第47話 魔女はやめられない。
タイダルテールの怪人カラテキック男と、警視庁の特別対応部隊が死闘を演じている頃。
スコラリス・クレキストこと小夏は、変身した状態で東京の街中を疾走していた。
東京の混雑する道を走っては迷惑になる。
ビルの側面を走り、信号機を足場にして交差点を跳んで曲がり、またビルの側面を斜め走りするという移動方法を行なっていた。
あまりに目立つため目撃者たちが騒ぎ、ネットで情報が共有されることでスマホのカメラを構える人々が道中に増えていく。
「クレキストちゃん! 目立ちすぎだよ!」
「だって! 急がないと、警察の人たちがっ!」
ミンチルは小夏を心配するが、警察を心配するスコラリス・クレキストは緊急事態であるため目立つことも厭わないと走る。
警視庁で警察幹部や警官たちと話をしたスコラリス・クレキストは、彼らをたんなる治安を守っているだけのお巡りさんとはもう思っていない。
ちょっと会話をしただけで……と、思う者もいるだろうが、縁ができた相手は他人ではない。
見知った顔の警官が、怪人に殴られている。
敬礼をしながらサインを求めてきた機動隊が、盾ごと蹴られて吹き飛ばされる。
その格好はいけないよ、と注意してくれた年配の警官が顔を腫らし警棒を持って立ち向かっている。
テレビでそんな人たちを見て座ってられる小夏ではないし、それを見てスコラリス・クレキストは何かを成す力のある存在だ。
スコラリス・クレキストは、怪人が暴れる新宿を目指して東京を走る。
そんな懸命に走るスコラリス・クレキストを、妨害するモノがいた。
新宿へ向かう途中、少しでも直線で車もなく危険性のない道を走り抜けるため、神宮外苑のイチョウ並木通りへ飛び出した時。
異変がスコラリス・クレキストの前に広がった。
なにかから逃げる群衆と、それを追い立てる黒い大型クモの集団。
スコラリス・クレキストはあれを知っている!
「あのクモは! ……ハート・アングルス・ショット!」
急ぐべきか、ここの人たちを助けるべきか。
一瞬戸惑ったスコラリス・クレキストだったが、すぐさま街灯の上に着地して拡散型の必殺技を放った。
かつては四つにしか分裂しなかったハート・アングルス・ショットだったが、今は十二にまで増えている。
さらに着弾点では弾け、周囲のクモまで消滅させた。
高速移動からスコラリス・クレキストが急に立ち止まったため、ミンチルは周囲の人に見つからないよう慌ててイチョウの木に隠れた。
幸いにも夜であり、みなクモとスコラリス・クレキストに注目していて、肩から跳んで逃げた猫のようなミンチルに気が付いた者はごくわずかだった。
「クレキストちゃんだ!」
「助かったぁっ!」
「クレスちゃーーん!」
「怪物を倒してくれー!」
クモに追われていた人たちが、スコラリス・クレキストを見つけて手を振り上げる。
神宮球場で野球のナイターがあったこともあり、人手が多かった。
しかし幸いなことに、怪我人はいないようである。
クモによって人が追い出され、ほぼ無人となったイチョウ並木通り。
スコラリス・クレキストが降り立った青山通りの反対側、北から一人の黒い少女が悠然と歩いてきた。
アングザイエティーズ・キスだ。
微笑むアングザイエティーズ・キスの周囲だけが冬になる。
青々としていたイチョウの葉が、魔女を中心として一気に黄色く紅葉していき、散り始めた。
冬の世界となった球体内には、アングザイエティーズ・キスとその眷属である大型クモの集団、そしてスコラリス・クレキストしか残ってない。
「なに? この丸いの? みんな、外に逃げられたみたいだけど……、なんか、寒い?」
「け、結界だ! こんなことができるなんて、アングザイエティーズ・キス……危険すぎる! 逃げ……気をつけて、クレキストちゃん!」
イチョウの木の葉の中から逃げろと言いかけたミンチスだったが、すぐに不可能であることと、スコラリス・クレキストの表情を見て気をつけろという警告に変えた。
アングザイエティーズ・キスは自分の肩に乗るクモを撫でる。
「どうですか? この中にいる私とこの子たち以外は、私に力を……これって魔力なんでしょうか? それを吸い取るようになってます。普通の人がいたら数分で昏倒しますね」
警告のつもりなのだろう。
アングザイエティーズ・キスはこの球体空間内へ、暗に入らないように群衆たちに警告した。
「ひ、ひめ……」
「アングザイエティーズ・キスです。私のことはそう呼んでください」
スコラリス・クレキストが名前を口走りそうになったので、アングザイエティーズ・キスはすぐに訂正する。
認識阻害は強力だが、部分的に穴がある。
清水のように事前知識を多く持っていたり、小夏のように知り合いであり魔法を使える者であったり、いくつか条件が重なっていくとバレる可能性が高くなる。
名前を口走ってしまえば、そこからほころびる可能性があった。
冬のイチョウ並木となった道路の真ん中を歩いて、アングザイエティーズ・キスがスコラリス・クレキストへと迫る。
知り合い相手、しかも魔法を使う相手と戦うのはスコラリス・クレキストは初めてだ。
警戒と不安でぎゅっと魔法のワンドを握りしめて、身をすくめる。
「私、不愉快なんです。クレキストさん。あなたの発言」
アングザイエティーズ・キスは歩み寄りながら、立ち尽くすスコラリス・クレキストへ不快だと告げる。
「な、なにが?」
「なにが? ですか……。警察での会見ですよ」
アングザイエティーズ・キスは不機嫌な態度で、胸に手を当てて自分を誇示する。
目も赤く光り、興奮している様子が見て取れた。
