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胃痛持ち宰相閣下の後継者探しと胃薬について  作者: あいの あお


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6.王妃セシリア 1

 ばったりと倒れて次に目が覚めたとき、誰の顔が側にあれば嬉しいだろう。

 ヴァージルとすればやはり愛しの妻の顔があるのが嬉しいのだがまあ、倒れた場所が王宮内である以上は医務官のしかめ面でも仕方がないかなとは思う。何せヴァージルは医務室の常連であり、王宮に詰めている医官、侍医、全てに診てもらったことがあると言っても過言ではないのだ。


 だが、現在ヴァージルの目の前にあるのは医官どころか侍医ですらない。非常に清楚で美しい女性だが、そういう女性こそ不機嫌そうに眉をひそめると大変恐ろしく迫力があるものなのだ。


「宰相……こうなる前に言いなさいと言ったではないの」


 ヴァージルの顔を見た途端に王妃セシリアの眉根がぎゅっと寄り、ギッと眦が上がった。

 ヴァージルは思わずぱちぱちと何度も瞬き、周りに助けてくれる人がいないかといるはずの無い味方を探してきょろきょろと視線を彷徨わせた。


 王妃の専属侍女が後ろで控えているとはいえ王妃殿下とふたりきり…侍女も入れれば三人きりの部屋で味方などいるわけもなく。へらりと笑うとヴァージルは後ろ頭をわざとらしく掻いた。


「いやあー、胃薬、良いのを使ってたんですがねー……」


 正確には目が覚めたら横にセシリアが居たわけではない。目が覚めたときに横にいたのは陛下専属侍医で、目を覚ましたヴァージルの状態を確認するとひとつ頷いて「とりあえず叱られてください」と言って後ろに控えていた医務官にセシリアを呼びに行かせたのだ。

 鬼畜の所業だが致し方ない。聞けばヴァージルが倒れてからすでに丸一日が経っている。陛下に報告へ行くという陛下専属侍医と入れ替えでやってきたセシリアに今、ヴァージルは説教を受けているわけだ。六十近くにもなって。


「まともに休まないのだからどんなに良くても薬の意味があるわけないでしょう」


 半目のセシリアに呆れたようにため息を吐かれてヴァージルもこれ見よがしに唇を尖らせて見せた。


「僕だって休みたいんですよ?休ませてもらえないんですよ。主に陛下に」


 陛下の名を出せばセシリアの眉が下がる。そうしてまた別の意味で呆れを含んだため息を吐き、セシリアはふるふると首を横に振った。


「そうね、それは申し訳ないと思っているわ。ここのところどうも暴走しがちよね、あの人」

「そうですよね。今年は例年に比べても中々速度が速い気がしますよ。年間新記録樹立も夢じゃないんじゃないかなー」

「そんな記録うち立てたくないわ。私も目を光らせているんだけど、どうしてこう上手く目を盗んでくれるのかしらね……」


 セシリアの目だけではない。ライオネルの目も、ダレルの目も、ヴァージルの目も、その他の全てを掻い潜って陛下は見事に問題を起こす。

 こちらとしても問題を起こすだろうと思って心してかかっているのだがどうにもこう…予測がつかないのだ。ついたところで陛下に追いつけない。


「そろそろライオネル殿下に被せるのもちょっときつくなってきたと思いますよ」

「そうね。これ以上は本気でお嫁さんが来なくなりそうね」


 これだけ色々ライオネルのせいにしてもなおも国内のライオネル人気が最低にならないのはあの容姿もあるが、あのおおらかさのお陰だろう。それと、『知っている』側の人間の情報操作と。


「ライオネル殿下なら顔と声と体で何とか…ならないですかねぇ…駄目かな」


 「どうかしらね」と困ったように目を閉じてため息と共に首を横に振ったセシリアに、ヴァージルもベッドの上で座って腕を組んだ。


 幸い、ライオネルの妃候補にするような良家はだいたいが中枢に近くライオネルの…というか王家の真実をそれとなくでも知っている。ライオネルさえ妃にと望めばそこまで抵抗されることは無いとは思うのだ。たぶん。きっと。


