12. ティント、無双。
......一体なんなんだ、この男。
ぶ厚い絶壁を、素手で掘ってきたことが、まず異常。
さらに、この状況を見たときの反応だ。
まず、ここにいるはずのない火龍を見て、恐怖心こそ見せたが驚かなかった。
そして、ここにいてもおかしくないオレを見て、飛び上がって驚いたのだ。
「ふん、たいそうな登場だな。こいつらを助けにでも来たか」
すると、魔族が不機嫌そうなトーンで言った。しかし、その唇は、裏腹に愉悦の笑みに歪んでいた。
「私は、お前のような英雄気取りが、自分の器を知り絶望する瞬間が好きでな......さて、どうする? 一手、好きにしていいぞ」
ティントは魔族の問いかけに、戸惑いを見せる。そして、オレの方に視線を移した。
「アイタナさん! ライラさんを担いで逃げてください!」
魔族がいるというのに、あまりに赤裸々な叫びだ。
普通だったら戦闘慣れしていない馬鹿だが......何か狙いがあるのか?
「......無理だ! 姉貴が妙な魔法をかけられた! その魔族に魔法を解かせないといけない!」
「......魔族!?」
ティントが目を剥いてヒズミを見る。
そうか、オレやライラは、魔族が人型ってのを知ってるが、普通の冒険者はそのことを知らない。もっとおどろおどろしい見た目だと、勘違いしてんのか。
「......とっ、とにかく、一旦リギアに戻って、仲間を呼んで来てください! もちろん俺は火龍に勝てませんが、時間稼ぎくらいはしてみせます!」
「っ、そういうわけにはいかねぇ!」
こんな無茶苦茶な登場の仕方をするティントは、やはり強い。だが、火龍と魔族二匹を相手に戦うのは、絶対に無理だ。
「ああ、もういい、くだらん」
すると魔族が、心底退屈そうに言った。
「まったく、最近の若い連中は、どうも身の程を知っていて困る......火龍。好きにしろ」
「ぐるぎゃあああああ!!!」
火龍は、喜び勇んで吠える。そして、口をめいいっぱいに開くと、球状の炎が現れ、みるみる巨大になっていく。
熱気がここまでやって来て、自分を狙ってない攻撃にもかかわらず、腹が底冷えした。
火龍の火球。その威力は、大地から噴き出すマグマを焦げ付かせるとさえ言われている。
ボブっという発射音とともに、火龍の火球が、ティントめがけて飛んでいく。ティントは固まった動かない。
「おい、ティント!!」
たまらず名前を呼ぶが、ティントは微動だにせず、迫り来る火球を呆然と見る。クソ、何やってんだあのバカ!
「ティント、逃げろ!!」
そう叫んだ時には、火球が地面に落ち、オレは熱風に吹き飛ばされた。
即座に目と口を塞ぎ、体内のダメージを防ぐ。鎧を纏っていないところがヒリヒリと焼けるように熱い。
......火龍装備で一式揃えているライラなら、大丈夫なはず。
問題はティントだ。クソ、ティントが死んだのなら、やっぱりオレ一人でこいつらを倒すしか......。
熱風が収まると、オレは立ち上がり、くず鉄を拾うためあたりを見渡した。
「......は?」
全てを燃やし無にかえす、火龍の火球。
真っ黒に染められ、変わり果てた大地。そこにぽつんと一人、素っ裸のティントが、仁王立ちしていたのだ。
「......んな、馬鹿、な」
話、あるかよ。火龍の火球だぞ。どれほどの耐久力があったとして、無傷で済むわけがない......。
「......きゃぁ!」
すると、少女の悲鳴が聞こえた。
振り向くと、魔族は、真っ赤になった顔を両手で隠し、指の間から全裸のティントを見ている。
「......き、貴様ぁ! なんてものを見せる!! この、ろっ露出魔が!!」
「......えっ、うわぁ!??!」
ティントは自分が全裸なことに気がつき、慌てて両手で自分の股間を隠す。しかし、ティントのち○こ自体が大きいので、先の方が隠し切れていない。
「かっ!? きっ、貴様っ、そうやってちょっと隠す感じでさらにいやらしく見せるとは何事か!?!?」
「えっ!? いや、全くそんなつもりはないけど?!?!」
ヒズミの意味のわからない理屈に、ティントはブンブン首を振る。魔族は角の先まで真っ赤にして、隣の火龍に叫んだ。
「火龍! その露出狂を踏み潰せ!!」
「ええ!? ちょっと理不尽すぎないか!?」
「ぐるぎゃああああああああああ!!!!!!!」
プライドを傷つけられた火龍は、猛然と叫ぶ。そして、羽を折りたたむと、巨大な爪を大地に食い込ませ、ティントに向かって弓矢のように鋭く飛んだ。
「ティント! 避けろよ、避けろ!」
オレは叫んだが、ティントはまた固まってしまっている。本当に何やってんだ、あいつは!!
