよ」おばちゃんノリの花畑さん。


「どこの空ちゃんだよ」


ツッコミを返す息子さんに、隣部屋に住んでいた空ちゃん、一緒に遊んだでしょ、と言われて息子さんは知るかって顔をした。


 ですよねぇ、俺も憶えてないですもん。

 お互いに物心ついたばっかの子供だったんだし、憶えている方が難しい。


 息子さんの名前は翼さんと言うらしい。

 翼さんは今、学校から帰ってきたらしく腹減ったと花畑さんに昼食を要求。


「食べて来なかったの?」


 悪態をつく花畑さんは仕方がなさそうに腰を上げた。


 今、冷麺を作るからという花畑さんは俺も一緒にどうぞ、と笑顔を向けてきた。

 いや、お昼ご飯食べてきたんだけど……なんて言えず、お心遣いを甘受することにした。来て早々おいとまするのもなんだしなぁ。


「折角の再会なんだし、翼、空ちゃんとお話しでもしたら?」


 とか言われて、ブレザーを脱ぐ翼さんは「はあ?」うざったそうに突っ返した。


 き、き、気まずいんだけど花畑さん。

 そういう気遣いされても、当事者同士、気まずいだけっす。

 だって憶えてないんだ、俺等が仲良くしていたことなんて。


 台所に立つ花畑さんを余所に、翼さんは向かい側に着席。気まずそうにテーブルに頬杖をついて窓を眺めている。

 対して俺はダンマリ珈琲をごくごく。両者沈黙が流れる。


 どうしよう、すこぶる気まずい。原因は招かざる客人の俺だとしても、これは気まずい、気まずいぞ。


「……エレガンス学院の生徒なんだな」


 翼さんが話題を切り出してきた。制服を見て判断してきたんだろうな。


「え、うん」


 俺は愛想笑いを浮かべて頷く。


「じゃあ頭はいいんだろうな、しかも金持ち校だろあそこ」


 ちょい皮肉交じりに言われたけど、気にすることなく会話を繋げようと躍起になる。


「お金持ちじゃない人も行きますよ。俺もそうですから」


 向こうは興味無さそうに相槌を打つだけ。

 うわ、俺、本当にこの人と仲良かったのか? 会話し辛い。


「金持ちじゃねえ、か。俺の友達で、エレガンス学院に通っている一般人がいる。そいつの話曰く、確かに苦労している人間もいるみたいだよな。弁当の中身が悲惨な奴がいて、おかずを恵んでやったって言っていたし。まあお前には関係ない話だろうけど」


「はあ。世の中には大変な人もいるんですね。俺もおかずを恵んでもらった口なんで、なんとも言えないんですが」


 おかげで今のフライト兄弟がいるんだけどさ。

 

 

「そいつ、イチゴミルクオレを奢るだけで感動するらしいぜ。たかだか80円のパックで大感動らしいぞ」


「80円もするイチゴミルクオレを奢ってもらえる。そりゃもう、感激も感激じゃないですか。滅多なことじゃ飲めないなら尚更かと。俺なら大感激ですよ!」



「時々ノートがチラシの裏で代用されているらしい」


「俺もしますします。究極にお金がなくてノートが買えなくなった時にチラシが活躍するんですよ。意外と書くスペースあるんですよねぇチラシ」



「……学食堂のメシが食いきれなくて持ち帰ろうとしたとか」


「その人と気が合いそうです。俺も持ち帰ろうとしたんですよ。だってお金払ってるんですよ。そこに置いて行くなんて勿体無いじゃないですか!」


 今まで逸らされていた視線がきょろっと此方に向く。

 まじまじまじまじまじまじ、と人を観察してくる翼さんは一呼吸置いて俺を指さした。



「………………もしかしてお前。本多照彦って男と知り合いか?」


「あれ、アジくんを知っているんですか? 奇遇ですね」



 へらへらっと笑った直後、「お前じゃねえかその苦労人は!」盛大にツッコまれた。


 驚く俺を余所に、「なんだよ本多の友達か」一変して翼さんは表情が緩和した。つられて俺も表情が緩和する。こんな偶然もあるもんなんだな、さっきのダンマリはどこへやら翼さんは饒舌になった。


 初対面だから警戒されていたみたいだ。

 会話の契機を掴んだから、すっごく気さくになってくれる。


「聞いているんだぜ、本多から色々とさ。あ、俺、本多と同じ小中学校に通っていたんだ。空も隣に住んでいたら、一緒の学校に通っていただろうぜ」


「翼さん、アジくんはいつも俺のことを?」


「翼でいいって。敬語もなしなし」


 じゃあ呼び方は翼くんにしよう。そうしよう。


「話は聞いちゃっているぞ。お前、彼女とスッゲェ噂になっているんだって? 公開ちゅーとかするんだろ?」


 ぶはっ!

