Ⅳ
レオナルドが目を覚ました時、世界は冷気と闇で包まれていた。荷物からサイロが引っ張り出した毛布は柔らかく暖かい。出来ることならこのままずっと毛布に覆われていたいともう一度くるまり直すと、不意に影がかかった。
「レオナルド、起きたのか。もうご主人移動の準備してるから、レオナルドも早く毛布から出て!」
影の正体はノースであった。顔の部分の毛布を剥がされ、少々不機嫌であったが、あまりにも悪気の無い顔をしているため、毒気を抜かれたようである。
「まだこんなに暗いじゃねえか……しかも滅茶苦茶さみいし……もう少し寝ててもいいだろ?」
毒気は抜かれたものの、反論の一つはしたかったらしい。寝惚けた声には張りが無く、普段の威勢はおろか、五月蝿さも感じられなかった。
「駄目だよ、だってもうご主人は荷物まとめたんだから! このソリっていうのも少し解体して使うからレオナルドがそこに居ると邪魔だかんな!」
「おいちょっと待て」
寝惚けていた頭がノースの言葉を聞いて急速に冴えていく。レオナルドにとって「解体」はなかなかに衝撃的であった。
「お前解体するっつったよな?」
「言ったぞ! ご主人がこれ解体して使うって」
「……木材にでもするんだったらいらないと思うぞ………………」
「何でだ? 使うのに」
「俺からすればお前らが何での塊だっつの……」
昨日作った、ソリの屋根だった木材を思いだし、少々げんなりしたレオナルドに、ノースは不思議そうに首を傾げる。小さな子供にしか許されなさそうなその仕草が妙に似合っていた。
レオナルドは空を仰いだ。昨日よりは薄い灰色の空。ゆっくりと動いている雲が見えた。不意に冷たい風が吹いて、レオナルドはぶるりと頭を振った。
「ねえ、起きてるんだったら早く退いてくれない?」
「うわっ」
何の気配も感じなかった真後ろからその声が聞こえた。驚いたレオナルドの身体が僅かに宙に浮いた。慌てて振り向くと、呆れたような色さえも無い、無の表情をしたサイロがソリの外に立っていた。レオナルドは逆に何も無い方が傷つくこともあるものだと学習した。
「お前、驚かすなよ……。それより、このソリ解体するってどういうことだ? 一応契約者の中に俺入ってるんだけど」
「そんなの僕が知ってる訳無いじゃん。どうせこのままなら使いにくいんだから変えた方がいいでしょ。何時も以上に荷物があるからこれ使わなきゃ進めないし」
サイロは移動しながらそう言った。運転席に正面から入る。何かごそごそと探り始めた。
「動かしたいのか? でもこれ多分無理だぞ。発条のソリだから発条壊れてたら使えねえんだよ」
「はつじょ……?」
レオナルドの言った通り、彼のソリは発条の動力で動くそれであった。伸びたり縮んだり、元に戻ったりする時に生じる力で進む。しかし、今となっては発条が上手くはまっておらず、もう手動でしか動かない。
「発条って、あれだよ……えっと、ばね。でもな、このソリ凄いんだぜ? 犬ソリってあるだろ? それみたいにも出来るんだ。ただな……重いから何匹も犬が必要だから俺らには無理なんだよな」
ノースは得心がいかないように不満そうな顔をしていたが、サイロは何故か納得したらしい。どうして知っているのだろうかとレオナルドが不思議に思っていると、おもむろにサイロはこちらを向いた。
「ふうん、犬ソリねえ…………それより、そこ降りてくれる? 君もだよ、ノース」
その手には昨日のものよりは一回り程度大きい鋸があった。無表情でそれをかざし、二人に降りるように促す。それは脅しにも受け取れるものだった。
「ひいっ」
「分かったご主人! レオナルド、降りるの速いな。なら俺はこうする!!」
サイロに怯えて飛びさすったせいで引っくり返ってソリから転げ落ちたレオナルドに向かってノースが飛び付く。飛び付かれた側としてはたまったものではない。ぼすんと雪が舞った。
「ねえ、これ連れて樹海までもう一度行ってきてくれる? それまでには片がつくから」
「はあ? 片がつくってお前何するつもりで……」
「分かった、【溜まり場】まで行ってくる! ご主人、すぐに帰ってくる。行こう、レオナルド! よいしょ!!」
「頼んだよ」
相変わらず、レオナルドの知らない話が目の前でついていく。秘密なのか、まだ信用されきって居ないのか。レオナルドは一抹の不満を感じた。反論のために口を開こうとしたら、首筋に毛が当たる擽ったさの後に浮遊感に襲われた。犬の姿へと変わったノースがレオナルドを背に乗せたのである。サイロもノースも、レオナルドの扱いが非常に雑である。主人と使い人はここまで似るものなのか、レオナルドにとって甚だ疑問であった。
「お前ら……説明くらいうわっ」
レオナルドが怒鳴ろうとした次の瞬間、ノースは走り出した。冷たい風を切り、雪原を力強い足取りで雪を舞わせながら進む。ソリが徐々に小さくなっていく。ノースの背はかなり揺れ、体幹の無いレオナルドが安定するように座るのは難しかった。
「反論くらいさせろっつのーーーー!!」
彼の心からの想いが雪原に響いた。




