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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
二章 辺境都市オークザラム 人それぞれの物語
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オークザラム⑬ 楽しい密談

「トルエスさん、ユルゲン卿ってどんな方ですか?」

俺は頭の片隅でこちらを見ているあの冷たい瞳を振り払いながらトルエスさんにたずねた。


トルエスさんは今俺の客間で酒盛りをしている。

何やら知人の貴族達に挨拶に行く途中で土産としてお酒を買ったのだが、自分の分もしっかり買っており今は手酌でガラスのグラスに注いでいた。先ほどのヘルムート伯との夕食でもお酒は出ていたのだが、あれでは飲んだ気にならないと言って終わってから俺の部屋を訪ねたのだ。お酒の相手をしてほしいと言われたが、彼は俺のことを心配していたようで陽気に話をしていた。


今日一日が本当に長く感じる。

彼の陽気な話し口調も懐かしくさえあった。

その気遣いが俺の心を温めてくれる。


彼の話に耳を傾けていただけだったが、だいぶ落ち着いた。俺はあの食堂での恐怖からやっと気分を少し拭い去ることができた。

そして僅かでも自分の知らないことを塗りつぶすために彼に話を聞くことにした。

この俺たちしかいない空間で密談っていうやつだ。


「ああ、ユルゲン卿か。ユルゲン・ヘルムート卿はヴァルゲン・ヘルムート卿の嫡男で東方面軍第二部隊隊長だ。第二部隊はどこを担当しているかは前に言ったな?」

「はい」

俺はトルエスさんに前に聞いた話を思い出す。


このトランザニアに隣接するルーン王国東方面軍は4つの部隊に分かれる。一つは、父上が部隊長をしている第一部隊。ここは最前線の最重要拠点、エーロック砦を守護する。この部隊は最もトランザニア軍と衝突するのでその部隊員は精強な兵達で構成されている。いわゆるエリート部隊だ。

第三部隊はオークザラムを守護する部隊。防衛に特化しており、弓や弩、拠点防衛の訓練を受けた者達が詰めている。

第四部隊は予備部隊だ。普段は警備隊や連絡員、訓練兵と言った雑務を担当している。事務関係もこの部隊からでており、トルエスさんは昔この部隊にいて、後方支援で働いていたそうだ。


そして、第二部隊。

これは、エーロック砦より南のドゥナ湖を守護する部隊で、旧オークザラムの古城から船で周囲の湖上とドゥナ湖の港を守っている。

だが、このドゥナ湖は複雑な情勢がある。


このドゥナ湖はルーン王国、トランザニア王国、ミッドバル国、トローレス王国の4国の利権が絡む場所だ。湖の水源と南から海を遡ってくる河川の貿易路としての利権。貿易国として栄えているトローレスからくる商船がすべてドゥナ川を遡りドゥナ湖からオークザラム、トランザニア王国、ミッドバル国に商品を持ってくるのだ。

魔大陸の大侵攻後に昔、ここを奪い合い、激しい血みどろの戦いがあった。

戦いが起きれば、トローレス王国の商船が入ってこない。食料などを貿易に依存していたトランザニア王国とミッドバル国はそのために食料難に陥りかけた。最初、ルーン王国はそれを利用してワザと戦いを長期戦にしてこの利権の大半をもぎ取ろうとしたが、そこにトローレス王国が介入する。トローレス側としては貿易の観点上、ルーン王国だけに味方するよりもトランザニアとミッドバルの3国をとりまとめて貿易した方が商圏が拡大する。ドゥナ湖一帯の平和を大義名分としてルーン王国に貿易規制をかけることを盾にして、ドゥナ湖での戦闘を停止するよう呼びかけた。

当時は大侵攻後のため各国は疲弊していた。ルーン王国も戦争を継続することによって国民からの不満も多く、それに加えてトローレスとの貿易が止まってしまうと反乱が起きかねない。その上にトローレスの申し出を断れば、3国からの挟み撃ちになってしまう。

そこでそのときの国王がトローレスの申し出を受け入れて、アースクラウン神国の元でドゥナ湖の不可侵条約が4国間で調停される。


故にその条約が守られている間はここは侵攻の対象とならない。つまり、この百年以上の間に一度も攻撃されなかった場所だ。


そんな第二部隊は『遊覧船部隊』とも揶揄されるほど安全な部隊で、第四部隊以外の者達から笑いものにされている。安全ではあるが軍として認められているので軍閥貴族達の子弟の志願も激戦区。部隊長のポストはルーン王国貴族の天下り先でもある。


そこにヘルムート伯の嫡男であるユルゲン卿が部隊長として配属されている。


でも、彼がその安全なポストを進んで志願していなかったら?

代々、東方面軍司令官とオークザラム領主を兼任していたヘルムート辺境伯爵家としての誇りを持っていたら?

その東方面軍司令官の次期候補として父上トルイが最有力だと噂されていたら?


