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殿下に対する憎しみを燃やしてはならない。
私は憧れの聖女様のようになりたいから。
スタライト王国に伝わる、伝説の聖女の話。小さい頃から、私は伝説の聖女の背中を追いかけている。
人間の中には稀に能力者が生まれてくる。
人間、獣人、エルフ、ドワーフ、竜人。
種族が交差する中、私達人間に与えられた恩恵はその稀有な力である。魔力というものとはまた別で、人間は神様からもらったその能力をもって国を守ってきた。
「ルナ、仕方ないことをわかってくれるな。お前は不義の子なんだ。ビアンカは私達の子。殿下にはよほどふさわしい」
父とも言えぬ公爵は、私をいつもないがしろにする。昔から彼は、ビアンカのことを一番に考える人だ。パナケイア公爵家は、治癒の力を発現しやすい家系。
だから彼は妹が病弱だとわかったとき、必死になって私という存在を探し回った。
パナケイア公爵に出入りしていた使用人。それが私の母だった。母と引き離され、公爵家に無理矢理引き取られて。それからビアンカに引き会わされた。
金髪碧眼の絵に描いたような美少女は、悪魔の顔を持っているとは知らずに。私は彼女の病を必死で治したものだ。
『ルナお姉様の髪は真っ白ね。まるでネズミよ』
『赤い目なんて血みたいだし。あ、これは悪口じゃないのよ。褒め言葉だから』
可愛らしい顔で言われても無駄である。彼女は本心から悪口を言っているし、私はその言葉に耳も貸さないようにしていた。
私の容姿は不気味がられること。そんなこと、母と暮らしていた頃からとっくのうちに経験していた。
「で、お前には新たに縁談を持ってきた。喜べ、相手は獣王国のクロウ公爵家だ」
とりあえず、今回のがダメなら次の縁談話という具合に、父は適当に選んだ。否、もう私はビアンカの病を治すという役割を果たして、用済みだからできるだけ遠くへ送るつもりなのだ。私という存在は目障りで、彼らには薄汚いネズミに見えるから。
義母である公爵夫人がそういう目でいつも煙たがる。
「支度はもうしてあるからな。早く行って来い」
と言われて、私は父親の顔を一発殴る………ことなどなく馬車に乗り込んだ。
『優しいルナ。母さんのことを忘れないで。向こうに行っても、お前は立派にやるのよ』
母の言葉が話しかけて、私の拳を踏みとどめてしまう。彼女は女手一つ、私を育ててくれた。
彼女の娘でよかったと、少し思う。伝説の聖女の話をしてくれたのも、母だった。彼女は薬草を売る仕事をするかたわら、よく話してくれた。
伝説の聖女は各地をめぐり、人々の傷病を癒やしたこと。それから彼らに勇気を与えたこと。
「母様、あなたの願いを必ず叶えますから」
母が私を公爵家に奪われる時、最後にいった言葉。
『困っている人を救いなさい。種族も身分も、罪人だろうと構わずに。あなたがその力を持つ限り』
人を憎んではならない。
人は何度も間違えてしまう生き物だから。
母の薬売りは、物乞いにさえ無償で届けられていた。そんな彼女の背を見てきた私は、彼女が憧れた伝説の聖女を目標にした。
右手に宿る癒やしの力。
「大丈夫、きっとうまくいく」
だからメソメソ泣いてる暇なんてない。向こうの地で困っている人を助けるのが私の役目。
王妃教育で今まで忙しかったけど、それもなくなった今。
一つ始めることにした。
◯月✕日
獣王国で静かな結婚式をした。
私はこれから、クロウ公爵の妻となる。