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創造のバベル-Re:the tower of babel  作者: マナ'
第一章 -Return
12/40

5/暗転

 蒸気の音だ。

 薬品の匂いだ。

 光の明滅の色だ。

 見慣れた場所だ。

 でも知らない場所?

 初めて来た?

 電子機械の稼働音だ。

 水の匂いだ。

 灰色だ。

 そうだあの雰囲気と同じだ。

 そうだあの場所と似ている。

 そうだここは、

 そうだここを、

 そうだここが……


 †


「操佳……? 操佳、どうかしたのか」

 刀熾は操佳の肩に手をかけ、軽く揺さぶる。 操佳は小さく「大丈夫」と呟き、虚ろな瞳のままあたりを見回した。

 刀熾はそんな操佳を訝しむ。

 環状の廊下を通り過ぎ、階段を上り辿り着いたのは操佳の言ったとおり、研究所のようなところであった。広さとしては教室くらいの広さだろうか。

 手前には長机が並び、奥にはコンピュータの画面が見える。左の棚には薬品らしいモノが入ったビンがずらりと収納されており、右側には人の背丈程もある薄赤色の水が入ったビーカーのようなモノが二つ設置してある。

 この部屋に辿り着いた時、操佳は入口で立ち止まり中を少し見たっきり、動かなくなってしまった。ぶつぶつと口の中で何かをつぶやいているのは刀熾からも見て取れたが、何をつぶやいているかまでは分からなかった。

「ここって何の研究施設なんだろう?」

 興味津々の美里はどんどん中へと進んでいく。

 刀熾たちもゆっくりと中に進んでいく。ただここはあくまで通過点。長居する必要もなかった。奥には扉が見える。頭の中にインプットされた地図には、その扉の先に長い廊下のあることを示している。


 ガタリ、と物音がした。


 いち早くそれに気付いた美里は身構える。音はすぐ近くからだった。戸棚の陰。

 誰か潜んでいる――?

 偶々起きた物音のようには思えなかった。

「誰かいるの!?」

 叫びつつ、美里はバッとそこを覗き込む。

 ふいに眼があった。

「こ、子供……?」

 机の陰にいたのは幼い少女だった。十歳にも満たないであろう。目が隠れるほどに伸びた白い髪が不思議な印象を与える。彼女はどこかで見たような赤い瞳だった。

 別に少女は潜んでいたわけではないようだった。

 彼女は美里が大声を出したせいか、小さく身を震わせて怯えていた。

「こんなところに何故?」

 美里は疑問に思いながらも少女に近づこうとする。しかし、少し動いただけで、少女はびくっと大きく身を震わせた。どうやら相当な恐怖心を抱かせてしまったようだ。美里はどうしたら良いか分からず、きょろきょろとしていた。

「まったく、古雅は生徒(クラスメイト)の扱いは慣れていても、子供の扱いは苦手ってか?」

 見るに見かねた一輝は自ら進み出て、少女の前にしゃがみこむ。

「大丈夫か? あの怖いお姉ちゃんはこっちから手出ししない限り手は出してこないから心配すんな」

 そう言って、少女を落ち着かせようとする。

「だ、誰が怖いお姉ちゃんよっ!」

 わなわなと手を震わせながら大声――とまではいかなくとも叫ぶ。

 しかし一輝はそんな美里を無視し、少女の頭を優しく撫でる。

 刀熾からしてみれば、それはにわかには信じがたい光景だった。悪戯好きでいつもへらへらしている一輝。彼が子供に優しく接すことが出来るなど、意外な一面だった。

 少女は一輝に撫でられて少し落ち着いたようだった。少女は一輝に対して微笑んだ。

「言葉通じてるかな? 外国の子みたいだけど」

 一輝は少女に問いかけるが、笑みを返すだけで、どうやら伝わっていないようだ。

「言葉で喋っても意味ないわ。あなたはあくまで日本語で話そうとしか思ってない。そう、何語で話そうとか考えないで、単純に話そうと思えば話せるわ」

 操佳が口を挟む。

 そういえば、と一輝は学校で習った【統一言語(ランゲージオブバベル)】のことを思い出す。【統一言語(ランゲージオブバベル)】とは全ての人類が共通の言語で意志を疎通させるためのものだ。今までの操佳の説明を聞いているとどうやら【統一言語(ランゲージオブバベル)】というものは形のないものらしい。


