第55話 リリカの新しい世界
風力発電機が一棟、破壊されて解体工事が進む駐車場。
その病院で、リリカは足の包帯を外してもらった。
慣れ始めた包帯の感覚が無くなり、代わりに空気の冷たさがリリカの足を撫でる。
医者は完全に治ったレントゲン画像と、リリカの白い足を交互に見ながら本当に驚いた様子だ。
「ずいぶん早く治ったね。でも軽い運動くらいならいいけど、激しい運動とか特に長時間の運動は控えてね。それと……君さえよければ、症例と経緯をまとめて学会で発表させてもらいたいんだけど」
「それはちょっと……。勉強も取り戻さないといけないし」
医師から治療費を部分的に持つから症例を報告したいという話があったが、リリカは親と相談の上に断った。
もともと治療費は事故を起こした車の運転手側持ちだし、学生としての時間を取られるのも面倒だった。
大部分は医者が論文をまとめるだけなので、リリカに負担はほとんどないのだが、それでもさまざまな書類にサインすることが続くので時間はそれなりに取られる。
なにより「これらを科学的な資料に残してはいけない」という勘が、なぜかリリカの脳裏に浮かんだせいもあった。
「そうか。……まあ、お大事に。月一の検査だけは受けてね」
医師はあまり食い下がらなかった。
リリカは知らないことだが、なぜかこの一ヶ月。快癒が早まっている患者がこの病院に多いため、このような症例に困らないからだ。
リリカだけが特別ではない。
病院全体の話であるため、リリカの重要度は低かった。
これで来月の予後検査を残し、リリカの治療生活は終わった。
「ありがとうございました」
と言って診察室を退室し、二階のエレベーター乗り降り口へ向かう。
二階の大窓から駐車場を見下ろすと、そこでは解体業者によって分割された風力発電の支柱が片付けられているところだった。
周囲には見物人がおり、スマホで撮影している人たちは解体業者のガードマンや病院関係者によって退去させられている。
世界で初めて格闘怪人が現れ、世界で初めて魔法少女が登場し、世界で初めて常識を打ち壊す戦いが行われたこの病院は、一種の聖地巡礼の場のようになっていた。
テレビ局が撮影にくる頻度は減ったが、代わりに見物人や外国人観光客、インフルエンサーなどネット配信者がひっきりなしに詰めかける。
病院としては迷惑になるので、敷地内での活動は禁止していた。
だが、隣に大きな公園がため、そこから様子を伺う人たちがいる。
そこは公共の場所なので、病院も口出しをできない。
比較的、症状の軽い入院患者の運動場所であり、近所の子供達の遊び場でもある公園が、見物人に占拠されて病院側もほとほと困っているとのことだ。
そろそろ行政も動くという話もある。
二階にエレベーターが到着し、これに乗って一階の待合室へと向かう。
そこで共働きで忙しい両親に変わって、付き添いしてくれた人がリリカを待っているはずだった。
混雑する待合室の一角。
そこでリリカの友人でひと際存在感のある笛奈が、腕を組んで居眠りをしていた。
居眠りをしているのに姿勢もよく、整った顔もあって瞑想中に見えた。
出杉 笛奈は魔法少女騒動の少し前に転校してきた女の子で、同時に担任となった出杉・プ・リーナ、通称プリン先生の妹である。
幼児体型のプリン先生と違い、笛奈は中学女子の中では長身の方だ。
少し粗雑で乱暴な言動とイメージがあるが、それでいて余裕のある大人のような対応をする子なので、男女かかわらず人気が高い。
リリカの友人の一人である岸 小夏は「鵤木中学の美少女ランキングに波乱が!」と騒いだほどだ。
事実、笛奈の登場によって、転校生という一過性の話題もあり小桜姫子より人気があるのではと噂されたことがあった。
姫子は一部熱狂的な女子を除くと、女の子からの支持は少ない。
一方で、笛奈はその男性的な性格と凛々しい立ち振る舞いに加えて、運動能力の高さから女子からの人気も非常に高かった。
そしてリリカも笛奈の魅力に惹かれている一人だ。
なにしろ怪我でメンタルが弱っている時に、リリカは笛奈にだいぶ助けられた。
精神的支柱といっても過言ではない。
今、この混雑した待合室で、彼女の隣の席を独占している事実に、リリカは少しだけ幸福感を覚えていた。
彼女は居眠りをする姿ですら様になっている。
寝息の数を数えながら、しばらくそんな笛奈の横顔を満喫していると。
「タイダルテールの怪人が現れたぞ!」
待合室でスマートフォンを見ていた怪我人が、そんなことを言って立ち上がった。
どこだ! と待合室に居た人はざわめき、周囲や病院の外を見まわしたが、なんの騒動も起きていなかった。
「ここじゃないんだから、座りなさい。……どうもすみませんみなさま」
叫んで立ち上がった怪我人の付添人だろうか?
