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あの子と秘密組織と世界の真理とストーカー  作者: 呂目呂
第二章 あの子とストーカー
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6.世界の真理を知っている

 毎日2時間程、俺は強制的に任務を外されて「自分の時間」というのを与えられる。

 キリカさんの提案によるこのシステムは、俺に息抜きをさせる為だという。

 俺は必要がないと強く主張した。そんな時間があったとして、その間俺がするのは二ノ瀬香乃葉さんの尾行だから。そしてキリカさんにそれを禁じられた。

「少しは香乃葉様の心配をせずに、ルナさんとでも遊んできなさい」

 との事だった。

 毎日のようにルナに引っぱり回され、あちこちに出掛けた。西暦2000年から現代へやって来た彼女にとって、すべてが目新しく、楽しいものだったらしい。

 

「タケシ、ルナ今日服見に行く」

 彼女は俺がどこへでも付き従う事を当然と思っていて、決定事項を告げるためにやって来る。

 しかしこの日は俺にも、ルナの遊び相手になる他に用事らしきものがあった。

「ああ、悪い、一人で行ってくれ。俺はこれからアレだから」

「うは、キモ」

 ルナには昨日も説明しておいたのに、機嫌悪そうに吐き捨てて去っていった。

 アレとは、いつか公園で出会った変質者、自称「平和を守る男」に会う約束のことだ。

 平和を守る男はハヤトと名乗る大学生で、俺に会った次の日から毎日メールを送りつけてきた。テンションの高い、顔文字付きのメールは俺を困惑させ、相談したキリカさんやルナを非常にキモがらせた。


「いいかい? 情報を持たない個人にとって世界というのは、可視できるものが総てだよ。動物園の動物には檻の中が全世界だ。だけどね、もしその動物が、世界中の同じ種の仲間と知識を共有できたとしたら?

 仮にそれをオランウータンだとしよう。すると動物園にいながらボルネオでの生活がどんなものか理解する。そうしたら自分の置かれた状況がどれだけ不自然で仕組まれたものなのか、彼には解ってしまうね?

 それでも彼が知り得るのは、世界のほんの一部に過ぎないけれど」


 ハヤトは熱っぽく語り、俺が話について来ているか目線で伺う。

 俺達は、今時ジャズの流れる古くさい喫茶店で向かい合い、《世界》について話している。といっても、会話の9割をハヤトの熱弁が占めるのだが。

 彼は俺に世界とは何かを教えたいと、この店に呼び出した。俺は言われるままにやって来てこんな話を聞かされている。

 興味は無い。俺は二ノ瀬香乃葉さん以外のすべてがどうでもいい。

 だが、なぜ俺の周りにこんな奴が増えているのか疑問だった。

 彼女を取り巻く《陰謀》となにか関わりがあるのならば。そう思い、俺はハヤトのネジの外れたような話を黙って聞く。


「もちろん、オランウータンに知識を共有する術は無い。ああ、例えが悪かったかな、彼らは群れを持たず個体で生活するから、元々DNAレベルでしか種族として共通した意志は持たないんだ。だけど日本猿のグループだってその中でしか知識を伝え合う事はできない。オランウータンと大差は無いよ。

 だけど、人間は? 今や個人でもインターネットで、世界中の情報が手に入る。自分の身の周り以外にも世界があるなんて、みんな知っているよね。今に限った事で無く、太古の昔から人類は世界を知ろうとしていたんだ。文明なんてその為に発展したようなものだよ。

 そして現代に至り、知識は拡散して、皆が世界を解った気になっている。

 でもね武史君、多くの人々が知っている世界は、動物園のオランウータンにとっての世界と同じだよ。彼らが仲間と知識を共有したとしても、それは変わらない。今見えているもの、知り得る事に真実はない」


 ハヤトの目が輝き、口調は更に熱を帯びてゆく。


「見えない所に世界の真理はあるんだよ。それを人は陰謀論なんて言ったりするね? そう、君の嫌いな。

 もちろん、世間で囁かれているような陰謀論は嘘っぱちだ。だけど陰謀の存在自体は間違いではない。

 この世界は、ある一つの真理によって成り立っている。その真理によって引き起こされる事こそが、陰謀の正体さ。今、世界がこのように在るのは陰謀のおかげなんだ」


 俺は黙って冷めたコーヒーに口をつける。

 聞けば聞く程脳が溶け、頭が悪くなっていくような話だった。俺の回りには、世界には、馬鹿しかいないのか。そんな疑問が頭をよぎった。今すぐに二ノ瀬香乃葉さんの語る、なんのオチも無い平凡な日常の話が聞きたい。

 少しの間を置いて尋ねてみた。

「ハヤトは平和を守っている。その平和は、陰謀のおかげで成り立っているって事なんだな?」

「その通りだよ、武史君」

「じゃあハヤトは、その陰謀を起こしている世界の真理ってのを知ってるのか?」

 ハヤトは眉も動かさずに答えた。

「そう、僕は、世界の真理を知っている」

 世界には馬鹿しかいないと俺は確信に至った。

 たった一人の例外、二ノ瀬香乃葉さんの姿を思い浮かべる。君に見える世界を教えて欲しい。

 

 組織に戻るとキリカさんが笑顔で迎えてくれた。

「今日はハヤトさんとお話してきたんですって?」

 彼女はどうも、俺が友人と仲良くしているのだと勘違いをしている。

「……はい、ちょっと世界の真理について」

「あら、武史君もようやく、そういった事に関心を持つようになったんですね。良いお友達が出来てよかったわ」

 世界には馬鹿しかいないから、仕方なく俺はうなずいた。

「あ、ルナさんがヘソ曲げてますから、ちゃんとご機嫌取っておくようにね」


 買い物には行かなかったのだろうか。ルナの部屋をノックし、声を掛けると「入りなよ」と不機嫌な声が返ってきた。

 俺はルナに、ハヤトから聞かされた事を話した。彼女の頭上に巨大なクエスチョンマークが現れ、消えて、それからこう言った。

「馬鹿は相手にしなくていんじゃね?」

 なんだか救われた気分になった。

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