ラーム教1-5
青年は左手で受け取った筆の柄を警備兵の右目に突き刺した。そしてその直後、右手でインクを受け取る前に相手の喉元を掌底で突き声帯を潰した。手錠をされていてもこれくらいは動ける。騒がれては困るし、こちらも既にほとんどの体力を消耗しているのは事実だ。最小限の動作で最大限の攻撃を確実に急所へ、そしてそれが最大の防御となる。彼の右目と声を奪えばどんなに強靭ですぐに立ち直ったとしても数分はかかる。幸い、この独房の隣は倉庫だ。拷問道具がたくさんあるのを投獄される前に確認した。いつからこの倉庫に押し込まれているかわからないが使える物もあるだろう。
一息吐いた青年は警備兵の腰元に掛かっていたキーリングを取り、自分は牢の外に出て鍵を掛けた。ありがたい事にキーリングに手錠の鍵も付いているとは、ここの警備は慢心し怠けている。
連行された時は麻袋を被せられていたのでこの部屋の位置と、そもそもこの建物が何処の何かもわからない。どれほどの規模かもわからない。しかしそんな事は言ってられない。生きて祖国へ帰るのだ。
しばらくして別の警護兵が交代を告げに牢を訪れた。そこには右目から血を流す声の出ない警備兵が居た。慌てて牢の鍵を開け、二人で部屋の外へ出ていく。そして一人が叫ぶ。
「緊急だ!捕虜が脱走した!一人やられている!医療班いるか!おーい!緊急だ!」
次第に叫び声が遠ざかる。
「そこまで遠くへ逃げてないはずだ!探し出せ!絶対に逃すな!」
ガシャガシャ、バタバタと忙しない音が聞こえる。
青年は牢の部屋にあった木箱からゆっくりと外へ出た。今はほとんど音は聞こえない。一斉に外へ出て行ったのだろう。さて、どうやってここから抜け出すか…
部屋の外は突き当たりで階段が上に伸びている。ここはこの牢と隣の倉庫しかなさそうだ。造りから見て城ではなく、駐屯地か何かだろう。と、するとこの建物から出てどのくらいで敷地を出られるかだ。そしてこの敷地から出てどのくらいで国境に辿り着けるか。国境をどうやって越えるか。あぁ、とてつもなく不可能に近い。アーク国に知り合いは居ないし、金も無く、誰かを雇って助けてもらう事も出来ない。こんな、こんな不条理があるか。なぜ私なんだ。たまたま皮革を売りに来たばかりに、母国の為、命を取られるのか…これだから宗教だの神だのは信じられない。肝心な時に助けもしない。もしも神が居るのならここで私を死なせる事で後悔するがいい。その後、私がこの世を改めて作り直してやる。肉体が滅びようとも精神はいつまでも生き続け、私の意思を継いだ者がいずれ正しい世を作り上げる。
そう、私が神になるのだ。




