4.王子付き侍従の報告
「ということで、王子殿下がご自身でリンドグレン侯爵家とスペンサー侯爵家の信頼を勝ち取り、レナード・リンドグレン令息、アイザック・スペンサー令息共に今後は候補ではなく側近として殿下のお側に侍ることになります」
「今回の件でやっぱり殿下も王家の血筋なんだなぁと思っていたんですが…父親に似ず立派な対応でしたね、フレデリック殿下」
孫の成長を喜ぶように目尻に滲んだ水滴をハンカチで拭うヴァージルを見て王子フレデリックの侍従グレアム・ブライが嬉しそうに頷いた。
「ええ。陛下にも妃殿下にも似ず…というより、良いとこどりでございましょうか。わたくしの殿下は必ず良き王になられると存じますよ。側近となるおふたりも実に良い御子たちです。わたくしは将来が楽しみでなりませんよ」
ライオネルによって侍従という名の教師役に就任したグレアムは、今後フレデリックを陰に日向に支えつつ側近ふたりに側近としての心構えや動き方を教授していく。武にも知にも優れ子供好きなグレアムは適任と言えるだろう。
グレアムもまた三十を越えているが独身だ。容姿にも優れ血統にも優れ性格も悪くない。次代の王の侍従ともなれば職位も十分だというのに。
グレアムも、ライオネルも、そしてライオネルの側近のうちふたりもいまだに独身だ。ちなみにヴァージルの長男も独身。実はこの年代の家督を継がない男性は女性にもてる者が多いにも関わらず独身率が高い。
男女の比率が悪かったわけでは無い。理由は様々だが、ちょうど彼らが婚約や結婚を考える時期にこの国は見えない場所で大きく動いた。彼らが独身で居続けるのはその結果…というより弊害とも言えるかもしれない。
「あなた自身の子を抱く予定は無いんですか?」
にこにこと穏やかに微笑むグレアムに茶のおかわりを注ぎつつヴァージルが問うと、グレアムはにっこりと、更に良い笑顔で笑った。
「レオ次第でしょうか」
安定の答えが返って来てヴァージルは悲しいやら嬉しいやら複雑な気持ちになった。
この年代のうち、特に王弟ライオネルと近しい立場にあった者たちは皆だいたい同じように答える。だからこそライオネルには素敵な女性と早々に結ばれて欲しいとヴァージルも思うわけだが中々に難しい。
王国の婚活市場でかなりの優良株である面々が結婚しないままどんどんと年齢だけを重ねていくのは国としてもある種の損害だとヴァージルは思うのだ。
「いっそ周囲が一気に結婚すればライオネル殿下も結婚してくれるかもしれないじゃないですか」
「レオのことですから、独身も減ったし俺はもう良いよな?って逃げますよ」
「あー、すっごく想像つきますね!駄目だなこれ!」
ヴァージルが大げさに嘆き両手を上に上げて天を仰ぐと見ていたグレアムはくすくすと笑い、そうして「ですが…」と静かに言った。
「そう遠くは無いと存じますよ。いつどうやって腹を括るかだけのことでございましょうから」
「おろ、もしかして心は決まってる?」
「頭と心に差があるだけですね。どう転ぶかは分かりかねますが」
「うわぁ、グレアム君が言うなら間違いないなー。ベンジャミン君、何か言ってた?」
「直接聞いてはおりませんがベンジャミンもそれなりに動いているようでございますよ」
「そっかー、そうなのかー」
冗談めかして言っていたがライオネルは本当にそろそろ決める気が有るらしい。ヴァージルのお勧めとしては一択なのだがさて、どう転ぶかは本当にまだ分からない。いい加減決めてくれないと周囲も動きづらくて仕方が無い。のだが。
「じゃぁまぁ、もう少し見守る感じかなー。ライオネル殿下にはちゃんと幸せになって欲しいんだよねぇ、僕」
きっとヴァージルや王妃が相手を決めて結婚しろと言えばライオネルは素直に受け入れるだろう。だがそれだけはしたくない。ライオネルが歩んできた道を思えば、せめて結婚相手くらいはライオネルに自分で決めさせてやりたいと思うのだ。
「なりますよ、きっと。レオの幸せを願う方はとても多いですしレオは自分の幸せより周囲の幸せを重視いたしますからね…周囲の幸せのために、幸せになりますでしょう」
にっこりと笑ったグレアムにヴァージルは何とも言えない顔になった。
「なんだろう、いたたまれないし納得いかない」
「結果的に幸せなら良いのではございませんか?」
「そうだけど、そうなんだけどね、なんだろうね?」
「正直に申し上げますと…お気持ちお察しいたします」
「だよね!?」
困ったことに自分の幸せをさっぱりと考えないライオネルの幸せは周囲の人間が幸せであることだ。
問題は、ライオネルが幸せになってくれないと幸せになり切れない人間が多くいるため堂々巡りになってしまっていることだろう。
ライオネルがライオネル自身を粗末に扱う度に見守るこちらは非常に切ない思いをするのだ。そうしてもらわないと国が困ることになるので文句も言えないのだが…どうにもいたたまれない。
「最悪、お膳立てはいたしますからご協力いただければと」
「あ、意外。言われるならベンジャミン君からだと思ってた」
「ベンジャミンからは正式依頼になるかと存じますよ。わたくしは動けませんので」
「あ、なるほど」
「今のわたくしの最優先はフレデリック様ですから。レオには色々な意味で元気でいただかないと困るのでございますよ」
グレアムがフレデリックの侍従になったのはライオネルの依頼だ。ライオネルが必要だと判断したからそうなった。
「やっぱり次代もやるんだ?」
「当代を受け持っていることの方がおかしいですから。もとよりレオは次代でございましょう」
困ったように眉を下げて微笑むグレアムにヴァージルの胃が更にきりりと痛んだ。
王弟ライオネルには大切な役割がある。その役割を押し付けたのはヴァージル達ひと世代もふた世代も上の大人たちだ。だからこそ今のライオネルがある。
「うー……ほんと、胃が痛い。大人として申し訳ない」
「ご安心ください、わたくしたちももう大人ですよ」
「大人になっちゃったよねー…」
「お陰様で無事に大人になりました」
責められても仕方のない立場なのだ、ヴァージル達は。けれどライオネルをはじめグレアムも誰もヴァージルを責めようとはしない。
責めないどころかこんなヴァージルを慕い、いつも心配してくれる彼らをヴァージルは可愛く思うし、その分申し訳なくて更に胃が痛い。
「いやぁ…君たちが良くできた子供たちだったからでしょ。僕たちはほんと、どうしようもない大人だったから……」
「そういう時代だったのでございましょう。動くときは全てが一気に動くものですから」
肩を落とすヴァージルに微笑むと、グレアムは優しい瞳でゆるゆると首を横に振った。




