出発と快晴
いつもの
「……どういう状況なのだ?これは。」
宿屋で借りた大部屋の扉を開けたヒバナは困惑した様子で口を開いた。
「おかえりなさい、ヒバナ。」
「あっ、あぁ……今戻った。」
何食わぬ顔で本を読んでいたシディは、ヒバナの帰宅を受けるも、慌てる様子なく言葉を続けた。
「それで、どのような点について疑問を?」
「どのような点?……し、縛られている二人についてだ。」
余りも物怖じしない態度に、帰ってヒバナが揺らぐ。
「ヘカーテはチヨコとローディアスの指示で是が拘束したであります。対話に支障をきたしていたので、合理的な判断であると是は認識したのであります。」
真白の指先が指すのは、ベットに縛り付けられる人の姿。頭には麻袋のような物がかけられていたので正体に悩んだが、どうにもヘカーテだったらしい。
「続いてルーシフェルですが、ヘカーテからの逃走を計ったそうで、チヨコとローディアスによって捕縛されています。」
もう一方の方は、椅子に縛りつけられたものの口端からよだれを垂らして眠りこけていた。以上のことから信じたくはなかったが、部屋の中に縛られた人が二ついるというのは間違いのない出来事であった。
「チヨコは外出時にケガを負ったため、現在は療養中。ローディアスは朝の散歩に向かったであります。」
「朝の散歩?」
オウムに習ったころ、丁度背後に残した扉の向こうからコツコツと足音が二つ聞こえた。
「あっ、帰ってたんですね。」
「うむ。久しいな、ローディアス。」
扉を開けて部屋に入ってきたのは、7日前と代わり映えのしないローディアス。唯一変わってる点といえば、手に握った綱くらいだろうか。
「……それは、何だ?」
「え?あぁ、即席だけど散歩のときの首輪ですよ。はぐれちゃったら困るんで。」
散歩、はぐれる。まるで遊牧民のような言葉だと考えた脳みそは、現実的な犬か猫を連想させた。そして、そんな連想の答え合わせはほら、ご挨拶だよ。なんて軽い調子の声と共に訪れる。
「新メンバーのオミアシちゃんです。」
「うっ、魚ッ!!?」
さしもの鬼もたじろいだ。
「……という事で、僕達は魔物とやらに襲われた結果ネクロマンスの素材を見つけられず、産み出された生命を捨てるわけにもいかず、同仕様もないので馬の代わりが務まる能力が保障されているこの子を引き入れたということになります。」
「……なるほどな。」
我ながら良く順序立てて話せたと思う。が、対面で苦虫を……のような顔をしたヒバナをみて、異を唱えることは出来ない。
「ちなみに名前はオミアシだったか?」
「はい。凄い美脚なのでチャームポイントに……と。」
「チャーム、なのか?」
「ヘカーテ曰く……。」
部屋の隅に目を向ければ、胸ビレの少ししたから伸びる足は丁重に膝で折られ、正座をしながら1点を見つめる魚の姿があった。
「ネクロマンスとは、なんとも妖面な術なのだな。」
「そうですね……本人的には大成功みたいですよ。」
縛られているヘカーテの方に軽く視線を向けたヒバナは、何か思うところがあったのか少し俯いてこちらに振り直る。
「キメラ、なのか?アレは。」
「どうなんでしょう……本人が落ち着いたら聞いてみましょうか。」
落ち着いたらと口にしたものの、シディが拘束を解いていないあたり、まだまだ時間がかかりそうだ。
「……ところで、一ついいか?」
「え?どうしたんですか?」
旅立ちの日は良く晴れる。それは一種劇的なもので、心情であったり伏線であったりする。例えば新天地へ馳せる思いや新しい仲間との出会い、或は燻った現状からの脱却。
「よぉ、トイレ行ったか?こっからは野糞だぜぇ。」
「よくある事だ、気にするまでもない。」
「よいしょっと。保存食って意外と重いんですね。ところで私、肉の塩漬けって初めて食べるんですけど美味しいんですか?」
「世間一般の総評はクソまずいであります。」
「え?……う〜ん、ウチは故郷の感じがして落ち着くけどなぁ。」
「味のほどは?」
「味はぁ……感じないかな。それが一番マシな食い方的な?」
