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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
幕間 ドラグリア大陸の脈動
32/218

ドラグリアの静かな脈動

ゼンがグラック軍と戦っていたとき、人間が住まう広大なドラグリア大陸の王達はある知らせを受け取っていた。

その知らせは王達にとってある予感を掻き立てるに十分な衝撃を与える。


―――――――――

ドラグリア大陸の最西端に位置するのはトローレス王国の王都トローレス。

王国は建国1400年と歴史が長いために王都の区画整備等が行き届いており、木材でできた等間隔の建物が並んでいる。その中心をトローレス川が左右に蛇のように蛇行し、それに沿って区画が様々に区切られている。

王宮は王都の主要港マジャ港とトローレス川の間にある丘の上に立ち、マジャ港を見下ろすようにある。その丘は王都にもかかわらず緑がおいしげり、少し歩けば果実が採れ、極彩色の鳥たちが舞っている。王宮でなければ保養地かと勘違いしてしまいそうな様相だった。

熱帯のジャングルがその国土の多くを占めるトローレス国はこの国特有の良質な材木がとれるため、王宮には惜しげもなく樹齢1000年以上の木々がその素材となっている。だが、派手さを好まないトローレス国の民族性だけあって、腐食しにくように朱色の塗料で塗られた以外の外見は非常にシンプルな三階建てで建造されていた。また、王宮は熱帯地域を考慮して、洪水対策、通気性、害獣や害虫防止の利点がある高床式となっている。


昼間の暑い光が入ってくるトローレスの王宮のただ一室しかない広い三階で一人の男が玉座に座っている。

玉座といってもそれはあまりにも粗末なものであった。材質はまごうことなきトローレスの一級品。だが、肘おきはあるがその線は細く、一見見ただけでは王座とはわからない。

その玉座の男はナフサ・パプラス、トローレス王である。30代の前半の男盛りにもかかわらず筋肉はなく、日焼けしているとはいえ病弱のようにも見えた。黄金にも見える黄色のに染色された上質な綿の服の上下。下はゆったりとしたズボン、上着は襟元をわずかに装飾した日本の浴衣ような前開きのものを帯で締めている。頭には眉毛までの深さでターバンのような布が同じ色で巻かれていた。


「火急に伝えたいということはなんだ?」

ナフサは神経質そうな目で苛立たしげに玉座の段の下で膝を突いている臣下らしき男に声をかけた。


ナフサは自分の臣下達に不満を持っている。

トロレースの西の諸島で勝手に居座り、あまつさえもそこを自分たちの国だと主張する海賊に200年も対処できていない先王達やその臣下達にナフサは苛立っち、そして自分が即位して3年という月日が流れてもその状況は一向に変わらないことに大きな憤りを覚えていた。

ナフサにはどうしてもあの諸島が必要だった。

貿易への被害という点でも少しは気にしているが、それ以上にあの諸島はナフサがもっとも信仰しているお方が重要視している場所だからだ。


「はっ、司祭様よりトローレス国王として書簡をお渡しするように仰せつかっております」

「おお!司祭様か!うむ、大義である。もう下がれ」

その男の言葉にナフサは先ほどまでの不満げな態度から一転して、よほど嬉しいのか笑いながら男が持っていた書簡を奪うようにとる。それでもう早く出て行けといわんばかりに手を振って男を辞退させる。


もうすでにナフサは臣下や海賊のことを忘れて、玉座に座り書簡の封を切る。

ナフサにとって司祭様が正式な書簡をトローレス国王である自分に出したことが何よりも大事だった。司祭様――つまり、アースクラウン神国が直々に自分に何かを伝えようとする。神が自分を認めてくれているとナフサは感じている。それこそが何よりもナフサの喜び。


ナフサは書簡を読んでいく。

読み進めていくうちに書簡を持つ手が震えだした。

それは歓喜の震えだった。

彼の魂はその書簡の内容によって打ち震え、読み終える前に滂沱のごとく涙を流す。

「おおおお!なんたることか!福音だ!まさに福音だ!」

ナフサは声を上げて泣きながら、書簡を持って玉座の後ろにある段に上る。


本来ならその国の最も高い位置にある玉座のさらに上段。


そこにはトローレス王国の謁見の間の中で最も豪華なもの―――祭壇があった。

正面の壁一面を金箔で覆い、真ん中にはアースクラウン神国のキャッスルヘイム大聖堂を模した大理石の彫刻が置かれ、その大聖堂の上段には主神トールデンは金の像、下段にはアースクル神、ドラキア神、ナルキア神の三神は銀の像、その下には大理石の使徒の像が置かれている。他にも様々な貴金属が使われて、トローレスの王宮には不釣り合いなまでの豪華さであった。