「ああ、なるほど。彼は父上を妬んでいるのですね」

俺は自然に言葉が出ていた。

すとんと、俺の心の中で答えが出たのだ。


トルエスさんはちょっと驚いた顔をしつつ話し出す。

「相変わらず理解が早いな・・・そうだ。ユルゲン卿はトルイを妬んでいる。彼はヘルムート伯から英才教育を受けている。オークザラムの領主となるように、東方面軍の司令官になるように。そして、さらに彼は祝福を授かっていない」

トルエスさんはそう言いながら少し悲しげな表情をして続ける。

「俺はな。ユルゲン卿の気持ちが分からなくはない。俺だって幼なじみのトルイを羨んだことは山ほどある。でも友だった。小さい頃から遊んで、馬鹿をして、ずっと時間を一緒に過ごしてきた。同じ目的を持って、くそったれな世界で生き抜いたんだよ。だから俺はトルイを未だに一番の友だと思っている。彼奴のためなら戦場に飛び込むさ。彼奴の息子のお前を守りたい。だけどな、ユルゲン卿は違う。俺たちみたいな絆はない。彼にしてみれば平民の成り上がりのトルイが、祝福を授からなくとも血の滲む努力して求めた彼の地位をかっさらったと感じるのは仕方ないのかもしれない」


俺はユルゲン卿とトルエスさんの裏側に触れる。

どんな思いなのか、どんな苦しみがあったのか。

実感できなくとも知ることはできた。


「だから彼は俺を見て父上を想像したのですね」

「いや、もっと先がある。ユルゲン卿はトルイだけじゃない。グラックの襲撃を撃退したお前も妬んでいるのだろう。彼にはまだ嫡男はいない。だがな、もしお前がトルイの血を受け継ぎ、祝福を授かって将来有望な軍人になったとしよう。司令官として認められるほどの。そうしたら彼の子供はどうなる?お前はユルゲン卿の子供の未来も奪う存在になるぞ」

トルエスさんの言葉に俺は黙ってしまう。


禅の時の日本人としては考えられない世界だ。

日本はもっと自由だった。

だがこの世界の貴族は違う。彼らは生まれたときから貴族であり、貴族としての道を歩まなければならない。その家名が、彼らの先祖が血と謀略の果てに子孫に残した遺産を受け継いで行かなければならない。

ユルゲン卿にしてみたらリーンフェルト家はその遺産を脅かし、子孫の未来を奪う存在となってしまうのだ。


俺は今彼の瞳の奥、その氷に閉じ込められた憎悪の理由を知った。

もし、俺が彼の立場なら俺は笑顔であのとき挨拶できたか?

いや、できない。

彼の裏側を知れば、恐怖よりも彼に対する罪悪感を感じた。


罪悪感か・・・。

人は生まれながらに罪だとか哲学的なことを言うわけではない。

それは一歩彼の側に近寄り、ごめんなさいと言いたくなるようなある意味、親しみのような罪悪感だ。

俺は決して善人ではない。周りを利用しようとするし、駆け引きもする。

だから彼に対して自分の存在が消えてしまえばいいというほどの罪悪感は生まれてこない。

ただ、彼を知ることによってそんな奇妙な親近感が沸いたのだ。


「なんだか安心しました。分からないという恐怖よりもユルゲン卿のことを知って恐怖の正体を知ったのかもしれません」

俺のよく分からない言葉を聞いたトルエスさんは苦笑する。

「安心なんて言葉が出てくるとは思わなかったよ。ビビらせるつもりぐらいで言ったんだがな。本当にお前は変な奴だ」

トルエスさんはそう苦笑しながら言って、グラスの中にあるお酒をあおって飲み干した。


俺は少し緊張がほぐれた客間の中でそんなトルエスさんを見ながら食堂で疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

「話は変わりますけど、なんでトルエスさんは茶会からヘルムート伯に素っ気ないんですか?」

「ああ?なんだ急に」

空になったグラスを手に持って意外なことなのか少し目を丸くしてトルエスさんが聞き返す。

「ほら、全然喋らないじゃないですか。婚約の話で不満があるのは分かりますけど」

その俺が言った言葉を受けてトルエスさんが、少し申し訳なさそうな顔をしながら答える。

「ああ、すまん。あれはワザとだ。代官っていう建前上、俺はあからさまに文句を言えないんだ。俺がゼンよりも先に口を開いて、ゼンより上の立場の貴族に文句をいっちまうとゼンの名を汚すことになる。代官も制御できない領主ってな。代官は領主不在時には領主として認められるが、それはあくまでも代理。そして俺はただの平民だ。ゴリゴリの軍閥貴族であるヘルムート伯は上下関係に厳しいからなそういったところを蔑ろにすると、俺は左遷されかねん。だけど不満がある態度は別に問題ない」

俺はそのトルエスさんの言葉を聞いて疑問に思う。


でも不満を態度に示して得することはあるのだろうか?

