レアルタリアと牢獄と
いつもの
「うんうん、悪い物もなさそうだよ。」
「書類に不備もねぇ、手間を取らせたな坊主。」
「いえいえ、僕も似たような仕事をしてましたから。頑張ってください。」
やけに個性的な2人の門兵に爽やかな笑みを浮かべて荷台の中に足を戻す。
「許可もらえたよ。」
「やっぱ書類ってすげぇな。生足の魚いても通るんだぜ。」
「毎度毎度、足を止められるがな。」
ようやっとついた孤城レアルタリアの主要都市、レアルタリア《《古》》城《《現在周辺地》》。レアルタリア古城を中心に構えられたその街は、不言の権威に膝をつく。約千年の間一度の崩落も転覆も許さなかったその建築物は、あらゆる歴史に不動を突きつける。
「おっ。」
「やっぱ戻ってくるね〜。」
そんな書面上の歴史に思いを馳せていたころ、手のなかに馴染み始めた感覚が戻る。
「未達の獣、忠犬みたいで可愛いですよね。」
「忠犬を可愛いと思う感性は持ち合わせてんだけどな。」
「忠誠を誓うものが愛おしいのでしょうか?」
「犬を可愛いと思う感性が欠けてるんだ。」
子気味のよい会話は和気をあいあいと立たせる一方、
「レアルタリアには伝統的な槍術が語り継がれている。その武勇に相応しいものがいるか、楽しみだ。」
「へぇ、もしかしたらパレードとかで見れるかも知れないですね。なんでも、近々大規模なお祭りがあるみたいなので。」
「そうなんだよね。レアルタリア古城の1021周年を祝ってお祭りがあるんだよ〜。」
その中に自然と、濁が混ざる。
「あん?誰だ?」
「さっきの門兵ですよ〜。一個言い残した事があってね。」
荷台と外の境目で腰をかけ、足をプラプラと揺らすのは、先ほどのやけに個性的な門兵の一人。
「言い残し?」
「はい。足の生えた魚が引いてる奇天烈集団をあっさりそのまま通すわけないじゃないですか〜。」
ゆったりとした布は身を覆うには少し余剰で、長すぎる袖の隙間からヒョコリと覗く指に挟まれてその紙束があげられた。
「通行許可証に、荷台の重量申告、乗員詳細に前歴云々、こんなに面倒くさい書類の不備がないのは有難いですけど……少し良い子ちゃんが過ぎたね〜。」
「良い子ちゃんであれば良いのではありませんか?」
橙色といくつかの銀飾り。それは一つ一つを見れば乱雑に引き伸ばされたようで、返って全貌を見れば流れる川と華々しい花弁を映し出す。
「普通はね、よっぽどのプロでもない限り知識不足でミスがあるものなんですよ〜。けど、こんなに準備され尽くしちゃまるで触れられたくない何かがあるみたいじゃないの。」
「え?そんなもの一つもありませんけど……。」
「……参ったね。そこまで演技が上手いなんて、プロの工作員か何かなのかな〜?」
演技なんかじゃ、そんな言葉を遮るのはピンと立てられたか細い指先。
「《《じゃあなにかな、それ》》?」
それはまるで氷点下を嚥下したように、どくりと心臓を冷やす。
「だめだよ〜、そんなクサイものを持ち込んじゃったら。どんな疑いかけられても仕方ないじゃない。」
視線先にあるのは、手のひらに収まりきらないクリスタルの頭蓋骨。
「ッスー……。」
皆の視線が集まり、ただ2人を除いて面々は得もいえぬ顔をして下を向く。
「クサいというのはよく分からないでありますが、現在我々は何も悪事を企んでいないであります。ローディアスはこの呪物に呪われているので、現状持ち込んでしまったのは致し方ないと思いますが。」
「……呪物取扱法って知ってる?」
呆れた様子で開かれた口はこの先を生きていく上で大切なことを教えてくれた。
「まず、所持は原則禁止なんだけど……え?それも知らないの?……いやまぁ、知らないからといって無罪にはなんないけど、考えなくても分かるでしょ?普通に呪物だよ呪物。」
「いや、だからね。そのオークション自体違法なんだよ〜。っていうか何年前の話なのそれ?もう二百年くらい前には国営機関での扱いも厳禁になってるのに。」
「楽しんでた?……その、呪物が戻ってくるのを?ネクロマンサーが云々言ってたけど、君たち皆おかしいよ。」
詳しい話はよくわからなかったが、国際問題に発展することは無さそうという話を聞いて独房の中で安堵の息を一つ吐いた。
「はぁ……気が進みませんわねぇ。」
「御嬢様、ナイフとフォークいりますかぁ?」
レアルタリア古城街の侵入に一行が失敗する三日程前、レアルタリア古城内を闊歩する少女と青年の姿があった。