ナフサはその書簡を祭壇の上に置くと、感涙しながらその場で五体投地をする。


ナフサは主神トールデン信仰の狂信者であった。

彼が王位についてまず何をしたかというと謁見の間にあるもののほとんどを売却し、財源を管理している者に悲鳴を上げさせるだけの祭壇を設置した。設置する場所は本来ナフサが座るべき場所よりも上段にし、自分が座るべき玉座は木の椅子でいいとした。

トローレスの名工達がその威信をかけ製作し代々修繕を行ってきた1400年前のトローレスの宝ともいうべき玉座や装飾具、それら一切を売り払った王に対して臣下たちは顔には出さないが、憤りを感じていた。幾度陳情しても王は耳をむけなかったのだ。


「おぉぉ・・・主神トールデン様・・・」

彼はむせび泣きながらその知らせを喜ぶ。


彼の泣き声はその日の夕方近くまで聞こえてきたという。

歓喜、トローレス王がその知らせを受け取ったときの反応だった。


―――――――――

ドラグリア大陸西の中央部に位置するルーン王国王都マキシラーテ。

広大な王都を堅牢で高い壁に三層も囲み、壁ごとに関所がもうけられている。四方二キロの庭園とそれを囲むように清らかな流れの水堀がありその中央に巨大な白亜のマキシャンボール城が壮麗な姿で鎮座している。

マキシャンボール城は食と芸術の都と呼ばれた王都の威信をかけたまさに芸術と建築技術の集大成だった。白亜の大理石をふんだんに使い、窓枠一片たりとも装飾の手は緩めない。

城は4つの塔と中央の王宮で構成されている。王宮は二つの大きな塔が土台とし、前のそれよりも小さな塔によって前壁となる。初めて城の前に立ったとき前壁で王宮の美しさが隠れてしまわないように配慮されていた。王宮は五階建て、階段状のように前の部分は最初三階、後ろに行くごとに四階建て、最後尾に五階部分と多重になっている。内部も豪華絢爛だが、建築士達がもっとも気にしたのは王宮の屋根だ。装飾が多すぎないように、隠れないようにと全体のバランスに注意しながら美しく最も華美な姿を建造した。屋根の部分は青く塗装してあるが、その屋根の群れの頂点部分はすべて金箔で装飾されている。太陽を城を照らしたとき、その壮麗で神々しい姿を目にした者は必ず心を奪われる。

そのマキシャンボール城の五階部分の巨大な謁見の間。

多くの絵画、彫像、列を成すシャンデリア、白い大理石と金の装飾に彩られたその空間の最奥の壇上の玉座に一人の男が座っている。

グリゼリフ・アーノルド・マキシラル、ルーン王国の国王その人である。

齢は40代後半、白髪混じりの長髪と理知的な顔つき。食と芸術の都の主に相応しい恰幅のいい紳士。髪はカールさせ、髭を生やしている。服は白と金箔に彩られたルーン王国の紋章の長いマントに、青とこれも金に彩られたジャケットを着てレースの入った白麻のスカーフ。下はふわりとした膝丈ほどのスカートのようなものを巻き、脚の線が見えるほどのぴったりとした絹でできた白いタイツを履いている。靴はかかとが少しあげてある革靴。


グリゼリフは列を成して訴状していた貴族達を帰らせて、謁見の間に信用のできる家臣だけを残してその報告を聞いている。

その眉はひそめられて、思案顔を浮かばせてあった。


「・・・が司祭様より伺った内容になります」

「そうか・・・喜ばしいことだが・・・これは難しいな。周辺諸国がどうでるか・・・」

家臣の報告を聞き終えるとグリゼリフは腕を組み、顎に手を当ててそう唸るようにつぶやいた。


ルーン王国はドラグリア大陸の国すべてと隣接している。広大な平野をその腹に持ち、膨大な食料を生産できるルーン王国はドラグリア大陸の食料庫。一国を除き、貿易でその食料を輸出している。それ故に非常に狙われやすい国でもある。各領地を任せている貴族に対して、支配力を高めるため様々な苦心と外交をもって国を平定し、野心を燃やす貴族達と食料を狙う周辺諸国との間で絶妙なバランスで国を繁栄させてきた先代の王達の国。

