Ⅲ
「そっか、驚いたのかー。ご主人、俺のことレオナルドに言って無かったんだな。じゃあもう一回言う! 俺は犬の獣人のノース! 名前はご主人につけてもらったんだ!」
サイロとは正反対の、愛想のいい獣人だった。人間の姿になっても残る耳はぴんと伸び、尻尾をしきりに振っていた。好青年という言葉がしっくりくる。サイロと正反対であるが、レオナルドとも全く違う少年だった。
「サイロが名付け親!? いやちょっと待て、あいつ化け物に鳥虎とか訳分かんねえ名前付ける奴だぞ? そんなちゃんとした名前、本当にサイロが付けたのかよ!?」
「そんな事言うな! 確かにご主人は適当に名前付けるし、俺も最初は犬男になるところだったけど、俺にとって大事なものになるからって、凄く沢山考えてくれた名前なんだよ!」
レオナルドは吹き出した。確かに不意討ちのように「犬男」と言われて笑わない人の方が珍しいだろう。いきなりレオナルドの喉から変な音が出て、ノースとサイロは驚いた顔をした。
「……なにその変な音。あと、食事何処にも無いんだけど」
「お前どこまでも……まあいいや。今日グェンで買った弁当があるんだよ、ほら本の下にあっただろ?」
「本? レオナルドは本読むのか? お前、字を読めるんだな、凄いことだ!」
怪訝そうな顔をしたサイロ、レオナルドが字を読めると分かり、尊敬するような視線を嬉しそうに向けるノース。レオナルドは困惑した。字を読めるのは彼にとって当然のことだ。ナクラでは小さな子供でも簡単なものなら読める。今までのレオナルドの生活には欠かせないものだったのだ。
しかし、この反応ではおそらくサイロもノースも字を知らない。読む必要が無かったのだろうか? いや、学ぶ機会に恵まれなかったというのが一番相応しいだろうか。
(こいつら、俺の想像出来ない人生だったんだ……逆に、今までよく生きてられたな)
「本………………」
尻尾を振り回すノースとは反対に、サイロは真剣な顔をして本を探していた。彼の様子から察するに、本の概念は知っているらしい。レオナルドはそれも不思議に思った。
「その袋貸せ…………ほら、あっただろ?」
レオナルドが取り出した弁当は注意書きの書かれた紙にくるまれた直方体の箱だった。何も知らないサイロから見れば、弁当だとは分からないだろう。
「……………………」
サイロは何も言わない。主人を案じるようにノースはサイロを見ていた。サイロの金の瞳は鈍い色をたたえ、写していて何も写っていないようにレオナルドには思えた。
「四人分あんだよ。全部食っちまわねえと悪くなるから、全部あけるぞ」
レオナルドは何も言わない方がいいと思った。何を言ったとしても誰も助からないと、何となく分かった。これの名前が「気遣い」だと、レオナルドは知らない。
「食事にするのか!? 弁当ってなんだ? 旨いのか?!」
「これは旨いぜ。グェンの家庭料理で、名前は……何つったかな。米と、小麦粉を水を練ったやつに茸と野菜を入れて蒸しながら炊くみたいな感じで作るんだ。かなり腹持ちいいから明日の朝何も食べなくても動けるぜ」
「ふうん……君、これ作れる?」
「無理に決まってんだろ」
「威張らないでくれる? 調理はやっぱり無理か、仕方ない……」
「ご主人、これ! 俺今までこんなの食べたこと無いよ!」
「早えなお前! 何時開けた!?」
「今!」
レオナルドが今まで経験した中で最も賑やかな食事だった。それがこれからのことだと思うと、何故か胸があつくなった。夜が少しずつ更けていった。




