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神の吹かせる風  作者: わた
19/92

休日の学園にて

静かで穏やかな空気の流れる校長室は、そこだけ時間が止まっているかのようだった。


普段はエルミタージュが書類に書き込みをする音か、彼の為にルルがお茶の用意をする音しか聞こえないのだが、今日は少し違っていた。


いつも書き机に向かっているエルミタージュはソファでくつろぎ、その向かいには黒髪黒眼の少年が座っている。


「どうですか、彼女は」


紅茶の香りを楽しみながら尋ねる。


「次期祈りの巫女に会ったのでしょう?」


ラインは穏やかに微笑んでいるエルミタージュを見つめる。


「リフィルの弟子とは思えない人物だ」


その答えに、エルミタージュは笑みを深くする。


嘘をつかない彼のことだ。それが全くの本音なのだろう。


「彼女は良い巫女になると思いますか?」

「それはわからない。だが今のままでは決して良い巫女とは呼べない」

「今後の努力次第だということですか?」

「そうだな」


エルミタージュは満足して頷く。


「そう言ってくれて安心しました。少なくとも良い巫女になる可能性はあると、君は思ったのですね?」

「そんなもの、誰だって可能性はあるだろう。活かせるかどうかだ」

「ワープ・セベリアの人間性は、どう思います?」


そこで、ラインは少し考えた。


「……要領はよくない。器用でもない。周りに振り回される。それにすぐ傷つく。いたって損な性質だ。巫女に向いているとは言えないな」


あまりの酷評に、エルミタージュは苦笑する。これも彼にとって全くの本心なのだから、否めない。


「では。君は彼女を護る巫女の騎士になろうと思えるでしょうか」

「…………」


ラインは目を閉じ、ソファにもたれかかった。しばらくの間静寂が校長室を包む。


「ワープ・セベリアがどうあれ」


やがてラインが静かに口を開いた。


「俺が騎士となることを、貴方とリフィルが望むなら」


エルミタージュは黒づくめの少年を、深い優しさを称えた目で見つめた。


「私たちの望みは、君が自分の意思で自らの道を決めることです」


ささやくような言葉。


ラインは思い深げにテーブルの上のティーカップを見つめる。


「俺にはまだわからない。自分の好きなように生きるというのが、どういうことなのか」


淡々とそう言うラインに、エルミタージュは思い深げな顔を向けた。


「君はワープさんのことを損な性質だと言いましたが、それは君にも当てはまりますね」


訝しげにエルミタージュを見るライン。


「君はなぜ自分を幸せにしようと思わないのでしょう」


老人の目は、まるで愛しい孫を見るような優しいものだった。


だがそのまなざしを受けても尚、ラインの表情が和らぐことはない。


「俺が、俺自身を許していないからだ」


黒の瞳はどこまでも深い。


その瞳を、エルミタージュは哀しくやるせない思いで見つめる。それでも次には笑顔を浮かべ、どこまでも優しく語りかけた。


「ワープさんは君のことを、優しい人物だと思ったみたいですよ」

「…………」

「君と彼女が、お互いに良い影響を与えてくれるのなら、それこそリフィルの思惑通りです」


紅茶のおかわりを注ぎながら、エルミタージュは穏やかに言う。


ラインはソファに身を預け、天井を見上げた。


ワープ・セベリア。


あの不安げで頼りない少女の姿が目に浮かぶ。


「あの子を守りたいと、君が思ってくれたら嬉しいのですがね」


エルミタージュはいたずらっ子のように笑う。


「ついでに授業もきちんと受けてくれたら、担任教諭の胃炎も和らぎます」

「…………」


ラインはため息をついた。


「貴方は本当に、俺に騎士候補生としての資格があると思っているのか」

「ええ思っていますよ。君は素晴らしい騎士になります」


きっぱりと言い切られ、ラインは目を瞬く。それからバツが悪そうにそっぽを向いた。


「……俺はそう思わない」

「ではそう思えるようになるまで、私は気長に待ちましょう」


穏やかに紅茶を飲み続けるエルミタージュ。その顔を睨み付けるように見つめ、ラインは深くため息をついた。

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