その知らせは今の拮抗状態を崩す前兆、水面に石を投げ入れて大きな波がくる予感をグリゼリフは感じていた。


「わかった。至急国書の用意を。それと国境の兵達には今後さらなる厳重な監視をさせよ。おそらくすぐには動かまい」

家臣達はグリゼリフの命を受けて動き始める。

王に頭を下げて礼をし謁見の間から慌ただしく立ち去った。その知らせは国民に大きく喜ばれるだろう。だが彼らはその知らせがこの大陸でどういった動きをするのか検討し、軍にどのような命令を下すのか。彼らもその報告を喜んではいるが手を叩いて喜んでばかりはいられない。


複雑に絡んだ糸を解すような顔で王は思考を巡らす。

建国以来の様々な王達のなかでもグリゼリフは高い評価ができる彼に臣下達は絶大な信頼を寄せている。

ただそれが、臣下すべてではない。

有能で先を見通す臣下達だけである。豊かな国、争いが起きようとも内部までその影響を及ばさなかった王国には着実に腐敗が進んでいる。

正しい評価をしてもそれを厭うものは確実に出る。そんな甘い考えの者を冷静に対処してきたグリゼリフは、その知らせをうけて蠢くのは外ばかりではないと理解している。


彼は時の流れを緩めて思考に入る。

“朽ちゆく木の賢者アルガナイ”の祝福を授かったグリゼリフの権能は彼の思考を加速させて様々な想定をしていく。

その思考速度の加速は時を緩めるような早さであった。


思索、ルーン王国の王がその知らせを受けたときの反応。


――――――

ドラグリア大陸の最西端のトローレスの先、島が散り散りに散在する諸島からなるキルバン独立国。

50以上の大小様々な島が存在し、水源や固有の動物、希少な薬草に生い茂った個々の島には独自の環境を持っている。

だが、この国は厳密には国として認められてはいない。


なぜならその民の多くが海賊だからだ。


250年前に起きたドラグニア大陸の総力をあげて別の大陸に進行したときの敗残兵が残り、住人となりそのほぼすべてが海賊となった。

そして、海賊達はキルバン諸島を自らの国として主張し君臨している。

王都は存在しない。しかしキルバン諸島のとある沖合に異様な王宮は存在した。

そこにあるのは大戦艦の群れであった。

35隻の巨大な帆船が互いに簡易の橋をかけてつながっている。その中央には他の帆船よりも群を抜いて大きな帆船が存在する。

キルバン独立国王宮巨大戦列艦アシュロン。

この世界には火薬が存在しない。そのため銃や大砲がなく、戦力は兵士の輸送力に比例する。巨大であればあるほど戦力が高くなる。巨大戦列艦アシュロンは250年前の大戦時にドラグリア大陸の造船技術のすべてをつぎこみ建造した最高傑作。そして技術進歩のないこの世界でこれを超える船は存在しない。

巨大なマストの数は3本。メインマストを頂点とした山のような帆の大きさで、低い船首楼と75mもある長い船体に幅が18mという細長いスリムな形をしている。海上ではこのスリムな形が安定性、風の抵抗を受けにくく船速が上がる。また操船がしやすい。

華美な装飾も少ないがこの巨大な戦列艦の姿は一種の畏怖さえ覚えさせる。ドラグリア大陸ではアシュロンとは“神の要塞”、その意味に匹敵した姿であった。


燦然と太陽が輝き海が凪ぎ、マストが畳まれ他の戦艦につながれたアシュロン王宮は穏やかに揺れている。

アシュロンの甲板では雑多な装具を仕舞い、巨大なテーブルが置かれている。

そのテーブルを囲むのは35人の海賊達。


海賊達はその人種、性別、風貌すべてがバラバラだった。

ルーン王国の貴族風の男もいれば、筋肉隆々な大男は汚れた革のベストと半ズボンに無数の傷跡と眼帯、髪を紫のバンダナと海鳥の羽で装飾した肌の露出が多い女性、白い麻のターバンで顔を隠した砂漠の民のような人間。共通なところと言えば、荒くれた気質と日に焼けた肌だけ。その海賊達はテーブルの上で騒然としている。


