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第十四話


 購買に寄ってパンを買う。リアムと話したせいか、なんとなくコロッケパンを選んでしまった。


 第二棟に戻る途中で、リアムが履修している魔法工学の教授に出会う。おそらく四十歳前後、まだ若々しい教授は今日わたしの薬を確認してくれたうちの一人なので、声をかけて頭を下げた。


「先ほどはありがとうございました」

「いいえ、素晴らしい研究でしたよ。お兄さんに報告はできましたか?」

「それが……学生課にある魔法通話機が使用停止になっていて」

「おや。故障でしょうか」

「かもしれません」


 あとで見ておきましょうと言って、教授は四角い眼鏡のずれを直した。


「僕の研究室にある通話機を使いますか?」

「いえ、やっぱり顔を見て伝えたくなりましたので。お気持ちだけ感謝いたします」

「そうですか」


 いかにも真面目そうな教授は、それではとわたしの横を通り抜けていった。早速学生課に向かってくれているのかもしれない。あんな真面目そうな人の授業をリアムが受けていると思うと少し意外だ。「好き勝手やってる」としか聞いていないけど、どんな研究をしているんだろう。


 たしか、魔法工学も人気がないと聞いた。前期はまだ数人の履修者がいたようだけど、後期に入ってからはリアムと聴講生の二人だけだという。


 前世で機械音痴だったからという理由で避けてしまったけど、わたしも授業を受けてみればよかったかもしれない。そうしたらもっとリアムと一緒にいられたし……と、考えて首を振る。だめだ、研究の成果が出て完全に気が緩んでいる。学校は勉強をするところ!


 自分に言い聞かせながら研究室に戻ると、おじいちゃん先生が「おかえり~」とのんびり笑った。


「お兄さん喜んでたでしょう」

「それが、魔法通話機が使用停止で」

「おやおや」


 魔法工学の教授と同じ会話をする。


「あの、まだここにいてもいいですか?」

「構わないけど……早く帰ってお兄さんに伝えてあげた方がいいんじゃない?」

「兄も仕事で夜まで帰らないので」

「ああ、そっか。そうだよねえ。じゃあお迎えの時間まで好きに使って」

「ありがとうございます」


 僕はちょっと疲れたからお茶してくるねえ、と先生は出ていった。カフェテリアのレモンティーがお気に入りらしいので、たぶんそこだろう。


 研究室の机はあらかた片付けてくださっていた。魔法で効果が付与された魔力補助薬の小瓶だけがいくつか並べて置いてある。これは今日持ち帰ってお兄様に預ける分だ。


 お兄様のところでも研究してもらい、治験にまで持っていけたら、量はもっと必要になるだろう。今学期の残りは薬を量産しなければならないかもしれない。リアムが持ってきてくれた花はこの辺りだと育ちにくいみたいだから、そのあたりのことも考えないといけないし、課題はまだ山積みだ。それでも、今日ばかりは手放しに喜んだっていいだろう。


 帰ったら、お兄様はもちろんだけど……お父様も褒めてくれるかな。少しくらいは我が家の立場にもいい影響をもたらせるかもしれない。そんなものがなくたって、二人はきっと抱き締めて頭を撫でてくれるだろうけど。


 口元がふにゃふにゃ緩んでしまいそう。そうだ、パン食べよう。いい加減本当にお腹が空いたと紙袋を開いたときだった。


「おい」


 ノックもなしに、研究室の古い扉が開いた。びくっと肩が震えたのは驚いたからだけじゃなくて……声だけで、その相手がわかったからだ。


 恐る恐る部屋の入り口に目を向けると、案の定意地の悪い顔をした第二王子、ジェラルドがいた。わざわざこんなところにまで来るなんて……嘘でしょ。


 第二王子は、アイリーンとどうこうなる以前に、もともと魔法に一切興味がない人だ。魔法なんてそのうち廃れると言い切っていて、王族だけど魔法を使う訓練すら拒否してきたらしい。学園での専攻も経済学だと聞いたし、そういう人気の講義はほとんど第一棟で行われるから、彼が第二棟に来るとは思わなかった。第二棟に追いやられているのは魔法に関する学問ばかりで、用事も興味もないだろうに。


 実際、これまで第二棟で彼の姿を見たことはない。だからといって鍵もかけずに一人で呑気に食事にしようとしていたのは迂闊だった。やっぱり気が緩んでいたと反省するのは後回しで、とりあえずなにか言わなきゃ……。


「……ジェラルド、様。なにか御用でしょうか」

「冷たいな、以前言った言葉を忘れたか?」


 ──……忘れるもんか。わたしの態度次第で、大事な家族に影響が出る。だからわたしは今こんなに震えてるんだ。


 ぐっと拳を握る。せめて怯えた様子は見せたくない。でも、どうしよう。狭い研究室の出入り口は、第二王子がいるひとつだけ。わたしの後ろに窓はあるけど、ここは二階。逃げ場はない。今度こそ彼の言いなりになるしかないのだろうか。


