3話:【浸食】―― 魏呉国境のゼロデイ攻撃 (与太彦による造船技術の窃取と、魏の情報の書き換え)
第六章:【震】 ── 接触と覚醒
第3話:陸遜の包囲網と「設計図」の露呈:呉ルート
長江デルタ、深い霧に包まれた農村。
与太彦は、泥に塗れた懐に「稲の種」と「発酵菌の器」を固く抱き、一艘の小舟を闇に滑り込ませていた。呉の軍事ドックで盗み出した「竜骨の歌(設計データ)」は、すでに彼の脳内で倭国の次世代艦隊を形作る確信へと変わっていた。
だが、静寂を切り裂くように、背後から無数の松明の火が水面を照らし出す。
呉の若き名将・陸遜。彼が率いる精鋭艦隊が、音もなく逃走路を塞いでいた。
「逃がさぬ。貴殿が残した『竜骨の比率』……あれを理解し、呉の『不備』を指摘できる男を、生かして外へ出すわけにはいかぬのだ」
陸遜の声が霧に響く。彼の布陣は、長江の潮の満ち引き、風向き、そして河床の深さを完璧に計算し尽くした、文字通りの「脱出不能なアルゴリズム」であった。与太彦が手にした呉の軍事機密は、本人の命と共に水底に沈むかに見えた。
「へっ、さすがは陸遜の旦那。完璧すぎて隙がねぇ……」
与太彦は不敵に笑い、小舟の底を掴んだ。その時、懐の算木が激しく「震えた」。
それは、数千里離れた天竺で阿知寝が「零」の概念を掴み、洛陽で卑弥呼が曹丕の懐を抉った、あの知の同期信号。
(……これだ。完璧な計算ってなぁ、『変数のゆらぎ』に弱いんだよ!)
阿知寝から転送された天体運動と「零」を用いた引力演算。与太彦はそれを利用し、潮が満ちる寸前、水の流れが「0(静止)」になる一瞬の停滞と、その直後に生じるわずかな逆流の穴を見定めた。
陸遜の設計図には存在しない、物理法則の「特異点」。
「あばよ、旦那。計算に『空』を入れ忘れたのが、あんたの敗因だ!」
与太彦が櫂を突き立てると、小舟は混乱する潮流の糸を縫うように、陸遜の完璧な包囲網を脱兎のごとく滑り抜けた。設計上の「死角」を突かれた呉の艦隊は、急激な潮位の変化に翻弄され、互いに接触を避けるのが精一杯となる。
闇夜の彼方へ消えていく小舟の中で、与太彦は確信していた。
盗み出した呉の竜骨、そして倭国の土壌を書き換える稲の種。それらが対馬で「零」という新OSと合流した時、邪馬台国はもはや大陸の影ではない、唯一無二の「理」を持つ国家へ覚醒することを。




