第1節
1 予兆
この星から色という色が消えた。それは、誰もが「圧倒的な白」と言わざるを得ないほどに。
北方県択捉島の東。小高い山から見えるコンクリートのような極厚の流氷は、まるでオホーツクの小さな大陸そのものだった。
時計の針は午前2時を過ぎたころだったが、この場所では普遍的な「時間」という概念は意味を持たなかった。
氷点下25度の世界は、激しく咆哮する猛吹雪により視界と音が奪われ、数メートル先でさえ濃密なミルクの中と化していた。
時々、雪山の崖から落ちてくる塊が装甲を叩く。それは、戦いへのカウントダウンのように頻度を上げていった。
「当該船舶が領海付近に侵入。発信源は… 不明。 通信を人為的に秘匿している暗号化方式とみられる。 しかし、周波数と船舶識別はロシア海軍の特別部隊である
グラードと一致。目標は本島東岸に接近。 これより、目標船舶をアルファと呼称する。 …アルファ、時速41ノットで航行。接岸まで、およそ18分。
沿岸からの距離、およそ21㎞。」
モニターに映る高精度熱源マップや専用レーダーとともに、低く平坦な声が【アバランチ】に響き渡る。
アバランチーー。
正式名称、「8輪雪上強襲車」。 この特別車輌の中には、文字通り、雪原や猛吹雪でも高精度に熱源を探知する「高精度熱源マップ」や、周辺海域の
不明船舶を即座に探知できる「不明船舶探知レーダー」など、日本の最先端技術を結集させた機器が搭載されている。装甲はどんな徹甲弾までも防ぐ特殊装甲となっていた。
原が淡々と放った択捉の現実… 「ロシア特別部隊の急襲」 を、腕を組んだ大野原は、重く受け止めた。
五十路という概念を置き去りにするほどの若い体躯、寒さでひきつった眉間のシワ。
大野原の左手には、冷めかけのブラックの缶コーヒーが握られている。
すでに意味をなしていない缶を、わずかの熱を求め強く握る。
「…臨検ではないようだな」
その声は、腹の底に刺さるような重みをもっていた。
「東局長からの直接の指示だ。今回の事案において、逮捕の二文字は存在しない。……『排除』しろ、と」
小松のため息交じりの言動に、作業中の花御の手が、一瞬不自然に止まる。
だが、次の瞬間には何事もなかったのように、小銃のマガジンの装填音が鈍く、重く、車内に響き渡る。
過去の任務で深い傷を負った花御に、いまさら驚く素振りはなかった。
車内の空気が、一斉に戦闘時のそれへと変質する。