 残り少ない珈琲を啜っていた俺は盛大に噴き出して咽た。

 あ、アジくん、翼くんになんてことを話して。ゴホゴホと咽る俺に、「本当なんだ」にやりと翼くん。


 オープンスケベめとかいたらん称号を頂いてしまった。

 俺は必死にチガウチガウと首を横に振って、赤面しながらボソッと反論。


「か、彼女が仕掛けてくるんだって。俺の彼女、すっごく雄々しくて」


「それも聞いてる聞いてる。姫様抱っことか普通にしてくるんだろ? すっごいな、お前の彼女。んでもって美人さんなんだって? 嬉しい限りじゃん」



 翼くんに揶揄されるけど、「嬉しい限り……」俺は思い出のページを捲る。

 嬉しいどころか、あーんなことやこーんなことをしようとして、毎日のよう逃げ回った俺。女装をされそうになったり、危うく食われそうになったり、小説で二次創作されたり。


 ははっ、嬉しい限りですね。泣けてきます、ええほんとにもう、悲しくて。


「それから」


 翼くんは思い立ったように台所へ。クエッションマークを浮かべる俺の下に戻って来た翼くんは、「やるよ」苺の飴玉の入った瓶を差し出してきた。


 戦慄が走る。あ、アポなしに上がった客人に飴玉を下さるだなんて。

 しかも、瓶を傾けて俺の手に平に五個も六個も七個もっ、どうしよう、この人めっちゃ良い人だ。


 「あ、あのっ、イチゴくんって呼んでも? アメくんでもいいけど、ここはやっぱりイチゴくんで」


「ははっ、本多の言うとおりだ。餌付けしやすいな、空って。いいよ、イチゴくんって呼びな。本多に今度自慢してやるから。あ、俺もあいつのことアジって呼ぼう」


 きっと驚くだろうな、悪戯っぽく笑う翼くん改めイチゴくんはメアド教えてよ、と積極的に話し掛けてくる。


 俺は笑顔で頷いた。

 携帯こそ先輩に借りているけど、先輩は俺の友達のアドレスも気軽に入れていいって言ってくれた。ただし女の場合は自分の知る奴限定、と条件を付けて。

 だから俺の携帯には鈴理先輩の他に、宇津木先輩や川島先輩、大雅先輩、フライト兄弟のメアドが入っている。


 ちなみに全部鈴理先輩が入れてくれたから、メアドの交換がいっちょん分からん。これっぽっちも分からん。


 機械音痴の俺はイチゴくんに助けを求めた。


「どれ?」


 イチゴくんは俺のガラケーを取って操作。あっという間に赤外線ってヤツでメアドを交換してくれた。

 凄いな、感心してるとイチゴくんが俺の頭を小突いて、「これくらい覚えろって」と笑声を上げた。機械音痴なんだからしょうがない、俺は笑いを返す。


 こうしてイチゴくんと話しているとなんだか懐かしい気分になってきた。

 昔の記憶が疼いてるのかも。そうだとしたら俺はイチゴくんと仲が良かったんだろうな。


「ふふっ、もう仲良くなって」


 花畑さんが微笑ましそうに笑い、冷麺を持って戻って来る。

 お昼ご飯を食べてはきたけど、折角作ってもらったんでイチゴくんといただきます。ありがたーく冷麺をご馳走になった。


 意外とお腹に余裕もあった俺は、イチゴくんとほぼ同じ頃にごちそうさま。


 さてと、ご馳走になったし、これからどうしよう。


 今から公園にでも行ってみようかな。

 イチゴくんとのほほんしちまったけど、当初の目的は両親の事故を知るために来たわけだし。高所恐怖症の本当の原因が見えてきそうな気もするんだ。俺の高所恐怖症、交通事故、そしてジャングルジム事故は一貫性がある。


「なあ空。折角だし、ちょっと出掛けようぜ」


「え? 出掛けるって何処に?」


「近所にめっちゃ良いCDショップがあってさ。俺、飯食ったら買い物に行こうって思って。あ、待ってくれな。今、ブレザー着るから。空も制服だし、俺も制服でいいや。うっし、行こうぜ空」


「あ、ちょ、イチゴくん!」


 腰を上げるイチゴくんは、颯爽と通学鞄を肩に掛けて無理やり俺を立たせる。んでもって鞄を持たせて、「行こうぜ!」腕を掴んで引っ張ってきた。

 えええっ、俺の意見は無視ですかっ、ちょイチゴくん! 君ってそんなに一直線タイプ? あ、でも昔もこうしてイチゴくんに引き摺られていたような気がする。てか、あ゛、まだ花畑さんにごちそうさまのお礼もっ、


「花畑さんごちそうさまでした! 冷麺美味しかったっす!」


 玄関先で俺は花畑さんにお礼を言う。

 目尻を下げる花畑さんは、またいらっしゃいと綻んでくれた。

 その笑顔が、これまた懐かしく思えたのは俺の記憶が疼いているせいだろうか?


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