38.緊急招集 1
翌日のヴァージルとアナベルの顔はそれは酷いものだった。いつだってどんな風になったって美しい妻ではあるが、さすがに外には出せないなとヴァージルも思うほどだった。もちろん、普段から誰にも見せたくないわけだが。
「………これ、ウィンター商会が新しく取り扱いを始めた軟膏よ。ジジがくれたんだけど結構効くから…使ってちょうだい。あと三つあるから遠慮はいらないわ」
朝食を持って来てくれたメイドに伝言を頼み謁見を申し込んだところ朝食後すぐにヴァージルの部屋まで来てくれたセシリアが、自分の目をとんとん、と指さしつつそっとアナベルに軟膏を手渡していた。
恥ずかしそうに頬を染めたアナベルは消え入りそうな声で「お気遣い痛み入ります…」と頭を下げると「少し失礼します」と侍女と一緒に隣室へと下がって行った。
「いやぁ、ありがとうございます、王妃殿下。今日は化粧をしてもアナベルに図書館に行かせてあげられないところでした」
「あなたも相当酷いわよ、宰相。昨日の昼過ぎまでは普通だったわよね?急な謁見希望と何か関係ある?」
「ええ、有り寄りの有り、大有りです」
「そんなに?」
「はい」
ヴァージルは目を細めて笑った。つもりだが、如何せん目がかなり腫れているので細めたのか腫れているだけかの判断はつかないだろう。
「そう……伝言を伝えに来たメイドの顔が真っ青だったってハリエットがおろおろしてたわよ。ご夫妻共に目を酷く腫らして声が枯れていらっしゃいますって」
「あー!だから軟膏持って来てくれたんですね!!」
「あとでハリエットが喉に良いお茶も持って来るわ」
「あっははー!お気遣いに感謝いたしますよ!」
へらへらと笑うヴァージルをじっと見つめ、セシリアは「うーん」と口元に手をあてて唸った。
「元気、そうね?悪いことでは……ないのかしら?」
ヴァージルとアナベルの酷い顔と謁見希望が繋がらないのだろう。セシリアが不思議そうに首を傾げている。
「どうでしょう。良いか悪いかはすぐには答えが出ないかもしれません」
「更に分からないわよ宰相」
「そうでしょう、そうでしょう!分からないですよね!?」
「あなたねぇ……」
むっとしたように唇を尖らせて眉を下げたセシリアにヴァージルはまた笑った。
かちりと続き扉が開きアナベルが戻って来た。「失礼をいたしました」と微笑み、セシリアとは反対側の椅子に座った。
「ねえ、夫人。宰相がさっぱり意味が分からないのよ」
「夫が意味が分からないのはいつものことではございますが…どういったことでございましょう?」
「あ、そうだったわね。宰相の意味が分からないのは今だけじゃなかったわ。宰相も夫人もこんなに目を腫らしているのに何と言うか…すっきりしてるじゃない?何があったの?って聞いても笑うばっかりなのよ」
「まあ、そういうことでしたか」
ふふふ、とアナベルも笑った。顔を見れば相変わらず目は腫れたままだが表情は晴れ渡っている。セシリアお勧めの良く効く軟膏ならば昼過ぎには図書館に行かせてあげられるだろうか。
「いやぁ…こんなに早く時間を取っていただけると思ってなかったんで、実は準備がまだなんですよねぇ」
「準備?準備が必要なことなのかしら?」
「いやぁ、一応、筋を通すなら必要かなぁって」
「別に後出しでも良いわよ。何だか知らないけど。とりあえず白状しなさい宰相。何があったの?」
「良いんですか?求婚状なんですけど」
「何、ですって?」
「求婚状です」
「誰への?」
「オリヴィア様への」
「………誰からの?」
「ローレンスですね」
「噓でしょ!?」
ぼふん!と寝台に両手をつき、がたりと音を立ててセシリアが立ち上がった。
「ちょっと宰相!まさか無理強いしたんじゃないでしょうね!?いいえ、それより何よりあのふたりが納得するわけないでしょう!?」
「してないのに、僕が求婚状なんて作ると思いますか?」
「いえ………あなたはしない、と、思ってはいるわよ?でも…だって……ローレンスは………」
セシリアが唇を噛み、俯いた。
「まぁ……結婚まで行きつくかどうかは正直僕も分からないんです。最終的にはあの子が決めれば良いと思ってますからね。ただあの子は、結婚するしないに関わらずオリヴィア様の盾になることだけは決めてくれました」
「盾?どういうこと?」
「オリヴィア様を、僕の後継に指名します。オリヴィア様も了承しています、結婚も」
愕然とした顔でセシリアが固まった。目を見開き、半開きになった唇が音もなく「噓でしょ」と動いた。
「……………待って。いったん、止まりましょう」
「はい。ちょっと僕も軟膏塗って良いです?」
「そうしてちょうだい。結構真剣な話をしているはずなのに真剣になり切れないのよね、その顔」
「あ、そこまででした?」
「良いから、私が考えてる間に塗ってちょうだい。そろそろハリエットも来るだろうし…ああ、レオも呼ばないと……」
「陛下は?」
「後よ」
「最高権力者なのに……」
後ろに控えていた侍女に「外の騎士に言ってレオを呼んで、大至急。最優先で来いと伝えてちょうだい。ベンジャミンも一緒で良いわ」と声を掛け、セシリアはぽすりと、椅子に座って背もたれにもたれた。
「そう……それでその顔ね」
「あ、ご納得いただけました?」
「まだ実感できてないんだけど……そうね。泣くわね、これは」
「そうでしょう、そうでしょう」
詳しい話はレオが来てからよ、と首を横に振るとセシリアは何かを考えるように目を閉じた。それから目を開くとまた侍女を振り返った。
「エイダ。ハリエットにお茶は六人分と伝えて。場所はここで良いわ。それから今日の午前の予定、急ぎのものは無かったはずだからルイザと調整してくれる?理由は国とオリヴィアの一大事って伝えてちょうだい。その後はルイザと動いて」
「承知いたしました。詳細はいかがなさいますか?」
「そうね………ああ、駄目ね。うっかり衣装係の手配と一年以内の大聖堂の予定表って言いそうになったわ」
「気が早いと怒られかねませんので詳細は戻られ次第、とお伝えしますね」
「そうしてちょうだい……駄目よ、私、今、とんでもなく浮かれてるわ……」
エイダは「承知しました」と微笑むとヴァージルとアナベルを見て嬉しそうに笑い、深く一礼して部屋を出て行った。エイダもまた、幼馴染のひとりなのだ。