 話す……。


「君は誰? どこから来たんだ?」

 話しかける。瞬間、理解してもらえたと思うことができた。

 少女も少女で驚いたような表情になった。どのように聞こえたのかは一輝が知る由もないが、恐らく彼女の使っている言語に聞こえたに違いない。

 少女は戸惑いつつも、ゆっくりと口を開いた。不安を含んだ目を一輝に向ける。

「あの……。私はアストライア。アストライア・スピカ。私……おうちにいたはずなんだけど、ここはどこ……?」


 †


 刀熾たちとアストライアは一旦研究室を抜け、その上の階の一室へ移動していた。数台のベッドと机があり、宿泊用の部屋――もしくは病室といったところだった。

 刀熾は【透視(STV)】でくまなく周囲を索敵し、安全なことを確かめた。

 移動中、アストライアは常に一輝にくっついていた。よほど一輝に懐いたらしい。かわりに、美里は避けられてるようだった。

「さてと、アストライア・スピカ。二、三質問したいんだけどいいかしら?」

 操佳はベッドに腰を掛け、アストライアを見る。アストライアは戸惑いながら、一輝の顔色をうかがう。

 一輝が大丈夫だ、とアストライアに伝えると、アストライアは操佳に小さく頷いた。

「あなたはどうやってここに来たのかしら? あなたはさっき、『ここはどこ』と言っていたけれども、気付いたら……ということかしら」

「わからないの……」

 アストライアは俯き気味になる。

「わたし、おうちでお留守番していて、その内に寝ちゃったの。それで気付いたらこんなところにいて…………」

 そう言って泣き出しそうになるアストライアを、一輝は頭を撫でて宥める。

「あまり、そういう質問はやめておいてやってくれ。まだほんの子供だ。状況が状況だし、混乱しているんだろう。あまり刺激しないでやってくれ」

 突然こんな変な場所にいたとなると、誰だって驚き混乱する。一輝だって、操佳に(半ば無理矢理に)連れてこられたから納得しているのだ。

 操佳は目を細める。とんとんとん、と自分の額を指で叩いて、再び口を開いた。

「なら質問を変えるわ。アストライア・スピカ。あなた、こういうことは初めて? 例えば、気づかないうちに違う場所に移動していたりすること、以前にはなかった? それか自分で別の場所に行きたいと思った時に、いつの間にかそこにいるとか」

「そんなおかしなことはないよ……。だって私、弱い子だもん……。そんな魔法みたいなこと、私なんかに使えるわけないよ。外に出ただけでも、くったりなっちゃうのに……」

「そう」

 操佳は、じろじろとアストライアを見る。

 脱色したように色のない髪。ところどころ覗く肌は白人特有……いやそれ以上に色が薄い。

「アルビノか。瞳が赤いから【AH】かとも思ったけど……」

 ぽつりと操佳が呟く。

 アルビノは遺伝子疾患の一つで、体中の色素が一部……またはほとんど失われてしまうものだ。肌の色素が薄いと、肌が弱く、皮膚がんなども発症しやすい。そのため、アルビノの人間は身体が弱いことが多い。また瞳の色素も薄くなりがちなため、血管の色で瞳が赤く見えるのだ。

「分かった。もういいわ。質問はやめる。とりあえず、あなたは何らかの外的要因でここまで飛ばされたのでしょうね」

「外的要因……って、誰かがこの子を【転移】させたということか?」

 刀熾はアストライアを見る。

 アストライアは、刀熾の視線に少しビクッとしていたが、すぐに笑みを返した。部屋の隅で美里が不貞腐れている。

 操佳はそんな美里を見て、なんで不貞腐れているのだろう、と訳の分からないといった表情を見せた。

「まぁいずれにせよ、このまま一人でいても殺されちゃうから、私たちが保護しよう」


 †


 カラン。ガガガ。

 何かが擦れる音が響いた。金属をひっかく不快音。

 下階から響いてくるその音は、ゆっくり、ゆっくりと迫ってくる。

「――――みんな静かに」

 操佳は刀熾たちに声を上げないように促し、耳を澄ます。

 足音はない。聞こえる音は金属音。直線距離として三十メートル程。

「刀熾、【透視(STV)】、半径三十メートル。よろしく」

「オーケー」

 集中。もう、だいぶコツが掴めてきていた。集中しある程度頭の中でいろいろな設定を付与することができるようになっていた。


 立体的に浮かび上がる。半径三十メートルの球体図。隅々までくまなく索敵する。


「なんだ……あれ……」

「どうしたの、刀熾?」

「い、いや。鎌が」

 この真下の部屋、敵の姿はなかったがそこには勝手に動く鎌があった。二つの鎌を両端に繋げたような長柄の鎌。斜めに床に軽く突き刺さり、床を削りながら進んでいる。

「姿が消えてる? ……いや」

 さらに集中。集中。集中。


 うっすらと浮かび上がる人影。

 黒のフードの男。ふらふらと力なく歩く。一見、苦しそうにも見える。しかし、彼はただならぬ殺気を発していた。【透視(STV)】を介してもはっきりと感じられる。



 ふと、男がこちらを向いた……ように思えた。


「――――!?」

 いや、たしかにこちらを見た。

 男はニヤリと笑う。

 それから、何が起きたか。刀熾はすぐには理解できなかった。

 一瞬のうちに視界が分断され、一瞬のうちに視界が暗転した。

 痛みを感じたのはその後だった。

「――――――――っ!!」

 経験したことのないような鋭い痛みに意識がとびかける。

「刀熾! どうしたの!?」

 真っ先に操佳がそばに寄ってくる。

「わからない……、でも目が……」

 何も見えない。真っ暗闇だ。両方の眼に断続的な激痛が走る。

 操佳は目を押さえる刀熾の手をゆっくりと除ける。

「大丈夫か? 刀熾」

 一輝も美里も、そしてアストライアも心配して刀熾に近寄る。

「これは……」

 操佳が見たのは、分断された刀熾の瞳。横一線に、黒い傷が入っている。しかし、血も流れていなければ、どうやらそれは傷ではなく表面に入っているただのラインだった。

「これは恐らく、視界干渉型の敵の【力】ね。視界を一時的に奪う、そんな【力】だと思う」

「ということは、時間が経てば戻るということか?」

「たぶんね。厄介ね……【透視(STV)】が使えるのは刀熾だけだし、これで敵は完全にロスト……。金属音も消えてる……」



「【私はここにいる】」



 声が響く。


「刀熾! 後ろ!」

「え――――?」



「knocking on hell's door 」

 嘲笑うような声とともに凶刃が刀熾を襲った。

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