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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
幕間 ドラグリア大陸の脈動
33/218

主神の祝福

ドラグリア大陸の最北端、平均標高6000mのアラフェト山脈の中でも最大標高10000mの霊峰ディトゥ・メディ(神の中指)を背にしてアースクラウン神国の首都アースクラウンは位置する。


アラフェト山脈はアースクラウン神国と切っても切れない関係である。標高8000m以上の五つの霊峰からなるアラフェト山脈から北側を古代アーベルン語で“レアートル・マヌス”(神の掌)と呼び、その形状はルーン王国から見ると断崖絶壁の壁のごとき傾斜で、アースクラウン神国側から海までは緩やかな斜面を形成して、海には断崖絶壁となって落ちる。この5つの霊峰を横から見ると指を折った掌のように見える。

しかし、由来は神話による。ドラグリア大陸はもともと肥沃でさらに広大な土地であった。主神トールデンはその大地の楽園に人間を作り、その大地の管理を任せて天上へと戻る。だが、人間は堕落し、不法が蔓延り大地が汚れ、その上別の大陸から魔族に侵略された。それを嘆き、怒った主神トールデンがドラグリア大陸の北にその手を顕現させて、その中に心正しき者と清き動物を招き入れ他のもの、汚れた人間や大地、魔族をその御業を使い水で押し流し、底に沈めて清めた。そして神の手は山となり残った大地を再び人にゆだねるが、慈悲深き主神トールデンは一人の人間を霊峰ディトゥ・メディの山頂へと呼び寄せて祝福した。それがアースクラウン神国の、カソリエス教会の始まりとなる。

故にアースクラウン神国民はそのレアートル・マヌスの大地を愛し、そこに住まう。


それから1万25年という神とともに歩んできた膨大な歴史はその首都アースクラウンの様相にも影響し、ドラグリア大陸最大の都である。それは4000m級の広大な山を丸々都市にしている。途方もない時を重ねて山を削り、平地を作り出し人が住みやすいようにしている。その形は3段の円柱を小、中、大の順番で重ね、その円柱の北側半分に下層とつながる石のスロープがつながっている。ただし、霊峰ディトゥ・メディ側はただの急な山肌である。これは頂点でこの都睥睨するように聳え立つ大聖堂よりも霊峰に近づかないようにという配慮であった。

各階層は身分階級によって分けられており、アースクラン神国は完全な封建社会となっている。

上層と中層には主神トールデンを信仰するカソリエス教会に従事している聖職者がその役職に応じて住み、下層には一般市民が生活している。

アースクラウン神国の首都は人が住むには住みにくい環境だ。大陸最北端だけあって亜寒帯地域であり、加えてアラフェト山脈が太陽を遮り日照時間が少なく気温が低い。高山地でもあるので冬は厳しく寒く、常に雪が降り続ける。山脈の麓では土地がやせているため酪農が中心となって行われる。食料はルーン王国の依存率が高く貿易で賄われているが、アラフェト山脈を迂回する上に高山なので輸送費が嵩み物価が高い。

だが、神がいる。

そのために首都の人口も大陸屈指だ。莫大な胃袋はルーン王国、トローレス王国から海や陸から食料を吸い込み、その代わりに神の加護という名目を与えて成り立つ国である。その加護のためにその二国はアースクラウン神国に傅いている。


主神トールデンとカソリエス教会。


この二つがこの国の柱である。

主神トールデンの名の下にカソリエス教会はドラグリア大陸に多大な影響を持ち、最大都市と祝福者の最大人口を有してその軍事力と教会の祭具の貿易を振るい、多大な財を成す。ひとたび、アースクラウン神国が身を揺らせばドラグリア大陸は揺れ動く。


そして今、そのアースクラウン神国が揺れていた。正しく表現すると、神国の民すべての魂が揺れている。

首都アースクラウンには神国中の人間がすべて集まっているかと思うほど人で溢れかえっている。実際に国の九割の350万に届きそうなほどの人間の数だ。その人間が室内には閉じ込まらずにすべて外に出ている。小雪が舞う中、外に出て道路に溢れかえり、場所がない者は建物の屋根に上っている。その全員が首都の頂にそびえるキャッスルヘイム大聖堂を向いて身じろぎ一つもせずに跪き、頭を垂れている。老人も子供も、重病人でさえも誰かに肩を借りて外にでている。彼らは皆、真新しい亜麻製の長い白い頭貫衣を着込み。神国の上中層の教会の人間は首から役職で異なった柄の長い帯が垂れていた。

