十五、案内
「まずは、名を名乗るべきですわね。エリアナ=マルキードと申しますわ」
「リオネア=クレヴァーなのです」
「……ユリシア=グンデーレですわ」
案内の前に名を名乗ると、麻里は数回反芻して「……エレナさんに、リーネさんに、ユーリさんですね!」と言った。緊張しているにしてはかなり距離感が近いのに、少し違和感を覚えた。考えすぎだろうか。
「では、どちらから回りましょうか。何かご希望はございますか?」
ひとえに案内すると言っても、この学園はとても広い。端から端まで回っていけば、ゆうに半日は要するだろう。迷子を減らすためには片っ端から回るのも一つの手だが、今日そんなことをやっていたら、あっという間に他の生徒に囲まれ、身動きが取れなくなってしまう。
エレナ様のもっともな提案に、どこか麻里は心あらずな状態で頷いた。まだ混乱しているのか、それとも……。
「えっ…と、ひとつ、質問いいですか?」
控えめに手を挙げた麻里の視線は、クロードの方に自然とむいていた。陶酔とも不信とも違う目。
一瞬、クロードに集る計算高い女生徒達に重なって見えたが、きっと被害妄想だろう。
「その人は、その……ここの生徒さんですか?」
「……はい。クロードと申します」
恭しく一礼するクロードに、麻里は小さく何か呟いた。聞き取ることはできなかったが、表情から大まかのことは読めた。
原作とは違うクロードへの驚き、ヒロインの前では名乗っていない愛称。――麻里は、恐らくゲームの知識を持っている。
「ご質問はそれだけですの? 特にご希望が無いのでしたら、代表的なところをいくつかかいつまんで回らせていただきますわ」
「あ、は、はい……。わかりました」
一旦クロードを下がらせてから、人気のない廊下を美術教室、音楽室、資料室、と順に歩いていく。麻里が先程から、感動したような素振りをしているが目が覚めているのは、何度もやり込んだからだろう。
30分ほど経ってもまだ3分の一も回れず、また、案内は面倒見のいいエレナ嬢が率先して全てやってくれるので、私は正直暇を持て余していた。
「……ユーリ様、ちょっとよろしいですか?」
「…? リーネ様、どうかなさいました?」
エレナ嬢と麻里が化粧所に消えたのを見計らって、リーネ嬢が耳打ちをしてきた。声色は暗く、どこか収まりが悪そうだ。
「……謝りたいのです、この前のことを」
この前のこと、とは私の話に考えさせてほしい、と言ったことだろうか。私としては責めるつもりは全くないのだが、それだけでは気が済まないらしい。
「ではせめて、何か、お力になれることはないのですか? エレナ様も、私と同じお気持ちなのです」
「力に、ですか……」
ヒロインがゲーム知識を有していると分かった以上、そこまで力を借りる必要はない。かと言って何もないじゃ、収まりがつかないだろう。
だから、ひとつだけ。
「――今度の祭りで、一緒に遊びましょう。その時に、お茶をおごってくださいな」
それを聞いたリーネ嬢は数回目を瞬かせ、数秒の沈黙のあと、小さくクスクスと笑い出した。
「それじゃ、罰になってないのですよ。私たちが幸せなだけなのです」
「全員が幸せになれるなら、これ以上のことはありませんよ。……あ、お二人が来ましたわ」
ちょうど出てきた二人の姿を捉え、リーネ嬢はいつものポーカーフェイスに戻る。
――この一ヶ月、本当に頑張らないと。私は自分に喝を入れた。