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創造のバベル-Re:the tower of babel  作者: マナ'
第一章 -Return
13/40

6/疑惑

 来る――――そう感じた時には既に始まっていた。


【投擲】


 そのような意味が空間に響き渡る。男は懐から小さな金属の輪のようなものを大量に取り出した。それらはひとつの紐で繋が


れている。じゃらじゃらと音を立てるそれを男は宙へ放った。

 一番高くまで上がったところで紐がぶつんと途切れる。バラバラになった金属の輪は一瞬だけ空中で静止し、弾丸のようには


じけ飛んだ。

「避けて!」

 いち早く敵の攻撃に気付いた操佳は叫び、同時に水平に跳んだ。

「一輝!」

 刀熾も美里も少し離れた場所にいたので攻撃が当たることは無さそうであった。しかし、投擲の延長線上にいて、さらにアストライアの近くにいた一輝は一人避けるわけにもいかなかった。

「ちっ……」

 数秒。迫り来る弾丸のような金属の輪に焦りを覚えながら、しかし一輝は半ば反射的に右手を前に突き出した。

 輪が一輝の手を貫くかどうかのところで金属の輪は動きを止めた。そのまま重力に従い、ばらばらと床へと落ちる。一瞬の判断ではあったが、なんとか【統一言語(ランゲージオブバベル)】の力で金属の輪の動きを静止させることができた。しかし反射的に【力】を使ってしまったため【力】の抑制も上手くできず、精神力をかなり使ってしまった。

 男はフードをわずかにずらした。赤い瞳が一輝を威圧する。強いわけではないその視線は理解も出来ないような不気味さを秘めていた。一輝は指の先まで力が抜けてしまうような感覚に襲われた。実際、身体は金縛りにあったように動かない。それが男の能力でもなく、ただの恐怖のためであったことはすぐに理解できていた。


 水平に跳び避けた操佳はベッドの上に立ち男に問いかける。

「あなたは何?」

「ふむ、何、と問うか。子ども」

 男は鎌を床に突き刺し、フードを外した。男はふっと小さく笑う。

「私は君たち人間が【AH】と呼んでいる生命体の一個体である。名はコエメトリウム・モルス。以後、覚えておけ」

 闇の奥底から響くような深く暗い声。果てのない闇を匂わせ、聞く者を束縛してしまう。刀熾たちも、そのただの一言に気を奪われてしまっていた。――――操佳を除いて。

 操佳はコエメトリウムの方へ釘付けになって微動だにしない刀熾たちを順に見、低く呟いた。

「惑わされないで。呑まれる。刻まれたら終わりよ」

 言葉は空間を介して、刀熾たちの束縛を打ち破る。

 【注目】という名の強制暗示。言葉を聞くだけで相手に操作される……究極の催眠術。それも【統一言語(ランゲージオブバベル)】を以ってなされた能力であった。

 操佳はすこしばかり焦りの色を見せた。嫌な敵に出会ってしまったな、と。

 操佳本人は、目の前にいるコエメトリウムとかいう男に勝てる自信はあった。しかし状況が状況。周りには刀熾たちがいる。今、相手を殺しきれるだけの戦闘をすれば確実に巻き込んでしまう。今死なれたら困る……。

「そこの女。やるな。我が能力を看破していると見える。どうやら気づいて長いらしいな」

 コエメトリウムは嫌な笑みを浮かべる。

「久々に楽しめそうだ」

 彼は懐から再び金属の輪がつながれた紐を取り出す。さらに腕を伸ばし、引くと先ほど投擲した金属の輪が彼の手中に収まっ


た。

 操佳は今の状況、それから、これからの状況の変化を予想してここで闘うのは無理だと判断した。操佳は【遠隔精神感応(テレパシー)】を利用して相手に気付かれないように、刀熾たちに話しかける。


『この場は一旦引く事にするわ。合図をしたら【転移】でこれから私の指定する座標へ飛んで。大丈夫、この周辺は【転移】に対するプロテクトはないわ』

「何をこそこそと話しているのだ。行くぞ――!」

 コエメトリウムは宙に金属の輪を放り投げるとともに、床に突き刺していた鎌を勢い良く引きぬいた。


「プログラム【投擲】」

「今!」


 二人の声が重なった。

 刹那、先ほどの何倍もの速度で金属の輪が打ち出される。一直線ではなく、放射状に発射された。

 しかしそれらは刀熾たちに当たることはなかった。間一髪のところで、操佳の指定した場所へ【転移】したのだ。



「む…………」

 金属の輪が動きを止める。

「逃したか」

 部屋にはコエメトリウム以外誰の姿もない。静かになった部屋の中、換気扇と思われる音が響いていた。

「だが……いみはない。バレバレだぞ」

 コエメトリウムは空中を睨みつける。

 遠い先にいる誰かを睨むように。


 †


「実質の一回戦か」


 †


 カンカンカン、と金属製の床に沓の音が反響する。一本道の螺旋階段。刀熾たちはなるべく駆け足でそれを上っていく。一旦敵から引くために。

 【転移】を繰り返せば比較的安全に引くこともできただろうが、体力も精神力も消費してしまう【力】はそうそう連続しては使うことができない。

 頭の中に刷り込まれた地図によると、この螺旋階段を上がりきると先に小部屋がなん部屋もある階層へたどり着く。そこならば隠れるのにいいのでは、というのが操佳の案だった。ほとんど時間もなかったのに、一瞬のうちにそこまで判断して行動できるとはすごいな、と刀熾は感心する。