彼らは誰も喋らない。咳や幼児の鳴き声もするが、それ以外は皆押し黙り、ただただ伏している。

収穫の季節で首都アースクラウンでは氷点下に近く、すでに雪が舞うほどの寒さである。ある程度着込んではいるが、彼らはすでに数時間このように寒い外で伏しているため体の芯から凍えていた。

だが、体の寒さよりもその喜びが勝る。

押し黙った民達、神の信者たちであるアースクラウン神国民は喜びの熱狂が寒さを打ち払い、今か今かとその時を待っている。実際には体調を崩し、倒れる者はいるがそのことに民達は気にしたそぶりはしない。倒れた者を介抱して室内に入ればその歴史的な場面に遭遇できないかもしれないと思ってしまうからだ。

首都アースクラウンが静かなる揺らめく熱気で覆われる。350万の民の息遣いが大気を振るわせて、歓喜の風が吹く。


彼らが向く方向には白亜の摩天楼が聳えていた。

キャッスルヘイム大聖堂。大都市を睥睨するように、都市の最も霊峰に近い場所にある。キャッスルヘイム大聖堂は四つの尖塔で構成されている。巨大で全高200mもの塔を筆頭に周りには3つの尖塔が囲う。雪よりも尚白きその壁は無垢な子供のような滑らかさで、それを荘厳な装飾と彫刻で彩っている。白と金の塔。遠くから見てもわかる光り輝く黄金はその金の使用量だけでも気が遠くなる。貴重なガラスを使用し、真ん中の尖塔の上方では一面の窓ガラスで覆われた居住区もある神の城。各尖塔は真ん中の一際高いものを主神トールデン、他を三神のアースクル神、ドラキア神、ナルキア神を表している。その絢爛さ、天を突く高さのどれをとってもドラグリア大陸最大の建造物である。


大聖堂は今、雲の切れ目からアラフェト山脈を越え、霊峰ディトゥ・メディの頂から覗く太陽とその尖塔が重なり合い、神々しく後光がさす。大聖堂の壁の金が燦然と光り輝き、都市の隅々にまでその光が満ちていく。


雪が途切れた。民達がその光を全身に浴びて、暖かさを感じたとき、その感覚に歓喜で震える。

『聞け、レアートル・マヌスの子達よ、我が子たちよ』

無数の声が重なったような複雑な音が意味を持って民達の頭に響く。

『余は第762代アースクラウン神国教皇アセーラルにして、第43番目のトールデンの地上代理人。今この時より余はトールデンとなった。我が子らよ、余を崇め、面を上げて仰ぎ見よ』

その言葉が途切れると民達は一斉に大聖堂を仰ぎ見る。ひしめくあうようにわき起こる幸福感と溢れる喜びを隠せないその顔には誰も彼もが滂沱のごとく涙を流す。

その民の心を振るわせている言葉は主神トールデンの権能『福音』、自らの民すべてに声を送る権能である。その福音の意味を知る民達はその声が確かなる神の御業と分かり、歓喜に満ちていた。

仰ぎ見る大聖堂、距離からその人物が立ってるのはわからない。だが、光が差してくる大聖堂に彼らは神の存在を感じていた。神は霊峰ディトゥ・メディより下る。太陽がその道を作り出し、今大聖堂に降り立ったと彼らは思っていた。


その人物、第762代アースクラウン神国教皇アセーラルは齢6歳の少年。白い司教服、真っ白の絹に白い糸で装飾を施した巻頭衣の上から白に金でカソリエス教会の聖章が縫われたマント、その頭には金で壮麗に彩られた白く高い司教冠に、トールデンが振るうと言われた黄金の槍である司教杖を持つ。

小柄な体からは異様な神気が放たれて、存在だけで傅いてしまう。


アセーラルは高いはずの大聖堂の最上階のバルコニーから都を見下ろしている。

その目は茫然としており、どこを見ているかも何を思っているかもわからない。

「ここにトールデンの名において、アースクラウン神国に祝福をもたらそう」

『ここにトールデンの名において、アースクラウン神国に祝福をもたらそう』

アセーラルが口を開くと、それと同じ意味を持った声が全神民に降り注ぐ。

彼は手に握っていた司教杖の石突きでバルコニーの大理石の床をカシャリと静かに叩く。すると、一陣の穏やかな風が、そのバルコニーを、それを超えてアースクラウンの都市を駆け巡る。それは冬の到来を示す冷たい風ではない。その風は春のように温かく慈愛に満ちた風であった。