「お頭、俺たちを招集するなんて何事だよ?」

「姉御、私とそろそろ夜をともにしようじゃないか」

様々なことを隣の者と話し合い、喧嘩が起きそうな剣幕でしゃべり、上座に座っている者に話しかけたりしている。


そのテーブルの上座の豪華な木の椅子に目をつむり座っているのは一人の美女だった。

キルバン独立国女王レイ・キルバン。

紫色の豊かで長い髪、目をつむっていてもその猛々しい相貌は隠せない。それ以上に妖艶な色気がある。

広いツバを巻き上げたような黒い大きな三角帽子には金の装飾と海鳥の羽根飾り、黒いマントの中は白い麻のシャツとその上から革のベストを紐できつく縛っている。ベストで圧迫されて二つの双丘がこぼれるようにシャツを押し上げている。下は動きやすいように黒で染色した足のラインがでるほどぴったりとした麻のズボン。靴は膝の半ばほどの革長靴に反りの深い剣を佩刀している。

ただの町中ならばキルバン独立国の女王は大陸屈指の美女として受け入れられただろう。だが、その風体も鋭く放たれている威圧感も常人のそれではない。海の戦士の女王まさにそれであった。


レイは目を見開き、研ぎ澄まされた剣のような闘気を巡らせて一言言い放つ。

「だまりな」

そのたった一言に海賊達はピタリと静かになった。

彼らにとってレイの存在は仰ぐべき主ではない、それは自分たちの家族であり、父であり、母である。多くの海賊達の年齢よりも下のレイではあるが静かに怒れる獣ごとき彼女の今の存在は、彼らにとって子が何かに激怒している両親向ける感情に近い。


彼女は静かになったのを確認して言葉を続ける。

「私たちのかたきが現れた」

その一言で怒号がわき起こる。静かに凪いでいた海が大しけに晒されたように思うほどの怒りの感情が爆発する。

彼らにとっててきは多く存在する。だがかたきだけはただ一つしか存在しない。

「だまりな!だが、手を出すな」

海賊達にとってレイがかたきに手を出すなということが信じられないのか、怒号がレイへの不満に転化する。彼らは彼女に対して悪態はつかないが、言葉に剣が混ざり何故なのかを騒々しく口々に問う。

なぜ!?なぜ我らの宿願を果たせてはならないのか!と。

「私たちは陸ではたたかえないだろが!あんた達は私に子の死に様を見せたいのか!」

迸るレイの激情が海賊達を叩く。

子とはレイにとってすべての海賊達である。ここに集まるのは35の海賊団の長35人、レイにとっては子達をまとめる兄や姉。

その叱咤に35の海賊団の船長達は押し黙った。彼らは死ぬことに恐れはない、だがレイを悲しませることに対しては一種の恐怖を感じている。

「だが・・・」

レイは激怒をどう猛な笑みに変えて言葉の間をあける。

海賊達はレイの言葉の間に潜む戦いの気配に希望と高揚の感情が沸いた。

彼らは鳥肌が立ち、喜びに声を上げそうになるのを堪えて彼女の言葉を待つ。

彼女が続ける。

「私たちの海にかたきを引き釣り出せばいい!奪え!あらゆる敵の船を!富を積んだ船を!奪って奪って奪い尽くして食い殺せ!」

すさまじい雄叫びがアシュロンの甲板を木霊する。闘志の熱気がマストを燃やし尽くさんばかりに燃え上がる。

それは獰猛で巨大な海の魔獣の怨嗟の雄叫び。

キルバン諸島を越え、遠くの大地ににまで飛びかかろうとする獣たちの雄叫びだった。


咆吼、知らせを受けてキルバン独立国女王レイ・キルバンがした反応であった。


―――――――

ドラグリア大陸の最東端

ミドゥバル国、ドラグリアの国々のなかで最も広大な土地をもち、そして最も過酷な土地であった。

国土の9割近くをラーン砂漠に占有され、あまりに過酷な環境下の中で動物はほとんど存在していない。その環境下に耐える強力な魔物たちが跋扈する灼熱の砂漠。この土地に住まない人間が入れば一日とかけずに命はない。暑さによって命を落とすか、魔物の餌となるかのどちらかしか道はない。