「そろそろ駄目かしら…と、思うじゃない?ちょっといい感じよ?」

「え、本当です?誰々?」

「決まってるでしょう、ひとりしかいないわよ」

「え、いけそうです?」


 セシリアがぱちりと目を開けてにんまりと笑った。


「最近、よくレオの執務室に通って来るみたいよ」

「それ執務じゃなくてですか?」

「それがね、ライオネルが呼んだりジジが自分で行ったりしてるみたいなのよね」

「は……何の奇跡ですか?」


 艶聞に事欠かないライオネルだが、実は女性を側に置くことを極端に嫌うことはあまり知られていない。

 ライオネルが女性の元へ行くことはあってもライオネルの私的な空間には王宮の使用人であっても一切、家族以外の女性を入れないのだ。

 例外がセシリアの侍女のうちふたりと先日アンソニー・オブライアンとの件で王弟執務室の出入り自由になった騎士ポーリーンだったのだが、どうももうひとり加わったらしい。


王家うちの事情を話したみたいよ、ジジに」

「というかジジって。え、もう囲い込みですか?」

「私がそう呼びたいだけよ。許可は取ったわ」


 ジジはグローリアの愛称だ。グローリアと言えばグローリア・イーグルトン公爵令嬢。

 イーグルトン公女は目下…というかもう十年以上の間、ヴァージル達の中ではライオネルの妃候補筆頭だ。彼女ならもしかして…と思っている。ほぼ祈りにも近いかもしれない。


「はぁ、なるほど。で、話したってどこまで?」

「ほとんど?」

「十一年前の詳細は?」

「そこはまだだと思うわね。あれを話すのはレオにもかなりの覚悟が要るもの。それこそ話して受け入れられたら完全に妃決定よ」


 もう十一年、まだ十一年。

 十一年前に起きたアドラムの反乱とされる事件は今でもライオネルとその周囲に暗く濃い影を落としている。もちろん、ヴァージルもセシリアも当事者だ。セシリアに至ってはライオネルに次ぐ被害者かもしれない。


「あー、囲い込みですね」

「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。あれを話せて最後まで聞いてくれるくらいの信頼関係を築けてたらもう結婚しかないじゃない」

「えー、それは飛躍しすぎ……」

「そんなことないわよ。あのレオが話すんだから、相当よ」


 セシリアは自分に関わることをもうある程度言葉にすることができる。出来事も、感情も、全てではないと分かっているがある程度は客観的に見ることができるところまで昇華できているし、ヴァージルもある程度は直接セシリアから聞いた。だが、ライオネルは。


「まだなんですよね?」

「まだでしょうね」


 ゆるゆるとセシリアが首を横に振った。

 話せば楽になる、などとはとても言えはしない。ヴァージルもセシリアも『何があったか』は分かっても実際に交わされた言葉や感情は分からない。

 もしもその全てをさらけ出せる相手がいるのなら…それは確かに妃として囲い込まねばならないかもしれない。今の所、最も聞くことができたのはベンジャミンのようなので残念ながら妃にはできないのだが。


「ふーん……しかしあの個性的な面子が受け入れます?」


 ライオネルの立ち位置は特殊だ。そのライオネルを支える面々は実に個性的…と言えば聞こえは良いが変わっている。ライオネルの妃になるということは彼らと密に関わるということ。彼らを御せなければ本当の意味での妃は務まらないかもしれない。


「ベンジャミンがにこにこしながらエスコートしてたわよ」

「なんと!」

「アンソニーがアニーって呼ばせてるみたい」

「おやまぁ!」

「ジェサイアが……しゃべったらしいわ」

「奇跡的!………ルーミス君は?」

「まだ会ってないんじゃない?」

「ルーミス君の扱い…」


 ベンジャミン・フェネリーは常に穏やかで礼儀正しく見えて実は人を見る目がとても厳しい。笑顔で当たり障りなく気持ちよく対応しているように見えて、気が付けばすーっといなくなっている。物腰の柔らかさに騙されてあっさりやられる者は割と多い。


 同じく、アンソニー・オブライアンも人当たりが良く、まるで子犬のように愛らしいが実際は黒い。きらきらと笑顔を振りまきながら内心で毒を吐き、うっかり口から毒が出ても気づかせないだけの話術と愛嬌がある。表向き。ちなみにアニーと呼べるのは彼が認めた相手だけで、ヴァージルもアンソニー君と呼んでいる。


 ジェサイア・オルムステッドは無口で無表情で何を考えているか分からないとよく言われるが、必要であれば反応はする。反応する価値が無い相手は存在自体が抹消される。ヴァージルは一応、反応してもらえる。一応。


 ルーミス・ビリンガムは今いるライオネルの側近の中では一番の古参だが、なぜかいつもどこかへ出張させられているためほぼ王宮にいない。結果として最も知られていない側近となってしまっている。最近では実在が危ぶまれているらしい。


「ジジだもの。気に入らないわけないでしょう?」

「そうですね…イーグルトン公女ですからね」


 思い出すのはまだ六歳だったグローリアの笑顔と弾んだ声。あの笑顔があったからこそ、ヴァージル達は今をこうして生きている。


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