第67話 悪の総統は忘れていない
鵤木中学校の昼休み。若々しい生徒たちの声が、校庭校内に響き渡る様子を下にし、屋上に設置された給水塔の上で、笛奈は頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
「かんっっっ…………っぜんにっ! 疑われるよっ! オレ様! リリカにッ!」
「この期に及んで、まだ疑われてる程度に思っている笛奈に驚きなのじゃ。これは完全にバレてるというのじゃぞ」
ディスキプリーナは頭を抱えて小さくなっている笛奈を、呆れ顔で見下ろしていた。
今の笛奈は、小さなディスキプリーナより小さく見える。
尊厳的にも、屈んで丸まっている点からも。
教師スタイルで腕を組み、見下ろす姿は笛奈を叱っている先生のように見える。実際に先生なのだが…………。
今はプリン先生ではなく、ディスキプリーナとしての顔つきと態度だった。
「やっぱバレてるよなぁ……。女の勘って恐ろしいな〜。女、こわー…………」
「おぬしも怖い女じゃろうが、物理的な意味で……って、おい、パンツ見えておるのじゃ。今日はなぜスパッツを履いておらんのじゃ?」
抱えていた頭を解放した笛奈は今、ただのヤンキー座り状態である。
隠す仕草もないため、丸見えだった。
「スパッツだと履く時、痛いんだよ! きっと我慢して履いてもずっと痛い!」
「自業自得なのじゃ」
「なんで、回復薬くれないんだよ〜。いつものように治ってればリリカに掴まれたって、バレなかったんだぞ」
「それについては失敗だったのじゃ……じゃがしかし、失敗の罰として回復剤はナシなのじゃ!」
ディスキプリーナはくわっと目を見開き、部下に罰を与える悪の総統らしい悪のポーズをしてむせる。
正体がバレるような行動と発言をしてしまった笛奈に対して、ディスキプリーナは総統らしく罰を与えた。
旧式であるアバターから肉体へのダメージがフィードバックされた腫れを、ディスキプリーナは「罰なのじゃ」といって回復を許さなかった。
「はあ、どうしよう……。よりによってリリカにバレるとか……。最悪だぁ……」
「はあ、おぬし、リリカのこと好きすぎ……入れ込みすぎじゃのう」
深刻そうにため息をつく笛奈に対し、ディスキプリーナは呆れたようなため息を吐いた。
悩む笛奈に対して、罰を追加するようにディスキプリーナは問題点を突きつける。
「名前を言った後、逃げ出したのは悪手だったのじゃ。強引にそのままとぼけてゴリ押ししたほうがまだマシだったのじゃ」
カナキャタクリズミクリィがリリカの名前を口走ってしまっただけならば、魔法少女がいる可能性のある鵤木中学校を事前に調べていたと軌道修正することができる。
実際、鵤木中学校所属の「岸 小夏」と「小桜 姫子」は魔法少女なのだ。
悪の組織の調査が身近に迫っているという演出に後日持っていくので、できない作戦ではなかった。
だが、笛奈が下手な演技で無様に逃げ出しては、その事後工作もできない。
「そりゃそうだけどよ。あれ以上、ぐだぐだ進行はそれはそれでさぁ」
「ええい、この言い訳十級が……。それでも、今のような最悪ではないのじゃ」
「せめて回復薬をもらって、腫れと痛みがなければ……」
「油断なのじゃ。世界さいきょーの格闘家ならば、お尻の痛みなど我慢するのじゃ」
「ふ、ふいに……まさかリリカがあんなことしてくるなんて」
「痛みを耐え、負傷を悟らせないとが格闘家なのじゃ」
「そうだけどさぁ……」
ぐちぐち言う笛奈に比べ、ディスキプリーナはこれも悪い、あれも悪い、それはもっと悪いと逐一指摘する。
「まとめると」
「まとめないで……」
ディスキプリーナは指を三本立てて、笛奈に示す。
そして……。
「吾輩は部下のミスを3つまで許すことにしておるのじゃ」
「オマエ、最近なんかの漫画読んだ?」
リメイクアニメまで放送されたとある漫画を思い出し、笛奈がそれとなく尋ねるがディスキプリーナは無視して当然のように指折り数えを始める。
「ムチで攻撃する際に、リリカが笛奈の名を叫んだらその手を止めた事」
一つ、笛奈の失敗を数えて指を折る。
あと二本。
「状況をそのままして逃げ出し、リリカに疑惑を持たせるような行動をとった事」
また一つ、ディスキプリーナの指が折られる。
あと一本……ここで笛奈は、(この前にディスキプリーナのやつが、こんな指折り功罪を数える大魔王のアニメを見てたな……真似か)と気がついき、最後は許されると安堵した。
「学校で出杉笛奈として、しっかりと誤魔化すこともできず醜態を晒したこと」
三つ目の指を折り、完全なグーを握るディスキプリーナ。
わざと罰のため回復剤を与えなかった結果、笛奈がお尻をリリカに掴まれたさいに痛がってしまったことを指折りには混ぜなかった。
ディスキプリーナ自身も、若干責任があると感じているようだ。
だが、ここでディスキプリーナは指を一本、ピンッと立てた。
笛奈が推測した通り、とある漫画のシーンを再現している。
