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放課後、彼と私は「普通」を検証する  作者: 月食ぱんな
第五章:出生の秘密
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 カフェひだまりが、臨時の定休日になるなんて滅多にない。


 今まで臨時の定休日になったのは、九割方私の学校行事関係だろう。そして今日もまた、私のせいで臨時定休日になっていた。


 いつもなら、常連のお客さんで賑わう店内にいるのは、六人だけ。


 逢坂君と、そのご両親である逢坂薫さんと夏目明日香さん。

 それから、達也パパと幸博パパと私だ。


 自己紹介をしてようやく私は、自分の生みの母の顔と声を知った。


 テーブルの向かいに座る夏目明日香さんは、都会的で洗練された、クールな印象の人だった。黒く艷やかな髪は顎のラインで切りそろえられた短めのボブカットで、動くたびに軽やかに揺れる。


 彼女の服装は、過度な装飾がなく、薄手のニットにシンプルなパンツという装いで、軽やかな感じ。ポケットにスマートフォンとカードと家の鍵だけ入れて、颯爽と街を歩いている姿が安易に想像できた。


 今、彼女はマグカップを両手で包み込み、その熱を確かめるように静かに座っている。


 どこか掴みどころのない雰囲気は、逢坂君に似てる気がした。


 昼でも少し薄暗い店内。大きなテーブルを囲むように座った私たちの手元で、六つのカップの湯気が静かに立っている。


「あの」と、私の隣に座る逢坂君が口を開いた。


「家出した理由なんですけど」


 彼は、カバンから戸籍抄本を取り出した。


「これを、見てしまって」


 私も、自分の戸籍抄本をテーブルに置いた。


 大人たちは、それを見て、顔を見合わせる。たぶん私たち二人から話があると知らされていた時点でこうなることは予想していたのだろう。


 そんな雰囲気だった。


「そうか……」


 幸博パパが小さく呟く。


「私の母親の欄に、夏目明日香って書いてあって」


「俺の母親だって、真鍋さんに知らせました」


 逢坂君が続けた。


「でも、俺とあーちゃんは、血が繋がってないからどうなんだろうって」


 逢坂君は視線を戸籍抄本に落とす。


 彼の瞳が捉えているのは、普通なら父親の名が記載されるはずの空欄だ。


「そうね。陽ちゃんと私に血の繋がりはない」


 明日香さんがコーヒーカップに視線を落としたまま告げた。


 低いけれど柔らかい声。コーヒーの匂いに似て、なんだか落ち着きをくれる。


「でも」と言って、明日香さんは私を見つめた。


「唯ちゃんは正真正銘、私が産んだ子よ」


 告げられた事実を冷静に受け止めようと、ギュッと両手を握る。


 母親と対面したらなんて、もう子どもの頃から何度も想像してきたのに、本人の口から直接聞かされると、やっぱり動揺するらしい。


 私はこの人の一部だった時期がある。それは、とても不思議な感覚で、どう表現していいかわからない。


 心臓が嫌なくらい、音を立てている。


「順を追って話す方がいいと思う」


 薫さんが静かに告げる。


「私たちは、子どもがほしいと思った。でもこの国の制度では、同性カップルは想定されていないから、色々と準備が必要なの」


 明日香さんは、隣に座る薫さんの手を指先で触れて「懐かしいね」と言って、ふっと笑った。


 達也パパが、コーヒーを一口飲んでから話し始めた。


「同性カップルが子どもを持つ方法は、いくつかある。養子縁組とか、里親とか、それこそ精子や卵子のドナーを見つけたり」


「色々な選択肢がある中で、俺と達也は血の繋がった子を、育ててみたいって気持ちがあった。そして薫さんと明日香さんも、同じ思いを持ったカップルだったんだ」


 幸博パパの言葉に、薫さんと明日香さんがゆっくり頷いた。


 明日香さんが、温かい目で私を見た。


「それで、知人を通して、達也さんたちを紹介されたってわけ」


「最初は、お互い、すごく警戒してたよね」


 達也パパが笑った。


「そうね。一年近く、話し合いをしたわよね」


 薫さんも笑って、大人たちは和やかな雰囲気になった。


「一年も?」


 驚きそのままたずねると、幸博パパが真面目な顔を私に向けた。


「そうだよ。子どもを授かるって、簡単なことじゃない。だから細かいことまで、全部煮詰めて話し合うのに一年かかったんだ」


「何よりお互いの信用を得るためにも、最低そのくらいは必要だったし」と、明日香さん。


「精子提供者は子どもを認知するのか、しないのか。親権はどうするのか。子どもの戸籍の問題に、養育費に相続って、後でトラブルにならないようにしっかり細かく話し合う必要があったの。何より私たち四人は子どもが二人欲しかったから」