無窮の砂だけしか存在しない砂漠。その劣悪な環境かでミドゥバル国は二種類の人間によって形成されている。

ミッドバル国の言語ムシャルク語でムハ・シャルク(戦う者)とムハ・ズーラ(縛られた者)。

ムハ・ズーラは貧しい土地で小さな農村集落を作る。ミドゥバル国ではその人口の6割以上がこのムハ・ズーラである。彼らは過酷な砂漠に耐えることができない。砂漠の周囲にある作物がなんとか生産できる場所に村を作る。砂漠から迷い出た魔物襲撃や飢饉が起こる中、堪え忍び時には家族を犠牲にして生き延びいていた。だが、この数十年はトローレスとの貿易により奴隷や砂漠の魔物から採れる素材を輸出することで食料をなんとか安定させるまでには至っている。

そして、もう一つ。ムハ・シャルクは砂漠で生きる8の部族からなる遊牧民。その称号を得た民は老若男女問わずに一人残らず精強な戦士であり、砂漠に適応した化け物であった。この地で最も強い者は魔物ではない。それはムハ・シャルクである。数百の軍勢で馬を駆け、各々に適した武器を掲げ魔物を狩る光景はラーン砂漠にいる魔物ほとんどを震え上がらせる。


荒涼とし、遠くの果てまで数々の砂丘が風に吹かれて砂を舞い散らせている。砂漠の砂丘の形状は時間ごとに変化する。ある意味天然の迷宮のような中で人間の方向感覚など紙に等しい。

そんな砂漠にミッドバル国の王宮は存在しない。いや、ミッドバルの国民ならこう答えるだろう―――この偉大なるラーン砂漠こそ我らの王宮だと。


そんな超大な王宮――つまり砂漠のどこかで蹄の音を鳴らし、砂漠の覇者のような威風堂々たる騎兵の集団が疾駆していた。

騎兵達はターバンで頭を隠し、麻の緩やかな長い布を頭の部分だけくり抜いてかぶり、その下は麻のシャツにズボンといった簡素なもの。だが、そのすべてが血で濡れたように赤く染められている。よそから来た者はその剣呑な色に畏敬を込めて赤き民と呼ぶ。

その赤き騎兵達の先頭には他の者よりも一際目立つ二人の人間がいた。

一人は赤いターバンの上から額ほどの幅の金でできた装飾を巻き、かぶっている布は絹に金糸で豪華に彩られている。もう一人は小柄で金の装飾は細く女性の感性で編まれたティアラのようだった。


その幅広の金の装飾具をつけた人、それがミッドバル国の総族長ムタイル・ラーン。

ターバンによって隠されているために表情は見えないが、ムタイルは何かに気づいたように馬を走らせながら空を見上げた。

その上空には鳴き声を上げながら旋回する一羽の鳥がいる。その鳥はムタイルが空を見上げたのを確認したかのように、目を向けられると高度を落としながら彼の方へと滑空する。

ムタイルは鳥の行動を見て腕を水平にあげた。鳥はその腕に向かってさらに滑空速度を上げて、彼に衝突する前に羽ばたき静かに彼の腕へと止まった。

「お父様のタイールイですね」

ムタイルの横で疾走している小柄な人物がムシャルク語で彼にそう声をかけた。その声は凜とした澄んだ声色。その人物はムタイル・ラーンの娘ラクサ・ラーン、歳は六つではあるが彼女は列記としたムハ・シャルクである。その小柄な体に戦士である自負と誇りが浪波と注がれている。

「ふむ。トラルのムハ・ズーラの長から手紙が来た」

ムタイルはそのタイールイと呼んだ鳥の足に括り付けられている手紙を外すとそういった。

そのムタイルの言葉にラクサは憤然とした声を上げる。

「ムハ・ズーラごときがお父様のタイールイを呼び止めるなどとは」

「ラクサ、いつも言っているがムハ・ズーラもミッドバルに住む我らの民だ。そういうでない」

「いえ、改めません。偉大なるラーン砂漠に住めないような者にお父様の慈悲はもったいなさ過ぎます」

たしなめるようなムタイルの言葉にラクサはピシャリとそう言い切る。

ムハ・ズーラとムハ・シャルク、ラーン砂漠に生きる者達は互いに協力関係をもってはいるがやはりその生き方によって選民意識が高い。なぜなら、ムハ・シャルクのすべては祝福持ちだからだ。数百の騎兵すべてが祝福持ち。この世界では持たざる者と持つ者が明確に分ける差別である。