「おい、大丈夫か?」

 一輝が立ち止まり、少し後ろのほうで息苦しそうにして立ち止まっているアストライアに声をかける。

「うん……平気…………」

 そうは言ったものの、前へ進もうとしたアストライアはそのまま床に座り込んでしまった。

「おいおい」

 一輝はアストライアの元へ駆け寄る。

「ほら。おぶってやるよ」

 そう言って一輝は屈み、アストライアに背中に乗るように促す。アストライアは最初、躊躇っていたようだったがやがて、ありがとう、と小さくつぶやき一輝の背におぶさった。

 アストライアをおぶった一輝は特にきつそうな様子もなく、すぐに刀熾たちへ追いついた。


 …

 

 黒い壁に囲まれた簡素な部屋。どうやら簡易な睡眠用の部屋らしい。四帖ほどの部屋でベッドだけが置かれている。入り口は二つあり、それが操佳にとって好都合であった。

 敵の能力はまだ不明瞭なところが多い。姿を晦ますような能力のはず。ただ瞬間的に移動する能力を持っているのかどうかはわからない。狭い部屋に隠れるのは得策ではないが、どうしても今はとどまらなくてはならない。

 というのも、アストライアの体調が悪くなっていたからだ。動きすぎたせいで疲れてしまっている。これでは逃げられない。完全に安全とはいえないが、少しでも休まなくてはいけない。

 この場所を選んだのはいくつか理由があった。出入口が二つあるのもそうだし、どうやらこの層は数ブロックに分かれており、この部屋と同じような部屋が数十部屋あるようだ。

 敵が探すのも容易では無いはずだ。

 今アストライアはベッドに横になっている。眠っていはいないようだが、相当疲れているようだった。

「さてと、これからどうするか……」

 操佳は誰に言うでもなく呟いた。

 刀熾たちもそれに気づき、少し考えてみる。

 刀熾は未だ状況が把握できていなかった。視界はまだ回復していない。相変わらず暗闇が広がっている。ただところどころ光のようなものを感じるのでわずかながら良くなってきているらしい。

 一応美里から状況は聞いた。実感はなかったが、自分が殺されかけたらしいことだけは把握した。目が見えないというだけで、その事実は何万倍も恐怖に感じられるようだった。

 そう。この場所はただ塔を上るだけではないのだ。殺し合い。何人の人間がこの塔に居、どれだけの【AH】が待ち構えているのかもわからない。殺し合いが行われているのだ。この塔では。寒気がした。暗闇そのものに戦慄を覚えた。

 知らず、刀熾は震えていた。


「刀熾。心配はいらない。負けないよ

 そう言って刀熾の肩に手を置き、安心させる。

「これから少し作戦をたてようと思う。集中したいから隣の部屋に行くけど少しばかり話しかけないでね。一応部屋の外側に空間迷彩かけてあるからすぐにはばれないわ」


 …


 操佳はベッドに横になりながら【感知】を用い索敵を行った。

 【感知】は【透視】系統の【力】と異なり視覚情報に欠けるが相手の気配を察して行動を把握することができる。

 下階、北の方に強い気配を感じた。おそらくコエメトウム・モルスのものだろう。いや、たしかにそうだ。たしかに対峙した時とまったく同じ気配だ。


 こちらに向かってる…………。


 動きは非常にゆっくりだ。亀のように鈍いといってもいいほどにだ。しかしそれは確実な歩みだった。


 目指してる、迷いもなくここを。


 【感知】で察知するのは気配だ。極めれば相手の気配から様々な情報を読み取りうことができる。

 操佳はその雰囲気から彼が明らかにこちらを目指していることは読み取れた。しかし問題なのが、この層を目指しているとかいう甘いものではなく、この部屋、そして隣の部屋を目指しているということだ。数十部屋ある同じような部屋の中でこの二つの部屋を目指しているのだ。

 対峙した時の感じから、彼が【察知】系統の【力】を持ってないことは分かっている。


 情報が漏れているの……? それともなにか別の…………。


 そこでふと操佳は気付いた。妙な力の流れが近くにある。ある一点を中心に波のように円状に定間隔で広がる力。【遠隔精神感応(テレパシー)】の【力】。


「これは…………」


 紛れも無い、その力の波はアストライア・スピカを中心に広がっていた。

 操佳はそれから【感知】を止め、ベッドから起きた。

 僅かに苦悶にも似た表情を見せ、操佳は隣の部屋に戻った。


 †


「反田一輝。少しいいかしら。作戦、思いついたから。個々に順に話していくわ」

 そう言って操佳は一輝を強引に隣の部屋へ連れ込んだ。

 一輝はむすっとしながらベッドに座った操佳を見下ろした。

「なんだよ、作戦って。いちいち一人ずつに言わなくてもいいだろう。全員に内容を明かせば」

「そんなわけにもいかないわ。今から言う作戦はあなたが適任ですもの。それに他の皆に知られるのは得策じゃない」

 悪戯っぽい笑みを浮かべる操佳に、一輝は、へぇ、と声を上げる。

「何だよ。俺にしかできない作戦って」

 一輝の問いに操佳はにこりと笑った。

「あなたにアストライア・スピカを殺害して欲しいの」

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