 薫さんがニコリと微笑む。


「そして後で問題が起きないように、お互い納得の行く合意書を作成したんだ」


 達也パパがそう言って、分厚いファイルを目の前のテーブルに置いた。


「これを見てほしい。この中に、僕たちが君たちを授かるために行ったすべての記録と、四人で交わした合意書が入っている」


 そのファイルは、ただの書類の束に見える。でも私にしたら、逢坂君と私の人生設計図そのもののように感じた。


 達也パパは、ファイルを開き、一番上のページを指差した。そこには「生殖補助医療による子の養育に関する合意書」といった堅苦しいタイトルが書かれていた。


「もちろんその合意書の中には、卵子と精子の組み合わせについても記載してあるわ」


 薫さんの言葉に、ビクッとする。


 とうとう、最も知りたかった真実が今、明らかになる。


 握った手に嫌な汗が滲む。


「ほらここよ」


 薫さんの綺麗に手入れされた指が、合意書の特定の箇所を指し示した。


 ――AIDにより夏目明日香と真鍋達也から生まれた子(第一子)は、真鍋家(真鍋達也・幸博)が養育する」


 ――AIDにより逢坂薫と真鍋幸博から生まれた子(第一子)は、逢坂家(逢坂薫・夏目明日香)が養育する」


 私と逢坂君は顔を見合わせた。


 つまり。


 私の父親は達也パパで、母親は明日香さん。

 逢坂君の母親は薫さんで、父親は幸博パパ。


「私たち、血は繋がってない」


「そう、赤の他人だ」


 逢坂君は力強く言い切った。


 私たちは赤の他人。


 大好きな人から言われて嬉しいはずがない言葉なのに、心がふわっと軽くなるのを感じた。


 ほっとした、というのが一番近いだろう。


「よかったね、私たち赤の他人で」


 私は逢坂君に笑顔で告げる。


「でもちょっと、言い方が……複雑」


 ボソリと漏らした彼に、みんなが笑う。


 気分が軽くなった私は、冷えかけたコーヒーを一口飲む。


「いい機会だから、これも言っておく。唯ちゃんに会わないようにしようと決めたのはわたし」


 明日香さんが、小さく息をついた。


「それは愛情がないとかじゃなくて、逆。十ヶ月お腹にいたからね。実際に会ったら、情が出てしまう気がしたの。達也さんと幸博さんには、それじゃ失礼だし、薫や陽ちゃんにも、申し訳ないと思ってさ」


 明日香さんは私をまっすぐ見つめた。


「ごめんね」


 その「ごめんね」は、心の奥にたまった空気が、すーっと抜けていくような、どこか澄んだ響きだった。


「会いたかったですよ、ずっと」


 私がそう言うと、明日香さんは目元を少し赤くした。掴みどころのないクールな表情の奥に、確かに、私を産んだ母親の柔らかさが見えた気がした。


「正直、生まれてすぐに私を手放すことができる人を好きになれるかは、わからなかったけど」


 ずっとためていた思いが勝手にあふれる。


「それに、パパ達は絶対お母さんのこと教えてくれなかったから、ヤバい人がお母さんなのかなって、密かに不安だったし」


 私の本音を聞いて、幸博パパが静かに補足する。


「そうだな。唯は会いたがっていたし、正直、俺たちも唯がいつか自分のルーツを知りたいと思ったとき、その願いは尊重したかった。けれど、明日香ちゃんの気持ちもわかる。だから、大事な友人である彼女の気持ちを尊重したかったんだよ」


