靄(もや)13-4
「待ってくれユティン。そんなに早く歩かないでくれ。追いつくので精一杯だ」
ラフスとユティンは城下町に来ていた。二人で歩くのは何十年ぶりだろうか。
「すまない。長らく身を隠す生活をしていたからか早く歩いてしまう。大丈夫か」
少し遅れて息を切らしたラフスが追いつく。
「はぁ、はぁ。いや、いいんだ。無理もない。それに私も議員生活が続いて運動不足を改めて感じるよ」
ははとユティンは笑う。久しぶりに彼の笑顔を見た。つられてラフスも微笑む。
「街はだいぶ変わったな。いや、いい意味でだ。豊かになった」
「我々の少年時代に比べればな。だが、国民は未だ重税に悩まされている。身につまされる思いだ。私の力がまだ及んでいない」
ユティンは辺りを見渡しながら歩く。過去を思い出しているのだろうか。
「それはそうと、何処に向かってるんだ?」
ユティンは少しだけ歩を緩めた。
「幼い頃の記憶を辿ろうと思った。最初はな。でも、辞めた。ただふらふらとしてみようか、と。いや、これも悪い意味ではない。彷徨う事ではなくて、その、なんだ。しがらみの無い状態で普通の、平穏な日常を垣間見たくなった」
彼の人生はどれだけ波乱に満ちていたか。考えても想像を超えるに容易い。私自身も、国という大きな物に捉われる生活が長く続いている。こういう時間も時には必要な気がした。
「ラ、ラフス様ではないですか!いったい何用ですか。良ければうちの店に寄ってください。応援してるんですよ」
「え、ラフス様?きゃー!本物よ!ほら、あそこあそこ」
「ラフス様ー!早くトップになってもっとノアを良くしてください」
「ラフス様!うちで採れた野菜、お荷物じゃなければ持っていってくださいよ」
ラフスはあっという間に市民に取り囲まれた。ユティンはそれを見て微笑み、支持率は申し分ないなと改めて感心した。かつての自身に重ねる様に。
「失礼。貴方様はもしやユティン様ではありませぬか」
ユティンは硬直した。まずい。バレたか…どうする。真実を言うか、誤魔化すか。ユティンは恐る恐る振り返った。そこにはローブを纏った老人が居た。
「あなたは?」
そう尋ねると老人はローブのフードを脱いだ。かなり高齢に見える。頬は痩けて手指も骨張っていた。
「私は長年ラーム教会に居りました。何年かはユティン様の下で従事したこともありましたな」
ユティンはしばらく老人を眺め記憶を巡らせる。自然と眉間に皺が寄ったが、はっと思い出した。
「もしかして、[キーオ]さんですか?」
「おぉ、いやはや…ご記憶にございましたか。何とも光栄でございます。やはりユティン様か」
キーオはうっすらと瞳を濡らす。そして何度も頭を垂れながら両手を合わせる。
「先程お見掛けした時には目を疑いました。ただの空似かと思いましたが。信じるものは神ですな」
キーオはユティンがラーム教に従事し始めた際、教典や儀式など様々な知識を丁寧に指導してくれた。彼はこの街の教会で司祭の補助役を担っていた。そしてユティンはその教えを広く唱え、司祭、そして司教へと登っていく。
「あなたのおかげで私はラーム教を理解し、それを信者へ説く事が出来ました。感謝しています」
「いやいや、何を申すか。貴方様の努力と信仰心が大多数の信徒から支持を得たのです。私はそのお手伝いをさせていただいただけでございます」
キーオは出会った頃と変わらず、腰が低く寛大であった。
「あの事件で私は酷く落ち込みました。貴方ほどの方が不意討ち、そして自害されるとは到底信じ難かった。私達には知り得ない、何か巨悪に立ち向かったのではと、そう信じるしかなかった」
「キーオさん。そこまで私を思ってくれていたのですか。私には余りに勿体ない、いや、その思いに値しない行動でした。そして私のその行動によってキーオさんを始めラーム教の純粋な信徒へ多大な迷惑を掛けてしまった。その償いをするためにここへ戻って来たのです」
それを見ていたラフスは二人に近付き声を掛けた。
「ユティン。出来ればゆっくり話が出来る場所に移動したいのだがどうかな。そちらの方もお知り合いの様だし良ければご一緒に」