大きな図体と翼に惑わされるが、火龍のスピードは四足歩行の生物の中でトップクラスだ。オレの素早さじゃ、間に合わない。
ティントが、なぜ火龍のブレスを食らって、無傷なのか。
あのぼろっちい装備が、例えば『どんな攻撃でも一回は耐える』ような特殊効果のある防具だったか、ティントが【火耐性】のスキルをレベルマックスにしているか。
どのみち、火龍の体重の乗った踏み付け攻撃を、耐えられる道理はない。
「ティント!」
火龍は、スピードそのままに、ティントを踏み潰した。
「......ぐぎゃああああああああ!?!?!?」
そして、火龍は甲高い悲鳴をあげ、前脚を高く上げた。
「......は?」
その内の片方、ティントを踏んづけたはずの右前脚が、不自然な方向にひん曲がっているのだ。
視線を、ゆっくり下に落とす。
頭の上で手を組んだティントは、やはり全裸のまま、ピンピンしていた。
「......なん、なんだ、あいつは」
意味が、わからない。なんだこれ、現実か......?
呆然とティントを見ていると、ティントの目の前にヒズミが現れた。
ヒズミが、小さな拳で軽く火龍の左前脚を殴る。ぼきん、と音を立てて火龍の足がひん曲がり、火龍が甲高い悲鳴をあげた。
「......私に恥をかかせた罰だ」
ヒズミが厳かに言う。しかし、目をぎゅっとつぶったままだ。
「私に性的な行為を強要した俗物が、まだ息をしている......こんな屈辱は、生まれて初めてだ」
「えっ、いや!? 俺はロリコンじゃないし、ひとまず女性にそんなことは絶対にしない!! その、アイタナさん、証人になっていただけますよね!?」
ティントが、クソ情けない表情でオレを見る。つい先ほど、火龍の脚を折った男とは到底思えない。
「......ロリコン? ロリコン、だと?」
魔族の声が、わなわなと怒りに震える。
「私は、誇り高い、トラントゥール家の魔族だぞ。もちろん貴様の何倍も生きている。そんな私を......ロリ、だと」
「あ、いや、ロリって言うのは語弊か......幼女体型?」
「同じだ!!! 殺す!!!」
魔族が、顔を真っ赤にして叫ぶ。そして、パパの剣を天高く掲げると、無造作に下に振り下ろした。
スパッ。
そんな軽妙な音を立て、ティントの後ろの断崖が、真っ二つに割れた。
そして、そんな攻撃を受けたティントは、それでもピンピンしていた。
「むぅ、なぜ死なん!」
憤怒する魔族は、型もへったくれもない、乱雑な剣技でティントを切る。崖が、まるで豆腐のようにボロボロと崩れ落ちていった。
しかし、その突きの連続の最中、ティントは平然と立っていた......いや、よく見れば、二人、三人......残像ができるスピードで、避けてるってことか......!?
「貴様、卑怯だぞ!! そんな狂気的なものを見せつけて、私の目を潰すとは!!」
「そ、そんなこと言ったら、俺だって両手を塞がれてるから!!」
魔族が苛立ちの声をあげると、ティントも叫ぶ。
......なんだよ、これ。オレが一切入ることができないレベルの、とんでもない戦いを繰り広げてるのに。
なんでこいつら、こんなどうでもいい会話、続けられるんだ......?
間違いなく武の極みと言える二人の攻防に、一瞬見惚れてしまう。
......見惚れてる場合か!
魔族の意識がティントに向いているうちに、ライラの元に向かわないと、とオレは立ち上がった。瞬間、魔族の連撃が止まる。
ライラに何かするつもりかと警戒したが、違う。
魔族は、拓けたティントの後方に、回り込んでいた。
明らかな隙。しかし、目を見開き、勇者の剣を振り下ろそうとしたヒズミが、ピタリと固まる。
多分だが、ティントの開いた股から、ち○こと金玉が丸見えだったんだろう。
「ティント、後ろだ!!」
オレが叫ぶと、ティントがとんでもないスピードで振り返る。
バッチィィィィィィンッッッッッッッ..................!!!!!!
その時、何かが破裂したような爆音がして、ヒズミが吹っ飛んだ。
「......えっ、えっ、えっ」
ティントは、何が起こったかわからないのか、戸惑いの声を上げている。しかし、オレは確かに見た。
振り向きざま、遠心力で浮いたティントのち○こが、魔族の頬を思いっきりブったんだ。
「......滅ぼす」
少しの沈黙の後、頬を抑えた魔族が、ぷるぷると震えながら、ポツリと呟く。
「人類全員、滅ぼしてやるううううううううう!!!!!!」
魔族の叫びが、ゴブリンの森にこだました。
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