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討伐祝賀会 (2)

 会場に人々がそろう頃、テオドールが身をかがめてベリンダの耳に口を寄せた。


「挨拶が終わったら、初めて会ったあの噴水のところで待ち合わせしましょう」


 思いがけない誘いに驚いたが、ベリンダはすぐに「はい」と返事をする。テオドールはホッとしたようにうなずいて、フリッツにも何か耳打ちをした。フリッツはにやりと笑って意味ありげにうなずきながら、テオドールの肩を叩く。


 そうこうするうちに、招待客の入場が終わったようだ。国王夫妻が会場の中央を歩いて奥へとやってきた。会場奥の開けた場所まで歩いてから、国王がテオドールとフリッツに向かって手招きする。邪神を討伐した英雄たちを祝福するためだろう。


 だからベリンダは一歩後ろに引こうとしたのだが、なぜかテオドールに阻止された。背中に手を当てて、一緒に行くよう誘導されてしまったのだ。驚いて王子を見上げたが、ただにこやかに微笑みかけられただけだった。仕方なく一緒に行くと、国王夫妻の近くでとまった。ベリンダの両脇を固めるようにしてテオドールとフリッツが立つ。


 国王が一歩前に出ると、会場内の話し声がやんでしんとなった。そこに国王のよく通る声が響き渡る。


「皆もすでに知っているとおり、邪神は無事に討伐された。討伐したのは、我が息子テオドール、リンツブルク公爵家のフリードリッヒ、そして星の魔女ベリンダだ。国を代表して、私から感謝と祝福を!」


 国王の言葉に、ベリンダは目をむいた。彼女は何もしていないのに。


 けれども、彼女が焦ったのとはまた全然違う理由で、会場内は大きくざわめいた。国王の紹介から、ここにいる見慣れない姿がテオドールであることに、ようやく人々が気づいたからだ。しかしそのざわめきは、その後にわきあがった拍手の音でかき消されてしまった。


 これで夜会の始まりだ。


 テオドールの周りには、ひとこと言葉を交わそうと、引っ切りなしに人が寄ってくる。その中には、あのイリーネ嬢もいる。その厚顔ぶりは、いっそあっぱれだ。よくもまあ、あれだけ失礼なことをしでかしておいて、何もなかったかのようにこびた声を出してすり寄れるものだ。


 もちろんフリッツにも大勢が話しかけてくるが、テオドールの比ではない。あっけにとられているベリンダに、フリッツは小声で理由を教えてくれた。


「王太子妃の座を狙って必死なんだろう。邪神が討伐された今なら、邪神から狙われる心配がないからね」


 なるほど。実にわかりやすく現金なことだ。自分の身がかわいいのは誰だって同じだろうが、そのあまりの露骨さにベリンダは何とも言えない思いがした。もやもやした思いを抱えた彼女の背中を、フリッツは苦笑いしながら軽く叩く。


「さて、ひととおり挨拶は済んだことだし、料理を見繕ってさっさとずらかろう」

「ずらかるって、何ですか」


 言い方がおかしくて、ベリンダは思わず吹き出した。


 フリッツだって注目を浴びている立場のはずなのに、感心するほかないほど鮮やかな手並みで人混みを抜けて料理を調達し、人目を避けてそっと中庭に出た。どうやら何か目くらましの魔法を使ったらしい。以前と同じように噴水まで歩き、二人並んでベンチに腰を下ろした。そのまま軽食をとりながら、たわいのない話をする。


 ちょうど食べ終わる頃に、長身の人影が現れた。転移魔法で飛んできたテオドールだ。


「お待たせしました。やっと抜けてこられました」

「よう、お疲れ」


 苦笑交じりにわびるテオドールを、フリッツは明るい声でねぎらう。フリッツは空になった皿をベリンダの手から受け取り、ベンチから立ち上がった。そしてテオドールに含み笑いを向けてから手を振り、王宮へと立ち去っていった。


 テオドールと二人きりになった意味はわかっている。以前「邪神を討伐したら、話したいことがある」と言っていたから、きっとそれだ。緊張で胸がドキドキする。落ち着かない気持ちでそろそろとテオドールを見上げると、彼も頬を上気させて、表情をかすかに強ばらせていた。


 少しでも空気を和ませたくて、ベリンダはおずおずと口を開く。


「テオさま、髪飾りをありがとうございました」

「え?」


 髪飾りを受け取ったのは前日のことなのに、なぜかテオドールはきょとんとしている。ベリンダは心の中で「あれ?」と首をかしげたが、まずは髪飾りを見せるべきだろう。頭の後ろのほうに着けてある髪飾りがよく見えるよう、横を向いて体をよじった。


「ほら、これです」

「──……ません」


 テオドールはぼそぼそと何かをつぶやいたが、声が小さすぎて聞き取れない。ベリンダは怪訝に思いながら振り向いた。


 すると先ほどまで上気していたはずのテオドールの顔色が、今は血の気が引いて真っ青になっているではないか。その上、表情まで抜け落ちている。彼女が聞き返すように小首をかしげると、テオドールは固い声で、今度ははっきりと告げた。


「そんなもの、私は贈っていません」


 前日テオドールの使者から受け取ったものだとベリンダが説明すると、彼は眉をひそめて彼女の髪から髪かざりを外した。そのまま手の中の髪飾りをにらみつけるようにして、じっと見つめている。しばらく無言でそうしていたが、やがて王子は髪飾りをポケットにやや乱暴に突っ込んだ。


「私の名を騙った贈り物など怪しすぎるので、これは回収しておきます」

「はい」


 テオドールが突然態度を豹変させたことに、ベリンダは戸惑いを隠せない。困惑した彼女に向かって、王子は無表情のまま謝意を口にした。


「無事に邪神を討伐できたのは、あなたのおかげです。半年以上もの長い間、どうもありがとう」

「いいえ。少しでもお役に立てたなら、何よりです」


 感謝の言葉を伝えられているにもかかわらず、なぜか嫌な予感がひしひしとした。ベリンダの心臓は、先ほどとはまた違う緊張でドキドキと高鳴っている。テオドールは硬い表情のまま少し悲しげに目を細め、深く息をついてから言葉を続けた。


「これまで秘密の婚約者役を務めてくださったお礼は、必ずします。何がほしいか、考えておいてください」

「お礼なんて、結構です。テオさまが無事だったなら、それだけで十分です」


 予想とはまったく違ったテオドールの言葉に、ベリンダの心臓は鋭くひと突きにされたような気がした。これはつまり、これ以上はもう秘密の婚約者は不要だと言われているのだ。呆然としている彼女の表情を、遠慮しているとテオドールは勘違いしたようだ。


「高価なものでも遠慮しないでください。一点ものの注文品だって、何だってかまいません。仕上がったらちゃんとアステリ山脈のご自宅まで届けさせるよう、手配しますから」

「いえ、本当にお礼なんて……」


 その後、ベリンダはテオドールに何と言ったのか覚えていない。しばらくしてフリッツが戻ってきて、一緒に公爵邸に帰ったはずなのだが、着替えてベッドにもぐり込むまでの記憶が曖昧だ。ただただ涙をこぼしたりしないよう、こらえるのに必死だった。


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