「唯、僕たちがどれだけ愛情深いか、君が一番よく知っているはずだ。明日香さんも、僕たちと同じくらい愛情深い人だよ。それは僕が保証する」


 達也パパは力強く言い切った。


 私は深く頷く。


 そうだ、明日香さんは、パパたちが「この人なら大丈夫」と信頼した人。


 何より私が好きになった逢坂君を育てた人でもある。


 ここにいる大人は、子どもを迎えようと思った瞬間から、血の繋がりよりも、深い愛を優先してくれた最高の親たちだ。


 胸がじんわり熱くなる。


「辛い思いをさせちゃってごめんね」


 明日香さんが薫さんからハンカチを受け取りながら、震える声で告げた。


「ごめんね、唯ちゃん、陽ちゃん」


 彼女の掠れた声を聞いて、大人たちが同時に謝罪するみたいに頭を下げた。


 やめてよ。そんなふうに謝られたら、涙が出ちゃう。


「……謝らないで」


 私は震える声で言った。


「私はすごく幸せだったから」


 隣で、逢坂くんも小さく頷いた。


「俺も……すごく、幸せだった」


「次生まれ変わっても、パパたちの子どもがいいし」


 気づいたら、口から出ていた。


「そうだね。俺もそれがいい」と、逢坂君も続く。


 間違いなく、私たちの本心だ。


 四人の大人たちが顔を見合わせて、少し泣いて、少し笑った。


 心が柔らかいもので包まれたみたいに、あたたかくなる。


 そして私は決意した。


 言うなら今しかない。


 この場を支配する、ほっこりした雰囲気を逃す手はないし、軽く流されてくれそうだし。


 逢坂くんの方を見て、彼も私を見返してきた。


 たぶん、お互いに同じタイミングで「いい波きてる」と思ったはずだ。


 逢坂君は「俺が言う」とかつてないほど目に強い光を宿らせて、私を見つめる。

 静かに「お願いします」と、意味を込めて頷く。


「唯さんと僕は、恋愛感情を持ってお付き合いしています」


 店内がしんと静まる。


「……そっかあ。お似合いだと思うよ」


 達也パパがゆっくり笑った。


「だよなぁ……そんな気はしてたけど、うん。何だろう、この複雑な気持ちは……」


 幸博パパは、泣き笑いの顔。


「そっか、陽ちゃんもとうとう彼女ができたのね。おめでとう」


 薫さんは優しく笑う。


「可愛い彼女を泣かすなよ」と、明日香さんも笑った。


「血が繋がっていないことに、安心したというのもあるけれど……」


 私は言葉を探しながら続けた。


「それ以上に逢坂くんは、家族みたいで、家族じゃない。ずっと特別で……」


「うん」


 彼も続ける。


「唯さんは……俺にとって特別な存在です」


 胸がぎゅっとなる。


 さっきからさりげなく「唯さん」呼びの破壊力もヤバいし、特別だなんて言われたら好きが溢れ過ぎて死ぬかも知れない。


 四人の大人は顔を見合わせて、全員が微笑んだ。


「家族の形は、一つじゃないもんね」


 明日香さんが明るい声で言った。


「うん。そう。自分たちで選んでいいんだよ」


 薫さんも頷く。


「お前たちが幸せなら、それでいいよ」


 達也パパの言葉に、涙がまた溢れた。


「複雑ではあるけど……ね。でも唯の幸せがいつだって最優先だしな」


 幸博パパも笑ってくれた。


「みんな、ありがとう」


 私は心の底からそう思った。


 私たちは、法律からしたら想定外の家族で普通じゃないのかも知れない。


 でも産んだ人と育てた人。二つの家族に抱きしめられるなんて、ある意味贅沢だ。


 家族みたいで、家族じゃない。


 他の誰とも違う、特別な絆。


 それを、確かに選び取ったことを実感する、そんな日だった。



 *



 カフェひだまりの扉には、「本日貸切」の札が下がっている。


 でもここは、家族が、集まる場所。


 愛が、溢れる場所。


 そして、私と逢坂君の物語が本当の意味で、始まった場所。


 窓の外の木漏れ日が、テーブルを照らしていた。


 優しく、温かく。


 まるで、私たちを祝福するように。



 おしまい

ここまで、お読みいただきありがとうございます。

あと一話、おまけの話があります。

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