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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
二章 辺境都市オークザラム 人それぞれの物語
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オークザラム⑫ 冷たい食卓

カチャカチャカチャ―――。

豪奢なヘルムート伯の食堂で皿や食器の触れ合う音が耳に痛いほど響く。音自体は誰もが礼儀作法を完璧に体得しているので非常に小さいものだが、あまりにも静かすぎる食堂にはその音が一際主張して鳴っていた。

もう晩秋に差し掛かった夜のオークザラムは肌寒い。リザベラ夫人はカーディガンのようなものを肩にかけて少し地味目なドレスに着替えている。ヘルムート伯、トルエスさんと俺は長くて少し厚手のジャケットを羽織り、皆は黙々と目の前に並べられた贅をこらした食事を食べている。


あの後、アフロ―ディア一座のテントでとても和やかな一時を過ごした。

リアさんとリーシャは俺の側にずっといてくれて、一座の団員達も仕事の合間に代わる代わるお茶を飲みに来た。彼女達は本当に温かい人たちだった。

俺は彼女達の名前を一人一人ちゃんと聞いて、色々な話をした。


あの彼女達の優しさに触れた時間があったから俺はここでこうして食事ができている。

もし、彼女達がいなければ―――、俺はここに座ることができたのだろうか?


目の前に並べられているのは魚料理。

ドゥナ湖でとれる鮎を二回り以上大きくしたような魚をかまどで焼いて、三種類のソースをつけて食べるものだ。ソースはバジルのような香草に砕いた木の実とオリーブ油を混ぜた香しい香りのもの、林檎のような果実を細かく切り刻み、バルサミコ酢と少し蜂蜜を加えた甘酸っぱいもの、珍しい貴重な香辛料をふんだんに使い塩とオリーブ油を混ぜたピリリと舌に辛い珍しい味のもの。


本当ならトルエスさんと舌鼓を打ちながら、白くて柔らかいパンを口いっぱいに頬張っているはずなのに。

銀のフォークに突き刺されている熱々で艶のある魚の身を見ても食欲が沸かない。味がしない。


食事というのは親しい人たちと共にするからこそ美味しいんだな。

今まで食事をとるということがどういったことかをあまり考えたことはなかった。

豪華でもなく、質素でちょっと固い黒パンと時たま食卓に上るベーコンやソーセージ。

塩気も少ないその食事でも母上達と一緒に食べる食事は温かくておいしかった。

幸せだった。


時間が何倍にもゆっくり流れる夕食でヘルムート伯はポツリポツリと色々な話をしてくる。

オークザラムの街は気に入ったか?

トルイは普段どんな様子なんだ?いい父親か?

好きな子はいるのか?

武術はどこまでできる?

今度狩りに一緒に行かないか?

そういえば、ハスクブル公爵家の街はそれはもう豊かで活気がある街だ、今度案内しよう。


彼はその質問や話をユーモアを含ませて、ちょっとイヤラしい調子だったり、俺を褒めたりとしながらしてくる。

寒々と響く彼の声に俺はなるべくいつものように答える。

だけど、どうしても頭の片隅にこびりついて仕方がない。


その質問は―――どういった意味があるかわかっているのか?

お前はその質問の裏を知っているのか?


罠に、はめられていないか?


俺の心の底に蠢く恐怖が口を広げて笑いながら聞いてくる。

顔の神経が引きつって、強ばりそうになる。それを抑えるために小さく深呼吸をしたり、言葉を止めたりして俺は答える。


そして今度は、俺の様子がおかしいと彼に気づかれていないだろうかと心配になる。

彼が見つめる瞳に映っている俺は本当に今までの俺なのか不安になる。

恐怖と不安がぐるぐると回り、自分の尻尾を飲み込んだ蛇のように延々と輪の中で繰り返される。


それを止めてくれるのがトルエスさんだ。

彼はヘルムート伯も夫人にもあまり目を向けずに食事か俺の様子をチラリと見ては俺の言葉の間を取り持ってくれる。


でも彼はどうしてヘルムート伯に素気ない態度をとるのだろう?

こういったときは例え不服だとしても従順な振りをして対策に時間をかけるようにするのが普通だと思う。

俺だって隆源爺さんの会社の一部門を任された経験もある。

一時的とは言え子供に使われるのは誰だって嫌だ。隆源爺さんだからあんな無茶を言っても部下達は二つ返事で了承した。

だけど俺が指示を持って行っても、最初はニコやかに頷いてもノラリクラリと仕事を遅らせて俺を困らせたことはある。

そう言えば、あのとき俺は諦めて自分で全部処理をしたっけ。

説得する時間があるなら自分でした方が早かったんだ。

だからトルエスさんが何故こういった態度をとるかなんてわからない。

俺の指示を聞かなかった人の気持ちがわからない。


後でトルエスさんに聞いてみようか?

