第46話 怪人カラテキック男は特別製?
東京都庁に近い公園で、それは突如現れた。
それはタイダルテールの怪人を名乗り、ここしばらく世間に現れた偽物たちと……いや今までの本物であるタイダルテールの格闘怪人とも一線を画していた。
すでに通常の警官隊や機動隊では対処できないまでになっている。
これに警視庁は、すぐさまかねてより準備していた部隊で対処した。
武装した警官が乗り込み出発した護送車の中で、三島は機動隊ヘルメットのバイザーの下で沈痛な面持ちである。
タイダルテール対応部隊の隊長に選ばれ警部補に昇進した三島は、警視庁内で数々の伝説を持つ。
事故車両を生身で持ち上げて、下敷きになった人を助けた逸話は語り草だ。
車を持ち上げられるような巨体を持つそんな偉丈夫が、部下たちに残酷な通達を告げる。
「小桜警視殿が外務省を通して、米軍の『対翁マニュアル』の一部を入手してくれた。それはいい」
対応マニュアルならぬ、対翁マニュアル。なお笛奈は男性と認知されているため、翁と呼ばれている。
志太翁を、アメリカは敵対していないものの要注意人物と目していた。
そのため三十年前より対応マニュアルが存在している。
しかし彼が死亡して、このマニュアルは特段重要な物ではなくなった。
だが異常な強さを持つ格闘家に対するマニュアルは、格闘怪人という似た性質を持つ相手には価値があった。
きっと日本政府はスコラリス・クレキストの情報を提供したり、彼女への接触の便宜をはかるなどの取引を行ったに違いない。
同時にタイダルテールに対して、通用するかの資金石を日本の警視庁へ押し付けたとも言える。
埃をかぶっていたマニュアルを横流しするだけで、いずれ本土に降りかかるかもしれない新たな問題へのデータがもらえるのだからアメリカに損はないだろう。
「つまりマニュアルが怪人に通じるかどうかの実験でもある。要するに我々は生贄だ」
悲壮な内容だ。
三島の声は太くどっしりとしていた。
そんな三島の心を理解しているのか、武装した部下たちは静かにうなずく。
「いいか。対応できればいい。できなければ、我々の被害を理由に部隊が再編される……ならまだいい。警察機構では対処できないと判断され、捜査権限や治安維持活動の権限などがどこかの部署に持っていかれるかもしれない。最悪、自衛隊の治安出動だ」
三島の懸念は自分たちだけの話ではない。
タイダルテールの怪人一人相手にできなければ、桜田門の権威失墜と権限の委譲が待っている。
車内の空気は重い。
「隊長! 新宿へ派遣された機動隊がっ!」
そこに新たな報告が入ってきた。
先行していた機動隊3部隊、つまり三百人はすでに崩壊して機能していないとの報告だ。
「こんなやつを相手にしてたのか、クレキストちゃんは……」
どうやら隊員にファンがいたらしい。
ちゃん付けで呼ぶほど可愛らしい敬愛する存在が、易々と相手する存在に畏怖を抱いていた。
誰も二の句を継げない状態で、護送車は新宿の公園へと到着した。
素早く護送車が配置についた。
「行くぞ!」
「GO! GO! GO!」
武装した警官たちが飛び出して散開し、配置につく。
「構え!」
三島の号令で一斉に銃を向ける先には黒煙を背にして立つ異形の怪人がいた。
着古して裾などが擦り切れた空手の胴着、帯は荒縄一本。
それら意匠を壊さぬように、大鎧のデザインを模して現代風にアレンジされた手甲と足甲。
加えて顔を覆う仮面は、今まで安普請だったタイダルテールのモノとは思えない造形をした鬼の面であった。
拳銃を撃ち切っていた警官が、増援を見て反応した。
助けを求めるのではなく、増援に気を取られた怪人の仮面を蹴りあげようとした。
だが、空を切る。
警官の身体も空を舞った。
公園の植え込みに倒れた警官は、痛みでその場にそのまま倒れ伏す。
「やっと来たか! オレ様は格闘怪人カラテキック男! 日本警察の意地を見せてもらうか」
銃を向けられてなお、カラテキック男には余裕があった。
タイダルテール対策部隊は、問答無用でサブマシンガンを向けた。
すでに前部隊がしているので警告もなく、即座にバラまかれる銃弾。
それをなんなく回避するカラテキック男。
跳ね返ったり、公園の壁などに当たった銃弾を見て、カラテキック男は笑った。