「じゃが、怪我をし、落ち込んでいたリリカを立ち直らせた功績を吾輩は忘れてはおらん」
それじゃあ、許してくれるのか? と、期待で笛奈の顔が明るくなったところで──
「じゃが、笛奈がむりやりニンジンを食べさせたことを吾輩は忘れてはおらん」
と言って指を折り、重なったミスを許すフリをしてやはりダメというオリジナル要素を追加した。
「ニンジンの私怨で指を折るな、折るなっ! テメェ、そんな改変したら原作ファンから怒られるぞ!」
笛奈はディスキプリーナなに飛びつき、グーに握られた小さな拳の指を無理やり立たせようとする。
しかし、笛奈の力を持ってしても、異次元人であるディスキプリーナの手を開かせることはできなかった。
「うわ、硬っ! 力強すぎ! オマエ、どんだけ握力あるんだよ」
「ふははっ! 吾輩の握力は5トンあるのじゃ」
「ミニショベルカーのグラップル並みじゃねぇか! 俺の十倍かよ!」
「ふはは、どうじゃ驚いたか……え? 吾輩の十分の一? いや、握力500キロある女子中学生にドン引きなのじゃが……」
人間の女子中学生がゴリラ並みの500kgの握力を持つことに、ディスキプリーナは素直に気持ち悪いという印象を抱いたようだった。
もうゴリラとして見たほうが、まだ可愛いのでは? とディスキプリーナは印象をポジティブに変えようとしたところ──。
「誰がゴリラだ! ゴラッ!」
「言ってないのじゃ!」
「そういう目をしたッ!」
以前からゴリラ!ゴリラ!ゴリラ!と連呼されて学術名みたいに言われていた笛奈は、ディスキプリーナの表情から考えを読み取った。
さすがに泣きそうな笛奈を見て、ディスキプリーナは揶揄うのをやめようと思ったのか咳払いをする。
「こほんっ。とはいえ、こうして笛奈をイジメていても──」
「イジメ反対!」
「──事態が好転するわけでもないのじゃ。なにか建設的な対策をせねば」
「そうそう! これからを考えようぜ! これからをさ」
もう責めないで欲しいのか、笛奈は話を先に進めようとするディスキプリーナに激しく同意した。
「いっそ、リリカのやつをさ。オレ様たちの仲間か協力者にするとかどうだ」
笛奈が思いつきを口にしてみたが、ディスキプリーナはニヤニヤとして答える。
「それはリリカと添い遂げたいという意味じゃな?」
「なんでだよ! 違ぇよ! ひとつの案で言っただけだ!」
「真面目に答えれば、我々タイダルテールはフリとはいえ、悪の組織。後ろめたいことをする。そこにリリカを誘うというのはどうなのじゃ?」
「ぐっ……」
仮にリリカを協力者にとどめていても、なんらかの犯罪協力者と見られる可能性が高い。
前途ある中学生に、社会的罪禍を与えるわけにはいかないと、笛奈は諦める。
「な、なんか記憶操作とかできる技術とかないのか?」
「あるにはあるのじゃ」
「それじゃあ、それを!」
笛奈は食いつくが、ディスキプリーナは問題があるというように首を横に振った。
「記憶に欠落が生まれた分、誰かに精神的依存が強まる可能性が高いのじゃ。別人になるってほどではないのじゃが、今後の生活に支障がでると思うのじゃ」
「そ、それはたしかにまずいな」
精神操作はやはり問題が大きい。
その場はよくても、将来的に支障が出る可能性があるのでは軽々しくは行えない。
「そこで……じゃ。ここはやはり代役を立てるのが最適だと思うのじゃ」
「代役? オレ様のか?」
「そうなのじゃ。正確にはカナキャタクリズミクリィの代役なのじゃ」
笛奈はディスキプリーナをアイデアを察する。
要するに、笛奈とリリカが一緒にいる同時刻に、カナキャタクリズミクリィをどこかで暴れさせるという計画だろう。
笛奈は理解し、そして首を左右に振る。
「無理だろ。オレ様のやり方はモノマネとはいえ、あの技を再現できるやつがもういねぇぞ」
笛奈は昔を思い起こすように、あの華麗な絶技を振るう一人の女性の姿を思い浮かべた。
カナキャタクリズミクリィとして振るうムチと縄鏢の技は、かつて戦った相手の技をパク……模倣している。
技の使い手は荒木田 佳寿子という人物で、惜しいことに癌を患い50歳ほどで亡くなったと笛奈は聞いていた。
──思えば、オレ様をジジイと勘違いせず、ババア扱いしてくる数少ない強敵だった。と、元気だったころの佳寿子の姿を思い出し、笛奈はしんみりとした。
彼女には後継者もおらず、あの妙技は笛奈がやっと再現できる程度だ。
ところが、ディスキプリーナの言葉は残酷だった。
「あのくらいなら、吾輩も真似くらいできるのじゃ」
「マジでっ! あの佳寿子ちゃんが血の滲む思いで会得した絶技だぞっ! くそっ! どんだけ異次元人のやつらインチキなんだよ!」
かつての強敵の技をあっさり真似できると言い出したディスキプリーナに、行き場のない憤りを叩きつける……が、笛奈自身もちょっとした修行で絶技を真似したので人のことはいえない。
不遇の縄使い荒木田 佳寿子は草葉の陰で泣いてもいい。