「要らないですわ!まったく……ここぞとばかりにイジってますわね。」
「イジるなんてとんでもない。下名は応援しているうえに、少しでも力になりたいのでございますよぉ。」
調子づいてヘラヘラと笑うカージェスに一つ息を飛ばして、正道から外れた道に足を差し入れる。
「カージェス、鍵を。」
「はぁい、只今。」
古風に染められた豪華絢爛な装飾から一転、サビ臭くある種の厳格さを突きつけるそれは、レアルタリア古城に備えられた鉄の街道。それを明確に仕切る南京錠は古臭く青錆を残しながら、残火のように役割を示していた。
「では、下名はここで。」
「えぇ。それではまた。」
絢爛と厳格を隔てる錠が見た目にそぐわぬ真新しい音を立てて床へ落ちる。そこでゴトリとでも音を立てて弾ければ、多少は可愛げがあったのだろう。
「女心は秋の空……防犯面で便利なのはわかりますけれど、呪物を城内に設けるなど気がしれませんわね。」
それは、締められた扉に素知らぬ顔でかけ直されていた。一度開ける前とは別の形をして。
「……はぁ、いきましょうか。」
歩を進めてしまった以上、おちゃらけてくれる執事はいない。これまた呪物である閉ざされていない扉を持っている人間が外に居なければ外に出ることは叶わないのだから。
「……。」
錆び臭い牢獄の中でわざとらしく靴音を鳴らす。これは、威嚇或は強者の証明。手前のお前らなんかに怯えないという威嚇と、見えないという最大級のアドバンテージを容易く捨て去る強さの証明。
「……っう、うぅ。」
その声に怯えてか、或は絶えず声を漏らしていたのか、程なくしてやつれた声が鼓膜を揺らす。
「始めまして、ジャーネルさん。」
「……んぅ、ぁあ?」
肉を削がれたように細くなった腕はまるで木の枝のようであった。なら、その先で5つに分かれるのは葉か細木だろうか。落ち窪んだ目元に、カサついた唇、骨の上から最低限、人としての格好を保つようなそれは……そう。最低限の人間であった。
「存在者を自称したのはレアルタリアで3名、貴方はそのうちの一人ですが可能性は最も低い。薬物に依存しているからですわ。」
「ぁぁ、あ。」
会話と言うには一方的。それも仕方がない。この男はなぜ存在者を自白できたのかさえ理解できないほどに、脳の溝を粉まみれにしてしまったのだから。
「それでも構ってられないのが現状ですわ。ですから、今から貴方を食しますけど文句はありませんよね?」
「ぅあ、ぁあ!」
それでも、死ぬということは恐ろしいのか手袋を外せば怯えたイヌのように与えられた独房の四隅へ体を引いた。
「では、いただきます。」
無慈悲に伸ばした手が頬張った皮膚に触れた。
「……はぁ、美味しくないですわね。」
人がいなくなった部屋の中でため息交じりに声を上げれば、ソレを嘲るように冷たい笑い声が響いた。
「貴方は、会話くらいならできるんでしてよね?」
「ふふふっ、人殺しの分際で随分と偉そうねぇ。」
牢に押し込まれてるとは思えないほど、不敵な笑みを浮かべる女は、その身にまとったボロ布を感じさせぬ佇まいでこちらを覗き込んでいた。
「囚われの身にしても、随分と偉そうでしてよ?」
「囚われ?囚われているのは貴方達じゃないの。」
言葉尻をとらえるようにまたも笑う女は得体のしれない不気味さを感じさせた。
「支配体制に組み敷かれて、未だ原初の影を追っている。こんな牢獄に押し込まれる以上に、貴方達は魂を縛られている。」
「随分と饒舌でしてね、何が言いたいのかしら?」
「教えないわよ、吸血鬼に傅いた異端者たちになんて。」
「吸血鬼?」
強大な渦を巻く陰謀に触れたような、ドロリとした不快感が腹底を震わせる。
「レアルタリアの住民は夜な夜な吸血鬼に汚されているの。それは自覚なく体を蝕み、やがてその身を破滅に追いやるわ。けれどね、私たち『開闢の徒』は違うわ!特殊な技術によって普通じゃ分からない穢れを探知することができるの!そして、ソレを治療する聖水も開発したわ!」
「……もし、貴方は存在者でしてよね?」
ツバを飛ばしながら熱にうなされる女は、髪を乱しながら一層叫ぶ。
「そう、そうよ!存在者とは聖水を享受して真に穢れなき存在となった者のこと!強大な吸血鬼なんかに負けわしないわ!私は存在者になったのよ!救世主としてレアルタリアの住民をッ―




