討伐祝賀会 (1)
邪神が討伐されて一週間後、王宮で祝賀会が開かれることになった。当然フリッツは、テオドールとともに英雄のひとりとして招待されている。その英雄の両親である公爵夫妻はもちろん、ベリンダにも招待状が届いた。
ベリンダは一張羅のローブで出席するつもりだったが、公爵夫人がそれをよしとしなかった。
「このときのためにサイズ直しをしておいたのですもの。ドレスを着なくてどうするの」
うふふ、とそれは楽しそうに、ベリンダのドレスを選んでくれた。
公爵夫人はドレスを選んだだけでなく、手袋や扇やアクセサリー類まで、すべてを見立てた。と言っても王宮の夜会に着けていけるようなアクセサリーなど、ベリンダが持っているわけがない。すべて夫人からの借り物だ。値段を想像すると、借りることさえ恐れ多い品々なのだが、夫人に「わたくしが貸したいと言っているのよ」と押しきられてしまった。
「若い頃に着けていたもので、それほど高価ではないのよ。でもきれいでしょう? お気に入りだったの」
言葉どおりに「それほど高価ではない」とはとても信じられないものの、しっかり厚意は伝わったので、ありがたく拝借することにした。
当日は、午後のお茶の時間の後から身支度が始まった。ただ着替えればよいだけだと思っていたベリンダは、困惑しきりだ。でも始まってみれば、時間がかかるのも納得の手間の多さだった。
まず着替える前に、髪を結い上げる。それもただ結うだけでなく、編んだり、コテでカールを付けたりと、いちいち手間暇がかかる。ヘアピンだって、いったい何本使っていることか。絶対に自分ひとりじゃ作れない髪型だ。
髪には、テオドールから贈られた黒い薔薇の髪飾りを着けてもらった。もうずいぶん長いことテオドールと会えていないが、前日、王子の使者がやって来たのだ。その使者から、テオドールからの贈り物だとしてこの髪飾りを渡された。
侍女に「この髪飾りを使ってほしい」と渡したとき、彼女はかすかに眉をひそめた。聞き取れないほど小さな声で「黒い薔薇だなんて、不吉な……」とつぶやいていたが、テオドールから贈られたものだと説明すると、とたんに「まあ、まあ、まあ」と訳知り顔の笑顔になる。たっぷりと含みのある侍女の笑みに、ベリンダは顔が熱くなった。
「さあ、お嬢さま。いかがでございましょう」
仕上がってから鏡をのぞき込んでみて、ベリンダは驚きに目をまたたく。「誰これ?」としか思えない。だって、鏡の中にいるのは「自分ではない誰か」なのだ。鏡に映った自分の姿のはずなのに、誰か知らない人にしか見えない。映っているのは「貴族のお嬢さんっぽい誰か」だった。唖然としていると、支度をしてくれた侍女がにっこりと微笑みかけてくる。
「大変おきれいでございますよ」
「ありがとう」
ベリンダが礼を言うと、鏡の中の「知らない誰か」も同時にはにかんだように口を開くのが、何だか不思議だ。
ドレスは淡い色合いでまとめてあるから、黒い髪飾りが浮くのではないかと心配だったが、それは杞憂だった。クセのある装飾品だって、熟練の侍女の手にかかれば何ということはない。ドレスに合わせた淡い色のリボンをふんだんに使い、その中心に黒い薔薇の髪飾りを飾りつける。黒い髪飾りには色を引き締める効果があって、まるで最初からそうデザインされたもののようにしか見えなかった。
髪の支度が終わったら、ドレスの着付けだ。ひとりで着られるデザインではないので、ベリンダは侍女から言われるがままに手を上げたり下げたりしながら、ただひたすらに立っている。髪型を整えるのと同じくらいの時間をかけて、着付けが終わった。
フリッツが迎えに来たのは、ちょうどすべての身支度が済んだところだった。まるで待ち構えていたかのようだ。ベリンダの姿を見て、フリッツは目を細めて満足そうに微笑む。
「ああ、いいね。似合ってるよ」
「ありがとう」
差し出された腕に手をかけ、玄関に向かって歩き出しながら、ふと素朴な感想が口をついて出た。