怪我人を座らせて周囲に頭を下げている。
なーんだという雰囲気が待合室に流れ、そんな人たちもスマホを取り出し情報を集め始めた。
リリカもその一人だ。
笛奈に寄り添いながらスマートフォンを起動し、タイダルテールの怪人と魔法少女について調べる。
どうやら隣の区の商業施設に、格闘怪人が現れたらしい。
たこやきのマスコットを破壊しようとして、そこに現れたスコラリス・クレキストとエティーズ・ルテティアによって撃退された様子がSNSにあがっている。
リリカはスマートフォンを操作しながら、魔法少女の情報を集める。
特に熱狂的ファンだと言うわけではないが、リリカはなぜか彼女たちのことが気になって仕方なかった。
近ければ現場に行ってみようと思うほどだ。
しかし、隣の区だし、なにより笛奈がいる。
スマートフォンで情報を集めるだけに留めた。
「……ん? すまん、寝てたか」
ほどなくして笛奈が目を覚ました。
一切身体をブレさせずに組んでいた腕を解き、スッと目を開ける様子は、まさに瞑想を終えた修行中の武士のような凄みがあった。
ただの居眠りと目覚めに、リリカの胸がときめく。
「お、おはよう。包帯取れたよ、ほら」
リリカはそう言ってスカートの裾を上げて見せ、一瞥した笛奈は眉を顰めた。
「人前でそういうことをするな、リリカ」
「もっとすごいことして、バズってたテッキーナがそれを言う?」
「ぐはっ!」
思わぬ反撃を受けた笛奈は、胸を抑えて身をよじった。さきほどのまでの武士然としていた姿はどこへやら。
胸を抑え、羞恥心で顔まで赤くしている。
「そ、それを言わないでくれ……」
「ごめんねー」
笛奈は少し前、裏路地で暴れた様子を拡散されてバズってしまった。
心なしか、スカートを抑えて防御力を高めている。
今はなぜか動画が次々と消されて落ち着いているが、笛奈はそれなりに気にしているようだった。
「まあいいさ。過ぎたことだ」
今は立ち直っているようで、もう気にしていないと背筋を伸ばす。いつもの毅然として少女へと戻った。
それならば、とリリカは話題を続ける。
「そういえばあの動画のせいで、笛奈が魔法少女とか言われてるって聞いたけど、本当なの?」
「その本当なのかっていうのは、どっちの意味だ?」
魔法少女と言われているが、本当に魔法少女なのか?
それともそういう噂が出ているという話が、本当なのか?
笛奈はどうやらこの差が気になるようで、強くリリカの確認をとってきた。
「え? あー、私は笛奈がそうだと思ってないよ。ここにいるから」
ついさっきまで、スコラリス・クレキストとエティーズ・ルテティアの二人が離れた地で活動していた。
つまりここで居眠りをしていた笛奈は、魔法少女のどちらでもない。
照明終了だ。
「そうか。噂になってるってそっちの意味なら、それは本当だ」
「へえ、やっぱりそうなんだ。あ、ごめ。支払いしてくるね」
話の途中だが、リリカは診察の支払いへ向かった。
この病院の会計は自動精算機となっている。
診察券を入れると、支払い方法を画面で選んで決定して支払う物だ。
リリカは現金を選んで支払い、おつりを取り出し口から取り、印刷された診療明細書と領収書と請求書を受け取る。今までは処方箋が出るのだが、治療が終わったので、今回はない。
隣接した薬剤店へ行く必要もなかった。
支払いを終えたリリカは、先に病院エントランスで待っている笛奈の元へ小走りで……行こうとして止めた。
まだ足に違和感と、怪我をした時の痛みへの恐怖感が残っている。
「それでいい」
見守っていた笛奈は、リリカの躊躇した動きを見て褒めた。
「考える前に動くことも大切だし、懲りて警戒するのも大切だし、動き始めてから判断するのも大切だ」
笛奈はリリカの頭を撫でる。
「ぬ〜。ちょっと背が高いからって、子供扱いする〜〜」
「お〜すまん、すまん」
リリカは女の子らしいところは成長しているが、それほど身長は高い方ではない。
笛奈と並ぶと小さく見える。
「ねえ、今度のお休み、ショッピングに行かない?」
「なんで?」
手を払いのけながらお休みのお誘いをすると、笛奈は乗り気でも拒否でもなく、なぜという言葉を投げてきた。
「なんでって……。今までつきあってくれた、お礼がてらランチでもごちそうしてあげようかなと」
「それなら、これからの快気祝いでがっつり食うからいいよ」
「それは、おとーさんとおかーさんからのお礼だから別」
「……そうか」
リリカが食い下がり、説得されて笛奈はたしかに、と考え込む。そして代案を出した。
「それならランチではなく、スフレパンケーキというので美味しいところに連れて行ってくれ」
「え? 好きなの? スフレ」
イメージと違うな、とリリカは感じたが、それはそれで可愛らしいところがあると好意を抱いた。
ところが笛奈はそんな好意に冷や水をかける。
「いや、たんに食べたことないからだ」
「ええっ! まだ食べたことないの! それは人生の落伍者だよ!」
「おい、人生でスフレの優位性高ぇな!」
笛奈の人生を大げさに否定したリリカは、詫びるようにその長い手へ抱き着いた。
「じゃあ、今度のお休みは、二人でスフレデートだね!」
「え? プリーナの姉貴も呼ぼうと思ったんだが?」
「なんで先生同伴!」
軽い冗談を交え踏む込んだことを言ったリリカに対し、笛奈が無粋な計画を口にして雰囲気をぶち壊してしまった。