では、一つの荷台を囲むように、門前で和気あいあいとたむろする亜人種達にとってソレはどんな意味を持たせるのだろうか。
「お待たせ!手続き出来てるか確認してきたよ!」
そこに加わる男もまた、外見的特徴は他と同様であっても確かに亜人なのであった。故に彼も含めて、今日の天気は雲一つない快晴。
「手続きできてるから、とりあえず僕達は法を守って旅をできるね。」
「俺らお国の兵士様なのにな。ったく、こんな窮屈な義勇兵があるかよ。」
「まぁ、義勇兵って有志の団体だしね。愛国心が強いボランティアみたいな扱いなんだと思うな。」
なにも捻くれた考えではないが、現状が一番マシという考え方もできる。よく言うだろう、旅は予定を立ててる時がもっとも楽しいと。
「オミアシちゃんの様子はいかがでありますか?」
「一応人前に出す時は布を被せるようにしよっか。下手な誤解はされたくないし。」
「可愛いのに……残念です。」
だって空は如何様にだって変わるのだ。曇ることもあれば雨を降らせることも、雷がなることもあれば、虹が差すことも。
「準備できならさっさと乗っちまえ。名残惜しいもんもねぇだろ。」
「そうですね。フレスタットに愛国心もありませんし。」
「では、お先に乗らせて頂くのであります。」
一体何を見せてくれるのか、一体どのように変わってしまうのか。今から楽しみでたまらない。
「じゃ、ウチも乗っちゃお。」
「妾も乗るとしよう。ほら、ローディアス。」
「ありがとうございます。よ、っと。」
皆々が荷台に収まってからすぐ、その車輪は回り始めた。その様子を満足気に眺めるのは、変わらず黒に溶ける伝達者ただ一人。
「んじゃ、一旦目的地の確認でもしとくか?」
「そうだね。……えーっと、これだ。」
揺れの少ない荷台のなかで広げられた地図を、全員で囲むように眺める。
「ここがフレスタットで、ここが目的地のレアルタリアだね。」
人差し指と人差し指でそれぞれを指し示す。
「今更になるが、なぜレアルタリアにした理由を聞きたい。」
「そっか、ヒバナっちには説明してなかったね。」
羽が1枚フレスタットとレアルタリアを繋ぐように置かれたので、指を離して手振りにつかう。
「僕達が魔物に襲われた時に軽く話したんだけど、ジェネリアさんとカージェスさんって人達はレアルタリアの人達なんだって。」
軽く握った拳を左右に順番に上げていく。右がジェネリアさんで左端がカージェスさんといった具合で。
「あぁ。捕食者と……不死身の男であったか?」
「おう、そうだぜ。不老者っーらしいぞ。」
あの時の会話を再演するべく、目を瞑る。
「なんと〜、偵察部隊であるのに指示が届いていないとぉ?」
「まぁ、指示があることにゃあるんだけどな。ギルザリアの偵察ってヤツがよ。」
「ないも同義ですわね。」
呆れた様子で呟くジェネリアは、一つ思いついたように口を開いた。
「でしたら、レアルタリアにお越しになっては?」
「あぁ、ソレは良い提案ですねぇ。」
「え〜どうして?」
スンと華奢な人差し指が一本、夜空へ向かって立てられる。
「まず、既にフレスタットの遊撃隊がレアルタリアに滞在している点ですわね。言ってしまえば本隊なのですから、合流さえ出来れば指示が仰げますもの。」
「あぁ、確かにな。部隊が違うからって合流しちゃいけねぇわけじゃねぇか。」
続いて、中指が一つ。
「二つ目にアクセスの良さですわね。」
「アクセス?」
「えぇ。フレスタットからレアルタリアにはレアルタリア公道があるので、整備された道を通って訪れることができますし、レアルタリアからザレンには共同南部交易道がありますので、真っすぐ向かえますわ。ザレンはギルザリアとの最前線の国ですので、魔王討伐参加を掲げれば快く迎え入れてくれると思いますわ。」
「なっ、なるほど?」
頭の中の地図に全く線が引けていないのを悟られたのか、ジェネリアは小さく笑った。
「一先ずは、レアルタリアまでお越しになってくださいまし。その時にまた、詳しい話をしましょう。」
「うん!ありがとう、ジェネリアさん。」
パチパチと音を鳴らす焚き火の前で、そんな約束をした。