対立することは、つまり敵対関係になるということだ。

それだけで不興を買い、左遷されることも考えられるのでは?


俺は思ったことを口にする。

知れば知るほど俺の心にあった恐怖が氷解するんだ。

聞くしかないじゃないか。


「対立するのは拙いんじゃないですか?それだったら納得する振りをして時間稼ぎするとか」

その俺の疑問にトルエスさんは「あー」っと言って首を横に振る。

「それは悪手だ。そういった手もあるが、あのヘルムート伯にそれをしたら速攻左遷される。初対面で分かれというのが無理だが。仕事ができない者や姑息な手段をとる者を何よりもヘルムート伯は嫌っていてな。そんなことをすれば忽ち俺なんて紙くずのように飛ばされる。だけどな、おかしな話だが彼は不満を態度で示す者が好きなんだ。公の場では上下関係を無視するのを嫌うが、食事や私的な会話だと好きなんだよ。仕事以外の場所では馬鹿騒ぎしたり、喧嘩したりが好きなただの荒くれたおっさんだ」

彼は言葉を切ると思い出に少し浸るような顔をして、そして俺の目を見てちょっと悲しそうな顔をする。


それはまるで気の合う友達が迷惑をかける、と言っているような気がした。


彼はそんな顔で言葉を続ける。

「きっとな。ヘルムート伯も今回の婚姻を心の底から望んでんじゃない。この国のことを真剣に考える軍人として悩んで出したんだと思う。そうじゃなきゃ、あの人がこんな姑息なことをするはずがない。俺はあの人の人柄をよく知っている。トルイと一緒に何回殴られたか・・・体罰を受けても俺たちが不満を示したらあの人は喜ぶんだぜ?気骨があるな!っていって。飯もよく一緒に行ったし・・・何よりもあの人と戦場をくぐり抜けてきた。守ってもらった。だから分かるんだよ」

そう言ったトルエスさんの顔は誇らしそうに、穏やかに少し口を緩ませている。


その彼が語る言葉が俺に彼らの物語を教えてくれる。

人がひとり一人紡いできた物語を。

俺が知らない物語を。


俺はなんて馬鹿なんだろう。

トルエスさんからヘルムート伯が持ち出した婚姻話の裏側を聞いて、俺は彼を化け物のように感じた。

そしてそれからずっとその化け物がヘルムート伯夫妻とその息子の影の中から笑っているように感じた。

だけど違う。

それは俺が知らなかったから。

俺が知らずに、自分の中だけで想像して作り上げた化け物なんだ。


俺の中でその化け物は今崩れて、ただの影になる。

俺が見ていたのはただの人間。

いや、それぞれが物語を持って生きている人間なんだ。


俺が知ろうとしなかったから化け物になったんだ。

俺は今までずっと誰も見ていなかった。知ろうとしなかった。


ちゃんと見よう。

そうすれば、誰も怖くない。

ただの生きている人間だ。

様々な感情を持ち、物語がある人間なんだ。


さあ、見つめよう。俺の知らない彼らを。

さあ、聞こう。俺の知らない物語を。


「トルエスさん、もっと教えてください。父上やトルエスさん、ヘルムート伯の話を」

俺の言葉に彼は小さく笑う。

「ああ、いいぞ。腐るほどあるからな。ちょっとまて、話をするには酒が足りない。誰かに持ってこさせよう」

そう言って嬉しそうに彼は呼び鈴で給仕を呼び出した。


それから何時間も彼は様々な話をしてくれる。

父上がとんでもなく無鉄砲だったり、トルエスさんが小ずるかったり、ヘルムート伯が豪快に笑いすぎてテーブルを叩きおったり。

色々な物語を俺は知った。


そうして、俺はひとつ思いついて笑う。

「トルエスさん、俺明日したいことがあります」

真っ赤な顔で気分がいいトルエスさんは笑って聞く。

「お?なんだよ?」

「それはですね・・・」


トルエスさんはその俺の提案に笑って「そいつはいい!一発かましてやれ」といって俺の背中を押してくれた。


なんだ。

こうすれば良かったんじゃないか。

彼には最初からこうしたら良かったんだ。

ハスクブル公爵家との婚姻には関係ないが、俺の気持ちはすっきりするし、ヘルムート伯との関係をよくするに違いない。

ここまできたら、もうめんどくさいことは考えたくない。

彼を飲み込んで、生き抜くために味方につけるんだ。


俺は自分の提案にワクワクしながらトルエスさんと心ゆくまで会話を楽しんだ。

この楽しい密談を。

やっとウジウジゼン君から軌道修正できました。

修正は入るかもですがおおむねこの流れです。


ヘルムート伯の誤解が解けたらいいなぁ・・・。

この人いい人なんだよ?ちょっと扱い辛いけど

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