夫婦の未来⑥
夜の寝室。
窓の外には高層階の夜景が静かに広がっている。
部屋の空気は重く、まだ商談の余韻と、あの“子ども”という言葉が残っている。
控えめなノック。
佐川「……軽食をお持ちいたしました」
夫「入れ」
扉が開き、佐川がトレイを持って入る。
温かいスープ、軽く焼いたパン、小さなサラダ。
テーブルに静かに置くと、夫が低く言った。
夫「もういい。すぐに下がれ」
佐川は一瞬だけ顔を上げる。
佐川「……はい、旦那様」
夫「今日はもう仕事は終えていい」
淡々とした口調だが、はっきりとした指示。
佐川の瞳がわずかに揺れる。
佐川「かしこまりました。おやすみなさいませ」
深く一礼し、静かに部屋を出る。
扉が閉まり、二人きりになる。
夫は妻を見つめる。
夫「少しでも食べろ」
低く、静かな声。
妻は視線を落とす。
妻「食欲が……」
夫「分かっている」
遮るが、強くはない。
夫「全部でなくていい。ひと口でいい」
妻はスプーンを持ち上げる。
震えないように、ゆっくりと。
スープを口に運ぶ。
妻「……温かいですね」
夫「そうだ」
短い返事。
だがその目は柔らかい。
妻はもうひと口。
静かな時間が流れる。
やがて夫が不意に言った。
夫「今度の休みだが」
妻が顔を上げる。
妻「はい?」
夫「......近くに猫カフェがあるらしい」
唐突な提案。
妻は目を瞬かせる。
妻「猫カフェ……?」
夫「ああ」
妻「あなたが、猫カフェ?」
夫「悪いか」
妻「いえ……ただ、少し驚きました」
夫は椅子にもたれ、淡々と続ける。
夫「気分転換になる」
間。
夫「行かないか」
妻の目がゆっくりと潤む。
妻「……行きたいです」
素直な声。
妻「本当に?」
夫「本当にだ」
短く、確かに。
妻は小さく笑う。
妻「ありがとうございます」
夫「礼は要らない」
再び沈黙。
スープの湯気が揺れる。
妻はスプーンを置き、そっと夫を見る。
妻「……もうひとつ、お願いしてもよろしいですか」
夫「何だ」
妻は迷いながら、しかし逃げずに言う。
妻「今夜は……朝まで、一緒にいていただけませんか」
小さな声。
妻「ひとりでいると、考えてしまいそうで」
夫は即座に立ち上がる。
夫「来い」
それだけ。
妻の肩がわずかに震える。
ベッドへ移動する。
妻は横になり、少し距離を置く。
夫が腕を伸ばす。
夫「遠い」
低く言う。
妻は素直に寄る。
胸に額を預ける。
規則正しい鼓動。
妻「朝まで……離れませんか」
夫「離れない」
迷いのない声。
夫は妻の背に手を回し、ゆっくりと撫でる。
夫「何も考えるな」
妻「……はい」
妻の呼吸が少しずつ落ち着く。
猫カフェの約束。
温かいスープ。
確かな腕。
夜は静かに更けていく。
二人は寄り添ったまま、朝を迎える準備をしていた。




