第57話 運命とか、必然ってやつ
紫呉が元気になってから、一週間ほどが経った。
つきしろ骨董店の窓から見える空は、雲一つない快晴で、室内から見ているだけでも気分がいい。
店には、今日も慣れた様子で書類整理をする湊の姿があった。
今、店内にいるのは湊と紫呉だけである。
レジカウンターの上に書類を広げている湊が、少し離れた場所でのんびり商品を並べている紫呉の様子を窺う。
今日の紫呉は青いエプロンをつけて、眼鏡をかけていた。
紫呉曰く、「今日の占いでラッキーアイテムが眼鏡だったから」らしいが、本当に眼鏡をかけるとは。
紫呉が占いを真剣に信じていることを知る湊だが、それでも少々呆れざるを得ない。
ちなみに、紫呉の視力は裸眼で車の運転ができるくらいにはいいので、もちろん度なしのものである。
「こんな日もあろうかと、買っておいて正解だったな!」
アルバイトに来た湊がいつもと違う姿に驚いて指摘すると、紫呉はそう言って、自慢げにふんぞり返ったのだった。
鼻歌を歌いながら商品を並べる紫呉をぼんやり眺め、湊は思う。
(でも、やっぱり見た目だけはいいんだよなぁ。今日は眼鏡のせいでちょっと知的にも見えるし。何だか悔しい……)
自分もあんな風になれたらいいのに、などと考えながら、紫呉の顔をちらりと見上げた。
それから、湊の口からふと零れたのは、眼鏡とは全然違う話題である。
「……何でおれは霊が見えて、話もできるんでしょうね」
独り言のように紡がれたそれに、紫呉がすぐさま顔を湊の方へと向ける。
「俺には原因とか詳しいことはわかんねーけど、何かしらの意味はあるんだろうさ」
「意味、ですか?」
紫呉の顔を見つめつつ、湊が首を傾げた。
これまで自分の持っている能力に意味があるなどとは、考えたこともなかったのである。
少し前までは、ただ邪魔なだけの疎ましいもの、そう思っていたのだから。
「そう。この世界には無意味なものなんてねーんだよ」
しっかりと頷いてみせた紫呉は、商品を棚に戻してレジカウンターの方へと足を向ける。
「そうかもしれないですね」
「だからお前の瞳の青と俺のペンダントの青にも、きっと何らかの意味や繋がりがあるんだろ。あと、シュウの数珠みたいなやつの青もな」
湊の傍へと戻ってきた紫呉が、空いている椅子に深く腰を下ろして、腕と足を組んだ。
シュウからすれば、湊や紫呉と一緒にされたくないと思うかもしれない。だが、霊に関するものにこれだけ青ばかりが重なるのも、確かに珍しい気がした。
「ああ、全部青いですもんね。これだけ共通してると、やっぱり何か意味があるのかもしれないって思っちゃいますね」
「俺はそう思ってるけどな」
「じゃあ、やっぱりおれの能力も何か意味があるのかな……」
湊が無意識に視線を落として呟くと、隣からは紫呉の真面目な声音が聞こえてくる。
「少なくとも、俺にとってその能力は必要なものだ」
「そうですね。おれがいないと紫呉さんは霊が見えるだけで何もできないですから」
顔を上げた湊がわざといたずらっぽい笑みを浮かべると、次にその耳に届いたのは、意外にも優しい言葉だった。
「まあ、そういうことだ。だからお前がいなくなると困る」
軽く瞼を伏せながらも素直に肯定する紫呉に、湊は一瞬だけ瞠目した。
てっきりいつものように文句が返ってくるかと思っていたので、少々拍子抜けしてしまったのである。
柔らかく包み込むような、紫呉の声。それは、湊の心の中をふわりと温かいもので満たし、くすぐったい気持ちにさせる。
思わず頬が緩んだ湊は、今思っていることを、小さな声でゆっくり口にした。
「おれが霊と関われるようになったのは、もしかしたら紫呉さんたちに出会うためだったのかもしれませんね」
「運命とか、必然ってやつか?」
紫呉がにやりと口角を上げると、湊は穏やかに微笑んでみせる。
「そんな大層なものじゃないかもしれないですけど、そうだったらいいな、って今なら思います」
「そうだな。俺もそうだったらいいと思う」
紫呉の笑みが屈託のないものに変わった。
大きく頷くその姿に、また湊の心が温かくなる。今度は身体ごとしっかりと紫呉に向き直った。
「おれ、紫呉さんたちのおかげでこの能力を好きになれたような気がします。もし紫呉さんに出会えてなかったら、今もずっと嫌いなままだったと思うんです」
「じゃあ、俺の功績が大きいってことだな」
「うーん、それはどうですかね?」
あえて意地悪く言う湊に、紫呉が組んでいた腕をほどき、腰に当てる。
「お前は相変わらず失礼なやつだな」
「それは相手が紫呉さんだからですよ。でも、『おれはおれのままでいいんだ』って思えるようになったのは、紫呉さんのおかげかもしれないですね」
「そっか、ようやく自分の存在をちゃんと認めたか。それなら、これからもよろしく頼むわ」
紫呉が右手を差し出してきたので、湊も同じように出して、きつく握り合った。どちらからともなく笑い合う。
そこで店のドアが開いて、桜花が顔を出した。胸にはツムギが抱きかかえられている。ちょうど外で遊んでいたツムギに会って、連れて帰ってきたのだろう。
「あ、桜花ちゃん。ツムギもおかえり」
「うん、ただいま」
湊が優しく迎えると、桜花はいつもよりも心なしか弾んだ声を返してくる。
「よし、これで全員揃ったな。湊、桜花、今日も頑張れよ」
「そこは紫呉さんも頑張ってくださいよ!」
「俺はいつも頑張ってんだから、たまには休んでもいいんだよ」
すかさず湊がツッコミを入れると、紫呉は偉そうに胸を張って、無邪気に笑った。
「まったく、さっきまではあんなに真面目なこと言ってたのに……」
紫呉の様子を呆れたように眺めながら、湊はふとこれまでのことを振り返る。
ここに来てからの毎日は、決して楽しいことばかりではなかった。けれど、今ではすべてが愛おしい日々だったと思える。
きっと、それはこれからも変わらないだろう。
何気なく紫呉の顔を見やると、目が合った。細められたその目につられるようにして、湊も一緒に破顔したのだった。
【了】




