39.緊急招集 2
エイダが部屋から出て行くと、セシリアは両手で顔を覆って天を仰いだ。ヴァージルの目に軟膏を塗ってくれたアナベルがセシリアの様子を見て「ふふふ」と声を上げて笑った。
「王妃殿下、自分で動くからセシリアを止めてくれと息子から言われておりますよ」
「待って、泣くわ。泣くから止めてちょうだい。ローレンスが……そう、ローレンスが……………」
セシリアの声が震えている。釣られてまたも目の奥が熱くなってきたヴァージルが誤魔化すようにぱちぱちと瞬きをしながらアナベルを見ると、微笑むアナベルの口元もかすかに震えていた。
「宰相。応接ソファに座るくらいいけるかしら?」
「なんならもう働けますよ」
「二週間経ってないから却下…って言いたいけど、駄目ね、これは動かないと」
「いやぁ、うちの息子の縁組ですからね、仕事では無いですよ」
「宰相の後継者指名もだから半分仕事よ。夫人、二週間休みと言ったのに反故にしてしまって…許してちょうだいね」
「いいえ、王妃殿下。そろそろ私も飽きてきたところです」
「夫婦そろって仕事中毒ね」
くすくすと笑いながら立ち上がったセシリアの目元はほんのりと赤い。
「あ、そうだ」
寝台の上ならば良いが寝間着のままで応接セットで茶を飲むのも憚られる。先に着替えをさせてもらおうとヴァージルがアナベルにセシリアと隣室で待機してもらおうと声を掛けようとしたところ、ばたばたばたと騒がしい足音のあとに扉ががごん!!と大きな音を立てて開かれた。
「宰相!!死んだか!?」
息を切らせ、額に汗を浮かべて駈け込んで来たのは銀髪の美丈夫だ。相変わらずシャツのボタンが三つ目まで開いており上着は無し。先日、見舞いに来た時はアナベルに配慮していたのか一応ひとつ目しか開いていなかった上でウェストコートを着ていたのだが、今回はずいぶん慌てて来てくれたようだ。
「いや、すいません。生きてますねぇ」
「毒か!?顔が腫れてんじゃねえか!!」
「ああ、いえ。えっと、嬉し泣き?」
「は……?嬉し……?いや、最優先の一大事って…………は?」
無造作に垂れていた前髪を邪魔そうにかき上げると、ライオネルはずかずかと寝台に近づきヴァージルの顔を鼻がくっつきそうな距離でじっと見た。
「きゃー、美人にそんなに見つめられたら宰相照れちゃうぅ」
「黙れ、宰相。何だよ、無事じゃねえか………」
はぁぁ…と大きく息を吐くとライオネルは脱力し、そのままセシリアの座る椅子の横、床にどかりと座り込んだ。
「ですから……そこまで急がなくてて良いと言ったではありませんか」
後ろから呆れたような声を上げたのは赤褐色のひょろりと背の高い青年。手には恐らくライオネルのものと思しき服を持っている。
「あー……庁番、歪んでますね。あとで修理だな」
少しばかりがたついてしまっている扉をぎぃぃ、と音を立てて閉めると呆れたようにため息をつき、ベンジャミンはセシリアへと一礼した。
「ベンジャミン・フェネリー、お召と伺い参上いたしました」
「待ってたわベンジャミン。何でレオはこんなに慌ててるの?」
「伝言を持って来た騎士が『宰相閣下のお部屋で一大事がございまして王妃殿下が大至急、最優先でお呼びでございます』とだけ言いまして。何を思ったか事情も聞かずに飛び出しました。騎士が慌てている上に理由を言わないから言えない何かがあると思ったのでしょうが……」
「あの騎士は伝令には向きませんね」とため息を吐きながらぐいっとライオネルの腕を掴んで立たせると、ベンジャミンはライオネルの額と首元の汗を拭き、シャツのボタンをふたつ目まで閉め、ウェストコートを着せた。暴走したライオネルの後を追って来たはずのベンジャミンには乱れのひとつもない。
「はい、よろしいでしょう。ご婦人方に見せる姿ではありませんよ、レオ。いくらここにいらっしゃるのが王妃殿下と宰相夫人で安心とはいえ、ここにたどり着くまでにどれだけの人に見られていると思ってるんです。虫が湧くから止めてください、面倒くさい」
「う…、悪かったよ。ちょっと早とちりした」
「謝るのは私にではありませんよ」
「すまない宰相、夫人も、大変失礼をした。驚かせて申し訳ない」
「ちょっとレオ、私には?」
「もうちょっと違う伝言してくれよ……悪かったな、義姉上」
照れくさそうに首筋を撫でるとライオネルはにっと笑った。
「んで、何が一大事で最優先なんだよ」
「とりあえずあっちに座るわよ。ハリエットがお茶を持ってきたら詳細を話しましょう」
「あいつも一緒に聞くのか?」
「ハリエットには元々お茶の準備を頼んでいたし無関係でもないから、ついでにね」
「無関係でもないって……何の話なんだよ、まったく。うちはベンジャミンだけで良いのか?」
「ベンジャミンがいればどうとでもなるでしょう?」
「いやだから、何の話をするつもりなんだよ……」
セシリアの後ろをぶつぶつと言いながらライオネルが応接セットへと向かう。ふと人の気配を感じて横を見ると、ベンジャミンが「どうぞ」と微笑みながら手を差し出してくれた。
「ベンジャミン君、おっさんまでエスコートしてくれるんだねぇ」
「本来でしたら夫人の手を取りたいところですが閣下が倒れるといけませんので。二重の意味で」
「そうだね!君がアナベルの手を取ったら僕が悶絶するね!」
「ええ。そうでなくともお体を壊されていますからね。お足元にご注意いただかないと。ということで、お手をどうぞ」
ヴァージルがベンジャミンに手を預けて寝台から足を下ろすとすっとベンジャミンが引き上げてくれた。いつの間に用意したのかガウンを着せてくれる。
「いや、本当にさぁ……何だろうなぁ……」
「何かございましたか?」
微笑みと共にヴァージルを応接セットへと導いてくれるベンジャミンはあまりにも自然だ。実に卒がない。
「いや……『罪な男』の称号はライオネル殿下のものかと思ってたけど……君も相当だよねぇ」
「そうですか?私は誰彼構わず手を出したりはいたしませんが」
「その『手出し』がどういう意味なのかすっごく気になるなぁ」
「ああ、ご想像にお任せしますね」
ヴァージルをゆっくりとソファへ座らせると、ベンジャミンは青灰の瞳をにっこりと更に細めた。
エスコートに手を差し出すのか、それとも別の手の出し方か。ベンジャミンの場合は物騒な手出しも想像できるので中々に恐ろしい。ヴァージルは考えるのを止めてへらりと笑った。