対策部隊の使う銃弾は、ゴムの弾頭を使った非殺傷兵器だった。
「ぬはははっ! ゴム弾などというもので、このカラテキック男を……」
もはや避けるまでもないと、ゴムの銃弾を腕で払って笑う怪人。
ゴム弾を払っていた怪人の腕が跳ねた。
余裕を失ったカラテキック男は、咄嗟に身を捻り今まで浴びていた銃弾のシャワーから逃げた。
カラテキック男の手の甲からは、うっすらと血が流れてている。
「途中から実弾だとっ!」
「実弾を叩き落としただとっ!」
カラテキック男と警察部隊は同時に驚いた。
警察部隊は実弾を一発だけとはいえ、素手で叩き落されたことに驚いた。
カラテキック男はゴム弾に混じって、実弾が放たれたことに驚いた。
通常、このような装填方法は機械的にも運用的にも事故の元であり、厳に禁じられている。
仮に完全動作が保証されていても、扱う人間がどこまでゴム弾か実弾か? を誤認する可能性が高い。事故の元だ。
マガジンの目印を見間違い、初弾を目視して全弾ゴム弾と勘違いする可能性も高い。
だが効果はあった。
ゴム弾だと油断して、怪人が弄ぶように受けるなり叩き落すなりすれば、途中から実弾の雨を浴びる。
実際、カラテキック男は実力差を見せつけるように、数十発のゴム弾を叩き落とし、油断しきったその眼前に実弾は届いたのだ。
しかし効果は半分。
たった一発を受けただけで、事態を理解してカラテキック男は瞬時に行動を変えた。
カラテキック男は実弾対策のため、舗装路から跳び退き、ビルを背にした。上からの射線も考慮し、狙撃できるような高所も見えない位置へと移動する。
そこで地面へ向けて拳を振り落とし、歩道のマンホールの蓋を引きはがして手に持つ。
ライフル弾ならばともかく、拳銃弾を使うサブマシンガンでは分厚いマンホールを穿つことは難しい。例え貫通力が高めの9mmであってもだ。
カラテキック男は重たいマンホールの蓋を軽々と持ち、正確に弾丸を受け流す。
一瞬だが策にハマって本気を出したカラテキック男の隠された実力に、三島隊長は気が付いた。
「マズいぞ! あの怪人……今までのやつらと格が違う!」
一方、カラテキック男の仮面の下で、笛奈も警察の覚悟に気が付いた。
「マズいぞ! 警察のヤツラ、本気だぞ!」
手加減するつもりのない警察と、手加減ができない状況になった笛奈は、有効打を探るため睨み合いに陥った。
◇ □ ◇ 悪 ◇ □ ◇
これを隠れて高台から見ていたディスキプリーナは、思案顔になっていた。
「ふむ。怪人の中でもカラテキック男は、特に秀でた設定……どのような名前にするのか問題なのじゃ。そうじゃの……ハイチューンドとか、エク・カスタムとか……日本語で特別仕様とか?」
図らずも実力の片鱗を見せてしまった理由のため、単なる次世代怪人ではなくカッコいい名称を考え始めた。
「呑気っすね、総統」
隣で聞いていたペーは、総統の余裕っぷりにあきれるばかりだった。
だが、総統ディスキプリーナはそれほど余裕があったわけではない。
「いや、これでも焦っておる。小夏が……スコラリス・クレキストが離れた場所にいるときを狙い、怪人を出した場合はアングザイエティーズ・キスがどういう行動を取るのか、出てくるのか出てこないのかを確かめるだけのつもりだったのだが……」
予想外なことに、警察が本気を出してきた。
おかげでカラテキック男は今までの格闘怪人より、はるかに素早い動きとキレのある技と、尋常じゃないパワーを出している。
かつて戦場でも腕を鳴らした笛奈ならば、今回のような警察相手の実戦でも勝利はできるだろう。
しかし、見せてしまった能力が、今までと隔絶している。
ここへスコラリス・クレキストが一人で来た場合、手加減をしては不自然となる。
かといって警察相手にダメージを受けて、手傷があったから弱体化したという手は使えない。
アバターなので笛奈に死の危険はないとはいえ、ダメージがまったくないわけではない。
銃弾を受ければ、数日程度の療養が必要となるだろう。
「ぬぬぬ、撤退も視野にいれねばならんな……。怪人に活動時間があったと、追加設定をでっちあげるか?」
監督ディスキプリーナは、現場でシナリオと設定を変える必要に迫られていた。