 なにかあったら呼べよというリアムの声を思い出す。……助けて、ほしい。けれどそう何度も都合よく彼が気付いてくれるはずもない。用事があると言っていたし、もしかしたらもう帰ってしまっているかもしれない。傾き始めた陽の光が、薄い窓から部屋の中に射し込んでいる。


 絶望的な状況で、わたしは返事もできなかった。駄目だ、やっぱりこういうときに上手く切り抜ける方法を知らない。黙っているとまた第二王子の機嫌を損ねるかもしれないと思ったけれど、意外にも彼は「まあいい」と笑ってみせた。その笑顔はえらくご機嫌に見える。


 第二王子はゆっくりわたしに近付いてきた。コツコツと靴底が鳴るたびに、絶望が近付いてくる。彼の腕がゆっくり伸びてきて、この前と同じようにわたしの顔を掴むかと思いきや……その手は、机の上の小瓶を掴んだ。


「お前、これを俺に寄こせ」

「…………は?」


 第二王子は小瓶を持ち上げ、ちゃぷちゃぷと振って音を立てた。


「ど、どうして……それはその、ただの魔力補助薬で……」

「お前が魔法で効果を付与した新薬、なんだろう? 自身の魔力をも体内に留めておけるとかいう」


 ──……どうして。なんで、この人がそれを知っているんだろう?


「さっき中庭で話していただろう。薬が完成したと」


 リアムとの会話だ。聞かれていたんだ……でも、あのときは効果のことなんて口にしなかったのに。みなまで言わなくてもわたしがどんな薬を研究していたか、リアムは知っているからだ。


「お前、あれ以来俺を避けていたな? 気に食わなかったから、お前が完成させたという薬とやらを黙って捨ててやろうかと思ったんだが……この部屋に来たら、まだ中に人がいた」


 先生たちだろう。なるほど、その会話を盗み聞きしたというわけね。


「……お聞きになったならおわかりかと思いますが、それは魔力欠乏症の方向けの薬です。ジェラルド様にはご不要かと」

「馬鹿だな、俺が飲むわけじゃない」


 彼はさらに口角を上げる。


「俺が作ったことにする。それも『魔法を使わずに』だ」

「は、い……? なにを、言って……」


 理解ができない。混乱するわたしの様子がおかしいのか、第二王子はくつくつ笑った。


「俺が作ったと言って、明後日の学術発表会に出す」


 学術発表会は、毎年四月に行われる学園内の行事のひとつだ。その年の卒業生の中から秀でた研究を行った者が選ばれ、在校生の前でその研究について発表する。当たり障りのない内容で、ただの退屈な学校行事として終わる年もあれば、お兄様のときのようにとんでもない研究発表がなされて学外まで話題が及ぶ年もある。わたしも、研究がうまくいったなら来年は登壇したいと思っていた。その学術発表会に、この人が……?


「どういうこと、でしょうか」

「だから、俺の手柄にするんだよ。卒業前に箔がつくだろう」


 それは理解できる。学園内で目立った研究をしたとなれば世間に認められるし、第二王子を次期国王にという声も強くなるかもしれない。


「で、ですが、魔法を使わずに作ったなんて……すぐにバレます」

「なあに、数年持てばいい。治験だなんだと言い訳しているうちに、いずれ科学が追い付くさ。それまではお前がこっそり作り続ければ問題ないし……愛する家族のためなら、それくらいできるだろう? 家の話を持ち出した途端、この前も身動きひとつしなくなった」


 第二王子のいやらしい笑みが深くなる。この人はやっぱり、家族を使ってわたしを脅そうっていうんだ。


「俺はアイリーンとの婚約が決まった。気が強いのが玉に瑕だが、まああれも悪い女じゃない。彼女が卒業したら結婚することになるだろう。お前のことは側室にでもしてやる。それでお前の家の地位も多少はマシになるさ」

「……その代わり、黙って薬を作り続けろと? もし何年経っても薬が科学で再現できなかったらどうするおつもりなのですか」

「大丈夫だろ、科学の発展はめまぐるしい。それに……お前には、天才の兄がいるだろう?」

「お兄様……?」

「随分とお前を可愛がっているそうじゃないか。可愛い妹のためとなれば、死に物狂いで開発するだろうさ」


 こ、この人……! まさかわたしだけじゃなく、お兄様まで脅すつもり?


「ま、開発が進まなくとも、俺が王にさえなれればどうとでもできる。お前らはそれまで良いように使われてくれればいいんだ」


 怒りのあまり言葉も出ない。悔しくて、憎たらしくて、ただ睨みつけるしかできないわたしを見て……第二王子は笑顔のまま首を傾げた。


「さて、どうする?」



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