事件2
ナイゼルは腕を組んで教壇の上に立ち、鋭い目でワープを睨み付けている。
ワープは縮こまり、彼の怒声に備えて身構えた。
「ワープ・セベリア。私は君の依頼で、貴重な朝の時間を割いて補習を受けさせてやろうとしたんですよ。それを君は恒例行事のセイル・アインとケット・ヘレンスの試合などを見るためにすっぽかした。君は授業の成績こそ悪いが、そういった真面目さは持ち合わせていると思ったんですがね。大体…………」
長々と辛辣なお説教から始まった1日の終わりを告げる鐘が鳴った。
途端にワープはこてんと机に頭を乗せる。
いつもより余計疲れた。
今日も今日とて授業はちんぷんかんぷんだし、作法の時間では以前のように大失敗はしなかったものの、縫い物ひとつ満足にできなかった。
(明日は絶対に補習に遅刻しません)
固く誓い、ワープは自らに気合いを入れて起き上がる。
それにしても、セイルたちの姿が見えない。いつもなら授業の終わりと共に温室に誘ってくれるのだが。
(騎士候補生ですもの。忙しいのですね、きっと)
少し寂しい気持ちを押し殺したとき、ワープの中に閃くものがあった。
(そうだ。紅茶を淹れて待っていて差し上げましょう)
リフィル直伝の紅茶の淹れ方にだけは、少し自信があるのだ。
いいことを思い付いたので、ワープは早速温室へ向かおうと立ち上がる。
そのとき、
「あのぅ。ワープ・セベリアさん、いらっしゃいますか?」
おずおずとした声が聞こえた。
見ると遠慮がちに教室を覗く女子生徒の姿がある。
「はいっ。私がワープです」
あわてて返事をしながら、ワープは嬉しさと緊張で瞳を輝かせる。
セイルたち以外の生徒、それも女子生徒から声をかけられるなんて初めてのことだ。急いで彼女の元へ行き、用件を尋ねる。
長い茶髪を高い位置でひとつに束ねた、おとなしそうな少女だった。彼女はワープの瞳を見つめて少し気圧されたように身を引き、それでも丁寧な口調で話してくれた。
「セイルさまたちが、すぐに図書館棟へ来るようおっしゃっていました。私はその言伝てを頼まれたのです」
「図書館棟、ですか?」
少女は頷く。
「なんでも、見せたいものがあるとか」
ワープは目を瞬く。
見せたいものとはなんだろう。急いで呼びつけるなんて、余程大切な用事に違いない。
「ワープさんは学園内の設備をご存じありませんわよね。よろしければ、私がご案内致します」
流石名門フィリエット学園の生徒である。完璧な礼儀正しさでそう言われ、ワープはすっかり感激してしまった。
「助かります!!どうもありがとうございます」
仮にも次期祈りの巫女。立場としては上の人物に深々と頭を下げられ、驚いたのは少女の方らしかった。
それでも礼儀正しい令嬢の態度を崩さず、彼女は穏やかに
「私、ナターシャ・クレットといいます。よろしく」
握手を求められ、ワープはどぎまぎしながら応じる。
同じ年頃の女の子と話すことに慣れていないので、どうしたらよいのかわからない。けれどナターシャの態度はとても好意的で、ワープの緊張も次第に溶けていった。
「図書館棟は学園内でも外れにあるんです。急ぎましょう」
そう言うと、ナターシャは早足で歩き出した。あわてて後を追うワープ。
そんなふたりの姿に、女子生徒たちの視線が注がれていた。
広大な中庭を抜け、ナターシャは迷うことなく学園内の林の中に入っていく。その後を小走りに追いかけ、ワープは少しの不安を感じていた。
人気のない林の中。ここに図書館棟などあるのだろうか。もし今神落としに襲われでもしたら、娘ふたりではどうすることもできない。ナターシャまで巻き込んでしまう。
こんなところに呼び寄せるなんて、なんとなくセイルたちらしくない。
そのとき、木々の切れ目から大きな建物が覗いた。
「着きましたわ」
それは石造りの塔だった。時計塔ほど高くはないが、重々しい雰囲気が歴史を感じさせる。かなり古い塔だ。不気味ささえ感じさせる。
「ここですか……」
人が居るようには見えない。木の扉は腐りかけ、長い間使われていなかったように感じられる。
「はい。中にお入りください」
促されるままに、ワープは扉を開いて塔に足を踏み入れる。
とても暗い。埃っぽく、蜘蛛の巣までかかっている。どこも綺麗だった学園の施設とは、とても思えない。
そのとき、突然背後で扉が閉まった。完全に光がなくなり、辺りは真っ暗になる。
「きゃあっ!?あ、あの、あの、ナターシャさま?」
あわててナターシャを呼ぶが、返事はない。扉を開こうにも、向こう側から錠がおろされてしまったらしく、びくともしない。
「どうして……」
途方に暮れ、ワープは弱々しくへたりこんだ。
どうやら閉じ込められたらしい。ナターシャは最初から、自分をここに放り込もうとしていたのだろうか。
じわ、と涙が込み上げてくる。ワープは首を激しく振り、それをこらえた。
(祈りの巫女は、泣いては駄目)
ラインの言葉を思い出す。
とにかく外に出なければ。ワープは立ち上がり、扉を激しく叩いた。
「誰かっ、誰かいませんか!!」
必死に声をあげて助けを求める。だが、人気のない場所だけに見つけてもらえる望みは薄い。
それでも一生懸命扉を叩いていると、上方からなにやら物音が聞こえた。何かが落ちるような、ガタンという音。途端に動きを止め、ワープはそぉっと天井を伺う。
2階に、誰かいるのだろうか。
恐怖に捕らわれ、ワープは膝を抱えて縮こまる。
(怖いです、怖いですっ!!誰か来てくださいぃぃ!!)
気絶寸前になりながら、ワープは心の中で訴え続けた。