ムタイルは娘をたしなめるのをあきらめたのか、その手紙に目を通す。

そうして手紙を読み終えるとそれを捨てた。

「で、一応聞きますが何と書いてあったのですか?」

ラクサはムタイルの方を向きながら首をかしげる。彼女は手紙ではなくムタイルのタイールイを使用したことに憤然としていたのだ。手紙の内容は好奇心から気になっていた。

「我らには関係ない」

ムタイルは腕に止まったタイールイをひと撫ですると再び大空へと返した。

彼にとってその手紙の内容には関心がなかった。例えどのようなことが起ころうともラーン砂漠の上にいる限り自分の部族あるいは全部族を招集して事に当たれば大陸中を敵に回しても負けないと確信しているからだ。

「ラクサ、それよりも獲物が見えたぞ。一週間ぶりの獲物だ。確実に仕留めよ」

ムタイルはその手紙のことを忘れ、砂丘の彼方に無数の小粒の存在に目を向ける。

「はい!」

ラクサはその父の言葉に嬉しそうに頷き、戦意を高めた。


過酷なラーン砂漠、そこでは生きることが何よりも重要なこと。そのためにはときに自らの子の命ですら捧げる必要がある。

そんな場所では手紙の内容はそれこそ紙くずと同義であった。


無関心、その知らせを受けてミッドバル国総族長ムタイル・ラーンがした反応だった。


――――――

ドラグリア大陸のほぼ中央、ルーン王国の東に位置する内陸国。

長大で俊嶺なアラフェト山脈に囲われ、国土の真ん中をドゥナ川で分けられた鉱山国家トランザニア王国。国土の多くが山と川であり、豊富な鉱山資源とそれを製鉄するための水が豊富なトランザニア王国は大陸最大の鉄生産国である。

トランザニア王国の王都ダルガンは国土を分割するように流れるドゥナ川が作り出す広大な中州に存在していた。ドゥナ川が左右に分かれてその川の流れを緩やかにし、それがまた一つになるまでが王都の大きさ。川には左右に7本のづつの大小の橋がかかっており姿は美しい。王都の町並みは石で作られた家がほとんどで、白よりも少し黒いぽい色が王都全体を重厚な印象にさせる。だが最大の特徴はその川を利用している製鉄所の数だろう。規模は様々で無秩序に黒い煙を吐き出し、昼夜問わずに鉄を生産し続けている。鉄の国と呼ばれ、至るところで鉄を打ち鳴らす鎚の音が聞こえてきそうである。ダルガンでは子守歌代わりに鉄を打つんだと、冗談のようなことが他国で真剣に会話されている。

ドゥナ川が王都を囲んでいるためそれだけで天然の壁になるのだが、それに加えて10mほどの幅、全高30mの壁が王都をぐるりと囲んでいる。その王都の真ん中にその王宮、いやラゴル砦がそびえていた。四方をずんぐりとした大きな切石製の黒い円柱と高い壁、その内部には三つの塔が悠然と立ち、互いを連絡橋で行き来できるようにした簡素だがその太さで鉄壁の印象を与える。その塔の横には塔より低い角柱状の塔が物見櫓のように隣接してた。豪華さよりも機能性、ラゴル砦は攻め込まれても城壁から攻撃できるように小さな窓が無数に開いている。この国の気質がわかるようだった。


今、トランザニア王国は国王がいない。

国王が崩御し、その即位を二人の兄弟が争っている。

兄マルバス・トランザンク、弟グレイガノフ・トランザンク。だが、国民も貴族達も、鉱山奴隷ですら誰が国王になるかはわかりきったことだった。


天には無数の星がきらめく夜のラゴル砦の大食堂。500人を収容できる巨大な食堂は今熱気と笑い声、飲み比べ勝負を囃し立てる声、女給仕達の嬌声が石造りの食堂に反響して耳鳴りがしそうなほど騒々しい。天井にはろうそくが無数に灯され、非常に長い木製の丈夫なテーブルが五列、その左右には50人づつが座り、総勢500人の男達が豪快に飲み食いしている。二人に一つの酒樽が用意されて、男達は酒がなくなると握っている土製の質素な杯を樽に沈め酒をかっ食らう。食事はすべて肉。トランザニアで獲れる獣がすべて集まったかのような肉がテーブルを抜かんばかりに置かれていた。寒さの厳しいトランザニアであるのにもかかわらず人の熱気だけで大食堂は生ぬるい。

