表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終わらぬ転落  作者: ありり
64/82

夫婦の未来④

寝室の扉が静かに開いた。


廊下の明かりの中に、夫の姿が現れる。

ネクタイは外され、表情はいつもの冷静さを取り戻しているが、どこか柔らかい。


リビングでは、佐川が最後のグラスを拭いていた。


足音に気づき、すぐに振り返る。


佐川「……旦那様」


夫「片付けは終わったか」


佐川「ほぼ、完了しております。床も拭き直しました」


夫「厨房は」


佐川「これから最終確認をいたします」


夫は数秒、室内を見渡す。


夫「そうか」


その一言に、佐川は小さく息をつく。


佐川「ありがとうございます」


夫「佐川」


佐川「はい」


夫「軽食を用意しろ」


佐川はわずかに目を上げる。


佐川「……軽食、でございますか」


夫「量は多くなくていい。温かいものを」


佐川「奥様も、召し上がりますか」


夫「ああ。俺の分も用意しろ」


短く答える。


佐川「……承知いたしました。何をご用意いたしましょうか」


夫「消化にいいものだ。胃に負担のかからないものにしろ」


佐川は一瞬だけ考える。


佐川「スープと、少量のサンドイッチではいかがでしょう」


夫「任せる」


佐川「お時間は」


夫「出来上がり次第、寝室へ持って来い」


佐川は小さく頷く。


佐川「かしこまりました」


夫は続ける。


夫「ノックは二回。返事があってから入れ」


佐川「……はい」


夫「あいつは休んでいる。音を立てるな」


佐川「承知しております」


一瞬、沈黙。


夫は低く付け加える。


夫「今日のことは、口にするな」


佐川の手が止まる。


佐川「……心得ております」


夫「余計な気遣いも不要だ」


佐川「はい」


夫「お前は、仕事だけしていればいい」


その言葉は冷静で、揺れない。


佐川「……承知いたしました」


夫は踵を返す。


数歩進んで、立ち止まる。


夫「佐川」


佐川「はい」


夫「スープは熱すぎるな」


佐川「……適温にいたします」


夫「そうしろ」


再び寝室へ向かう足音。


扉が閉まる。


リビングに静寂が戻る。


佐川はゆっくりと息を吐き、エプロンの紐を締め直す。


佐川「……軽食」


小さく呟く。


寝室の向こうでは、二人が同じ空間にいる。


自分は入れない空間。


佐川は厨房へ向かう。


鍋に火を入れる音が、静かに夜へ溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