「この私が洗脳されている? 心ならずも悪の組織に使われている? この私が? ……とんでもない!」
「ち、ちがうの? えっと、アングザイエティーズさん?」
「ええ、違います。洗脳なんてされてません!」
「よかった、だったら……」
小夏が清水に語った作戦。
それは姫子がアングザイエティーズ・キスだとして、その行動が咎められないようにタイダルテールのせいだと会見で言ってみるという軽い気持ちで立てた作戦だった。
タイダルテールに罪を擦り付けるという正義の味方らしからぬ作戦で、なんともズルい子供らしい穴のある作戦だ。
もちろん、タイダルテールの出現と共に、姫子がおかしくなってきたという清水からの情報もあった。そのためタイダルテールが関与してしている可能性もあった。
だが、そうではなかった。
「だから侮辱と取ります!」
結果、その浅はかさは姫子の……アングザイエティーズ・キスの逆鱗に触れた。
洗脳されていないならと安堵したスコラリス・クレキストへ向け、アングザイエティーズ・キスの黒く塗られた爪が伸びた。
直前、予備動作としてアングザイエティーズ・キスが手を突き出したため、かろうじてスコラリス・クレキストは反応できた。
五本の鋭い黒い槍が、イチョウ並木のアスファルトを削る。
スコラリス・クレキストは距離をとりつつ、右へ転がり跳んで躱わしていた。
これが指を向けられたまま油断させ、不意に撃たれたならばスコラリス・クレキストでも避けられなかっただろう。
それほど無音で、無拍子の攻撃だった。
追撃はクモたちだ。
群がるそれらをスコラリス・クレキストはハート・アングルス・ショットで払うが、紛れてアングザイエティーズ・キスの爪の槍が飛んでくる。
──クモが邪魔で躱わせない!
スコラリス・クレキストは咄嗟に魔法のワンドをかざして、青い魔法の盾を作り出しなんとか弾く。
「やめてっ! アングザイエティーズさん!」
ワンドごと上半身まで弾かれたスコラリス・クレキストは、体勢を崩しながら叫ぶ。
その声はアングザイエティーズ・キスへは届かない。
「何をやめろと? 攻撃をやめろと? 魔女をやめろと? それとも……人間をやめろとっ!? グゥッ! ……これ、は……ナニ?」
突然、苦しそうに叫ぶアングザイエティーズ・キスの額から、赤い角が伸び始める。
体をくの字に折り、額の角を触ってアングザイエティーズ・キス自身を驚いているようだ。
「ふ、ふふふ……うふふふ。やっぱり、私、もうそうなる運命なんですね…………ああ、苦しい、とても……苦しい……、もっと……苦しい……」
「苦しいなら、やめて、アングザイエティーズさん!」
「苦しいからしているんです!」
スコラリス・クレキストの説得に、怒りを露わにするアングザイエティーズ・キスの黒いコートの長い裾が剥げ落ちる。
その裾を掴んで引き抜くと、それは鈍く光る赤黒い鞭へと変わった。
鞭が振り上げられた瞬間、スコラリス・クレキストはがむしゃらにアングザイエティーズ・キスへ向かって距離を詰めた。
振り下ろされた鞭は、スコラリス・クレキストが左右後ろ、どこに下がっても痛打を与えるはずだった。
鞭の先の速度もさることながら、後ろに下がったならば打つ場所を遠ざけ、左右に逃げたならば薙ぐように振り下ろすだけだった。
ただ一つ前進が正解だ。
長い鞭は手元に近ければ近いほど威力も速度も激減する。
鞭はスコラリス・クレキストの肩と背に当たったが、痛みを与えただけで肉体的なダメージはほぼない。
「いい動きをっ!」
アングザイエティーズ・キスはスコラリス・クレキストが持つ天性の勘に舌を巻いているようである。
距離を詰められたアングザイエティーズ・キスは、裾を鞭に変えて短くなったコートが捲れることも構わずスコラリス・クレキストを蹴り付ける。
これも咄嗟に受け止めたスコラリス・クレキストだったが、追撃の蹴りまで受け止めてしまった。
二回も魔法の力で強化された攻撃を受け止めれば、体勢を崩されてしまう。
ましてやアングザイエティーズ・キスである姫子は、スコラリス・クレキストと違って正式な武術を収めている。
一撃で崩せなくても、攻撃の組み立て防御を崩す術を知っている。
「……あ、しまった!」
バランスを崩したスコラリス・クレキストの肩が、クモの作った巣の糸に触れてしまい顔が青ざめる。
彼女はすでにその厄介さを知っていた。
すぐさまハート・アングルスで糸を断ち切ったが、それは大きな隙となってしまった。
糸に気を取られているうちに、距離を取ったアングザイエティーズ・キスが振るった鞭がスコラリス・クレキストを捉えた。
「うぐっ!」
身を捩って逃げようとするが、ワンドを持つ手と身体に鞭が巻き付き動けない。
自由になる左手で、なんとか引き寄せられないよう抵抗するのが精いっぱいだった。
スコラリス・クレキストのピンチ。
見守る群衆が息を飲んだ瞬間、彼ら彼女らの持つスマートフォンが一斉に通知音を上げた。
全員ではないが、ほぼすべての人のスマートフォンが通知音を立てれば相当な音量である。
アングザイエティーズ・キスもそれに気を取られた。一瞬だけ、スコラリス・クレキストを縛る鞭が緩む。
その隙を見計らったように、一人の少年が群衆の中から飛び出してきた。
「クレスちゃんを助けるんだっ! みんなで! ここにいるみんな!」
その少年をアングザイエティーズ・キスとスコラリス・クレキストは知っている。
アングザイエティーズ・キスは思わずその名を叫びそうになった。
「しみっ! ず、く……ん……」