その大食堂のテーブルの列の最奥の一段高い場所にもうけられたテーブルに一人の男が鎮座している。

皮のベストがはち切れんばかりの胸板、太い腕と脚。熊のように大柄な男の名はグレイガノフ・トランザンク、次期国王候補の弟だ。

グライガノフは下段に位置する最前列の男達と壮快に笑っている。キツい目つきと角張った輪郭、太い眉に、太いもみあげ、およそ優しい印象が起きるはずもないほどに厳めしい風貌だがその笑い方にはどこか愛嬌があり、話しているものたちも気易いのか心から嬉しそうにしている。


そこにグレイガノフのテーブルの後ろで立っていた軍人らしき壮年の男がグレイガノフに近寄る。すると話していた下段の男達はまじめな顔となり会話を止める。それに反応してグレイガノフは男の方を向くと、男は彼に耳打ちをする。


「よかろう。たしかにそろそろだな。初めてくれ」

グレイガノフは男の言葉を聞き、そう答えた。男はうなずくと、女給仕長に手を上げて準備を始める。

それから女給仕達は動いた。会話をしていたものは男達と離れ、厨房へと戻り、酒の入った白く美しい陶器の水差しを宴の会場に次々と持って入ってくる。持ってきた女給仕達は大食堂両端の壁に綺麗に並んで食堂を取り囲む。

軍人風の男は食堂の奥にあった太鼓を数発打ち鳴らし、会場に静けさを取り戻させた。その太鼓の音だけで宴に興じていた男達は会話を止め席に戻り何かを待つ。

その様子を眺めていたグレイガノフはその素早さに頼もしさを感じながら嬉しそうにニンマリと笑う。

彼は椅子から立ち上がり、テーブルの前へと進み出て壇上よりその宴に参加していた者立ちを睥睨する。

先ほどまで浴びるほど酒を飲んでいた男達は誰も酔ってはいなかった。弛緩していた顔は引き締まり、尊敬の念をもってグレイガノフに向いている。それは指揮官の言葉を待つ練達の兵士。

「今宵、この宴に参加してくれたことを嬉しく思う!」

グレイガノフは大音声を上げてそういった。その声は先ほどまでの騒然としていた音と比べても遜色がないほどの大音量、反響する食堂の壁が音に負けて震えているかのようである。

「今、我は兄上と王位継承で争っている。だが!我はそれに興味はない!」

その一言にその場にいた男達は小さくどよめいた。その言葉は自分たちが王に相応しいと支持していることを真っ向から否定する言葉だったからだ。

グレイガノフはそのどよめきを興味深そうに見つめながら言葉を続ける。

「逸るでない。我はこの小さく閉じ込まったトランザニアに興味はないと言っているのだ。興味があるのはただ一つ!このドラグリア大陸全土の征服だ!」

そのグレイガノフの横暴過ぎる言葉に男達は息を飲む。

彼らの胸の内にあるのはこの国の行く末。小さな領土の弊害は農業の適する土地が少ないことへの不安、鉱山での危険な作業、膠着状態の隣国ルーン王国、そして働いても豊かにならない生活への不満など多い。隣国への戦争は前王が国民感情のガス抜きのためだけに行われた小規模な争い。国民が血と汗で作り上げた高品質な武器を持っても満足いく戦いができないことに彼らは大いに不満があった。

それを解決してくれるのに相応しい男としてグレイガノフを支持している。そんなグレイガノフから出た言葉は男達の想像を超えたもの。彼らの思考が止まってしまうのは仕方がない。

「お前達はいつまでここで穴を掘り、鉄を打つ?いつまで腹を空かせてこの壁の中に閉じこもる?」

グレイガノフは男達に問う。その声は先ほどまでの大音声ではない静かに語りかけるように、その声が男達の心のそこに沈み込むように穏やかに問うている。

「我は嫌だな。我はこの大陸を思う存分走りたい!地の果てまで続く黄金の麦畑を!極彩色に彩らているという暑き国の森を!青く広大な海を船で!砂の山々がそびえる灼熱の大地を!神々が座すという白亜の尖塔を!この大陸全土を駆け巡り、この目で!この足で!この世界を感じたい!そして命が迸り身を焦がすほどの戦をしたい!」