風は都市を超えて、アラフェト山脈のさらに上に駆け上る。

上昇するごとに風は微風から強風に、強風から突風となり、太陽を再び覆うとしていた雲に衝突する。衝突すると雲が蠢き、霧散する。それは水面に石を投げ入れたときのような光景。衝突した場所から波が起こるように雲が消えていき、蒼穹が瞬く間に広がった。

その光景に民達は唖然として眺める。まさに人を超えた力に人々は衝撃を受けていた。

蒼穹の空から燦然と太陽が輝く。

彼らはまごう事なき神の降臨を感じた。放心状態からまた滂沱の涙を流し、その太陽の光、トールデンの祝福に身を浴す。

「さあ、祝福はなった。アースクラウン神国の民よ、安心するが良い。再びこのドラグリア大陸に秩序と繁栄をもたらそう」

『さあ、祝福はなった。アースクラウン神国の民よ、安心するが良い。再びこのドラグリア大陸に秩序と繁栄をもたらそう』

神の声が国に響く。

人々はその歓喜と幸福と祝福に深く静かに熱狂し、神を崇める。

今この時、アースクラウン神国は神の名の下に祝福され、祈りが国を覆う。





そして、アースクラウン神国に祝福が満たされたとき、その首都の上層部でただ一人、ある人物だけは異なる喜びで胸を膨らませていた。

その人物の名はヒスティリア・ロンカッリ、ロンカッリ枢機卿の第三男。

細い長身に皆と同じように白い頭貫衣を着込む。肉付きは悪く、ひ弱な印象をうける。顔立ちは線が細いが整い、金の長髪を後ろでくくり、青い瞳、そしてこの時代には珍しく眼鏡という高級品を高い鼻の上に置いている。

彼は歓喜に浴している。

だが、その歓喜は神の祝福への喜びではない。

それは好奇心。この地に住むアースクラウン神国民にはまず芽生えない外の国への好奇心で溢れていた。

「ああああああ!歴史的場面に私はいま遭遇している!このときより歴史が動く!ああどうして!どうして私はこの地にいるのだ!」

彼は人目の着かない場所にいた。彼はロンカッリ枢機卿の大きな屋敷の庭先でその大聖堂を仰ぎ見ていた。

彼の心にはその神の御業も言葉も届いてはいない。彼の心を埋め尽くすのはただ一つだけだった。

「動くぞ!動くぞ、このドラグリア大陸が!また新たな歴史が記される!おおお!この手でその歴史を記したい!この目でその歴史を見定めたい!!」

ヒスティリアはよだれが飛ぶのも気にせずに体を反らして絶叫する。あまりにも熱すぎる彼の体が破裂しそうであった。

「歴史が私を呼んでいる!行くぞ!私は!!この大陸を巡り、歴史をしるすぞぉおぉぉおおおお!!!!」

ヒスティリア・ロンカッリ。

彼はこのカソリエス教会の優秀な司祭である。だが、周りは彼を変人、優秀な聖職者を輩出してきた名門ロンカッリ家の汚点と呼ぶ。

自称、ドラグリア大陸一の歴史家。

神よりも彼は歴史の信望者。彼の興味はすべて歴史が紡ぎ出す物語に傾倒していた。

この時彼は、この主神トールデンが祝福したアセーラルの出現で大陸が変動きたすと感じている。各国の歴史と情勢を冷静に俯瞰できる歴史家ヒスティリア・ロンカッリは確かにドラグリア大陸の脈動を感じていた。

そして、それを見定めるために地位が約束されているこの場所を離れる決心をした。

ヒスティリアはぶつぶつと独り言を言いながら大股で屋敷の方へと向かう。

この脈動するドラグリア大陸へ歴史を見つけるために。



こうして、10025年 収穫季 アースクラウン神国で主神トールデンに祝福されたアセーラル教皇が公にその聖座を手にした瞬間である。




↓↓イメージの補助です。ドラグリア大陸全体(仮)

挿絵(By みてみん)

次からはゼン視点です

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