「よく私だってわかりましたね」
フリッツは「当たり前だろ」と吹き出す。
「どんなに着飾ってたって、ベリンダはベリンダだ。見間違えるわけがない」
そう言うフリッツも、今日は貴公子然とした礼装に身を包んでいる。何しろ今日の彼は、祝賀会の主役二人のうちのひとりなのだ。だから祝賀会の場では、ずっとベリンダに付き添っているわけにはいかない。フリッツが一緒にいないときには、公爵夫妻のそばにいるようにと言い含められた。
ベリンダにとっては、人生で二度目の夜会。初めての夜会も、フリッツのエスコートで入場したっけなあ、と感慨深く思い出す。フリッツと出会ったのは、控えの間だった。あのときと同じように、今日も貴族の少女たちが集まっておしゃべりに興じている。
その輪の中に、あのイリーネがいるのが見えた。だが不思議と今日は、彼女がフリッツに近づいてくる様子がない。おかげで逃げ回る必要がなくて助かった。
と言っても、フリッツと二人でのんびりおしゃべりしていられるような状況でもない。なんと言っても彼は、邪神を倒した英雄のひとりなのだ。引っ切りなしに、いろいろな人がフリッツのところに声をかけに来る。もちろんベリンダの知らない人ばかり。だからフリッツの隣で、なるべく気配を殺して静かにしていた。
すると、少し離れたところにいる少女たちの話し声が、聞くともなしに聞こえてくる。
「殿下は、今日こそ婚約者をお捜しになるのではなくて?」
「きっとそうよ」
少女たちの明るく笑いさざめく声に、ベリンダは「おや?」と思った。以前の夜会のときと話している内容が同じようでいて、どことなく違う。何が違うのだろうか。チラチラと横目で観察しつつ、話し声に耳を傾けているうち、やっと違いがわかった。以前のような侮蔑の色がないのだ。むしろ「我こそは」と婚約者候補に名乗りを上げそうなほど、声に熱がこもっている。
なぜだろう、と不思議に思っている間に、夜会ホールへの扉が開かれ、侍従が現れる。
「リンツブルク公爵ご夫妻ならびにご子息フリードリッヒさまと、星の魔女ベリンダさま」
今回は公爵夫妻と一緒なので、前回にも増して入場順が早かった。というか、一番最初に呼ばれた。さすが主役。
夜会ホールの入り口で、国王夫妻に挨拶をする。前回の夜会のときとは違い、今回、テオドールは国王夫妻と一緒ではなかった。どこにいるのだろうかとホール内を見回してみれば、奥のほうにひとりで立っている。
ベリンダたちに気づくと、テオドールはにこやかに会釈してから手を振った。公爵夫妻たちと一緒にテオドールのところへ行き、夫妻が挨拶し終わるのを待ってから、ベリンダも声をかけた。
「討伐、おめでとうございます。本当にお疲れさまでした」
「ありがとう。無事に討伐できたのは、あなたのおかげです」
大げさな感謝の言葉が、面はゆい。ベリンダのしたことなんて、ほんのちょっとした手助けに過ぎないのに。さらにテオドールは笑顔で彼女の顔をのぞき込んで、彼女の装いについて言及した。
「今日はローブじゃないんですね。とてもかわいらしくて、きれいです」
「ありがとうございます」
ベリンダの頬はさっと紅潮した。なぜかフリッツに褒められたときより、格段に照れくさい。うれしくて口もとがゆるみそうになるのを、頑張って引き締めなくてはならなかった。
「テオさまも、とてもすてきですよ」
「ありがとう」
テオドールは、お世辞抜きで本当に格好よかった。このような正装姿は、彼がやせてからは初めて見る。公爵邸で毎日のように顔を合わせてはいたけれども、朝食や昼食は邪神探索に出るための軽装備だったし、夕食のときもくだけた服装ばかりだった。
今の姿なら、たとえ遠慮のない身内といえども「雪だるま」などとは決して言えまい。
次々と会場に入ってくる人々は、テオドールの姿を目にしては不思議そうに首をかしげる。そこかしこで「誰だろう」と噂している様子なのが、面白かった。見てわからないものなのだろうか。ただやせただけなのに。