グレイガノフは力の限り叫んだ。その身がはち切れんばかりの激情を宿し、手を振り、拳をあげ体すべてで己が思いを表現する。

男達は誰も声を上げない。

彼らは夢想する。己が王と崇めるグレイガノフと共に武器を持ち、馬で駆け抜ける様々な大地を。その夢に膨大な期待と高揚を感じ。心をわしづかみにされる。

彼らはその光景を頭の片隅に夢想しつつ、グレイガノフの言葉に耳と心を傾けている。

「我は獅子王ジルグハルドの祝福を授かりしグレイガノフ・トランザンク!かの獅子王はこの大陸の半分を征服したと聞いている。ならば!グレイガノフ・トランザンクの名にかけて!我は獅子王ジルグハルドを超える!この大陸全土を征服しよう!我に着いてこい益荒男達よ!トランザニアが誇る猛者達よ!その暁には富も名誉も分け隔てなく授けよう!我が名において!」

食堂が歓声で割れる。男達は歳も身分も関係なく色めき立ち、喉が裂き切れんばかりに雄叫びを上げた。

グレイガノフはその様子に満足するように頷く。

彼は手を上げて、その場を沈めようとする。男達はその手をみて興奮状態から少し立ち戻るが、抑えきれない様子で思い思いに酒を飲み冷静さを取り戻す。

「うむ。流石我が国の兵達だ。頼もしく思う。そして、告げよう。我らの目標を」

ニンマリと笑い、グレイガノフは落ち着いた声で続きを話す。

「我が倒すべき最終目標はアースクラウン神国教皇。彼の者は最近主神トールデンに祝福を授けられたらしい。クハハハ!なんたる僥倖!腑抜けた彼の国を倒すのではないかと懸念していたところだ。さあ、この目標を聞いて恐れを成した者はこの場から去るがいい。去ったとしても何も言わん。共に立つ者は我が酒を受けよ。さあ注いでくれ!」

そのグレイガノフの言葉に壁でその声を聞いていた女給仕達が一斉に動き出した。その手にした陶器の水差しを男達が持つ杯に注いで回る。酒が残っている者は飲み干し、女給仕達から注いでもらう酒に畏敬を表す。注いでもらうときは跪き、自らの頭より上で酒を注いでもらう。

女給仕達が注いでいるときに大食堂を数人の男達が退出している。だが、それに誰も気を止めない。

酒が注ぎ終わると、女給仕達はグレイガノフに深々と礼をしてまた壁に戻る。

それを確認してグレイガノフは自らの盃にも手酌で酒を満たし、その盃を天にかざす。

そして大音声で男達に語りかける。

「酒は盃に満ちたな!この場に残った猛者達よ!心より敬服する!この酒には我の血が入っている!これを飲み干した者は我の血を受け、我と魂を一つにする!さあ、飲み干せ!我が魂を!我が野心を!そして死してもお前達の魂は我と共にある!さあ地の果てまで行こうではないか友よ!我が同胞達よ!!!乾杯!」

男達の熱く滾る闘志と高揚に浴しながらグレイガノフは言葉が終わると自らの盃を飲み干した。

男達はそれを見て、我先にとグレイガノフの魂の熱狂をその臓腑に落とす。


このときトランザニアは一人の覇者を筆頭にした一匹の鉄の魔獣となる。

その覇者の血潮はその魔獣の魂を高揚させて、その顎は鉄の牙を大陸全土に向け鋭く研ぎ澄ます。

だが、まだ鉄の魔獣が動き始めるのにはもう少し先になる。


野心、その知らせを受けてトランザニア王国筆頭国王候補グレイガノフ・トランザンクがした反応だった。



―――――

ドラグリア大陸は静かに脈動を始めた。

知らせを受けた王達は各々の反応を示し、動き始める。


アースクラウン歴10025年 収穫季、ゼンはまだそのドラグリアの脈動をしらない。



↓↓イメージの補助です。ドラグリア大陸全体(仮)

挿絵(By みてみん)

三人称で書くのが楽しすぎる。


さあ!物語が始まるワクワク感が止まりません。風呂敷広げすぎたかなとも思いますが・・・。

ビビらないで!という声援をお待ち申し上げます。

当方小心者ゆえ・・・。


次も別視点で書きます。ゼンの出番はその後になります

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