どうしてあんな態度をとるのかと。

聞いてみたらわかるかもしれない。

わからなくても彼という人の裏側に触れられるかもしれない。


カチャリカチャリと食器の物悲しい音が時間の流れる遅さを俺に囁く。

その囁き声に耳を塞ぎたくなりながら耐えていると、館の外から馬の嘶きが聞こえてきた。

その嘶き声を聞いたリザベラ夫人はハタと気づき、彼女の従者に目を向ける。

その視線を受け止めた従者、彼女よりも年上で老年の執事然とした男は頷くと壁に控えていた女性給仕達に目線だけで合図をして、彼女達に食堂の扉を開けてもらい外に出て行く。


「どなたかいらっしゃったのですか?」

俺はリザベラ夫人に聞く。

あまり間が持たないのを打ち消したかったのと、もしかしたらこの場を温めてくれる人が来たのかもという期待に少し胸を膨らませたのだ。


「ええ、私たちの息子ですわ。ちょうど良い機会ですし紹介いたします。少々お待ちくださいね」

彼女は微笑みそう言った。

彼女が立ち上がる様子はない。

俺はこのまま座ってていいのかと少し心配になりながらも握っていたフォークを下ろした。


「ゼンのように彼奴も才があればよかったんだが、とんと恵まれなかった。トルイが羨ましい」

そのヘルムート伯の呟くような言葉に俺は気まずい思いをする。

なぜならそのつぶやきに、彼の目の前にいたリザベラ夫人の眉が少し険しくなったのだ。

完璧な微笑みをする彼女が初めて見せた感情に俺は少し寒気を感じる。


食堂には沈黙が淀んだ。

ヘルムート伯のつぶやきに夫人は聞いていなかったように黙っている。彼女の微笑みの上にはもう先ほどの感情はどこにもなかった。

彼女はあらゆる感情をその微笑みに深く沈み込ませるている。


その微笑みの下には何が淀んでいるのだろう?

淀みではなく澄み渡っているのだろうか?

それを覗き込むことができるなら見てみたかった。

深い深い彼女の奥底を。


俺がそんなことを考えているとその人物が肩で風を切り、食堂に入ってくる。

俺の父上よりも年上、顔つきはヘルムート伯によく似ているがその体は細い。ブロンドの短髪、蒼玉の瞳でその体は訓練を繰り返して鍛えられているが彼は決して強くはない。足運びも、肉体も、その瞳も強靱に鍛え込まれた鋼の凄みを感じられない。並の騎士、生真面目な軍人と言った印象を受ける。

ヘルムート辺境伯の紋章が入ったマントで如何にも任務から戻って来たところだというのがわかった。


彼は俺とトルエスさんをチラリとその青くて神経質な瞳で見ると、すぐにヘルムート伯に顔を向けた。

「父上、母上、ただいま戻りました」

彼は簡単な礼とともにヘルムート伯夫妻に挨拶をする。

「うむ」

「無事だったのね。よかったわユルゲン。おかえりなさい」

息子のユルゲンの帰宅に夫妻は思い思いの返事をする。

ヘルムート伯は短く、でもどこか不満げな顔つきで。そしてリザベラ夫人は言葉に安堵と母親の愛情を滲ませて。


「で、こちらの御仁方は?」

彼はその夫妻の言葉を受け止めて、今度は俺たちに少し苛立つような顔を覗き込ませてたずねた。

久しぶりに帰ってきたら知らない客がいて、そのことにあまりいい印象を思っていないようだった。


「ユルゲン、紹介しよう。こちらの方はトルイ・リーンフェルト卿の嫡男ゼン・リーンフェルト卿だ。そしてその横のトルエス殿はお前もよくしっているな」

ヘルムート伯は座ったまま俺たちを順番に手で刺し、俺たちを彼に紹介する。

俺とトルエスさんは立ち上がり、彼に挨拶をする。

「ヘルムート卿からご紹介いただいたトルイ・リーンフェルトの嫡男のゼン・リーンフェルトです」

「ユルゲン卿、お久しぶりです」

その言葉と共に俺たちは彼に礼をする。

「・・・ユルゲン・ヘルムートです。ご夕食の中、このような格好で来てしまったことをお許しください。私は先ほど任務から戻ったばかりで疲れております。礼を失しない内に先に休ませていただきます」

言い切って彼はくるりと身を翻して食堂を出て行く。

そのことに俺は寒さで身が凍りそうな思いをした。


「すまぬな、ゼンよ。あれも疲れておるのだろう」

ヘルムート伯はその言葉を投げ捨てるように言った。

その言葉には僅かな怒気が含まれている。

彼は自分の息子の態度に俺が不愉快な思いをさせないために言っているのだろう。

リザベラ夫人はユルゲンの態度にも微笑みを絶やさない。


だが俺は見てしまった。

彼が俺に挨拶をする直前の彼の顔を。


ほんの瞬きをする間に彼が俺を見つめるその瞳の奥には確かに氷のように冷え切った感情が覗いていた。

その蒼玉は暗い氷の塊。

憎念が永久凍土のようにその激しさを閉じ込められたまま、こちらの心に鋭く突き刺さる。

暗くて、黒い憎しみの鋭い氷の牙。


たった一瞬にもかかわらず俺はここまで恨みを感じたことはなかった。

人間の冷たくて鋭い激しい感情。

それは生ぬるいものではない。

ここまで直接的に感情をぶつけられたことはない。


俺は一つの可能性に思い当たる。

彼が何を思ったか?

彼の瞳が何を願ったのか?


その瞳はまるで―――。


俺の死を願っているようじゃないか。


俺は急激に冷え込んだ真冬のような食堂に座り直す。

すべて凍り付いたこの食卓を見つめて。


え?なにこの羅刹の家みたいな食卓は?

昼ドラ系ファンタジー冒険小説『ゼンの冒険』がスタート?

書いてるこっちも胃が痛くなりそうなんだけど。

嘘です。ノリノリです。

昔みたいに強くて堂々としたゼンをお待ちの方はもう少々お待ちください!


そろそろオークザラム編も残り少し!

領地に帰ったらめいっぱいノンビリするんだぞ。負けるな、ゼン君!

二話ぐらいは用意するから!

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