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第十三話


 あの後、わたしが泣き止むのを待って、リアムは家まで送ってくれた。迎えが来るまで待つからいいと言ったけれど、そんな顔でどこにいるつもりなんだと言いくるめられてしまった。


 王都には、前世でいう自動車や機関車のような乗り物がある。魔法で動くものと蒸気で動くものが混在しているけれど、馬車も現役。きっとそのうちに電気自動車や電車になっていくんだろう。この世界でガソリン車が生まれるかどうかまでは、今のわたしにはわからない。


 リアムが呼び止めてくれた流しの馬車に乗り込んでかたかた揺られているうちに、わたしはすっかり冷静さを取り戻した。それから、じわじわ恥ずかしくなってくる。


 いくら驚いたからといって、怖かったからといって……あんなに取り乱して泣いてしまうなんて。リアムの前で泣いたこともそうだけど、泣き止ませようと彼がしてくれたこととか、馬車の中でずっと手を握ってくれていたこととか、冷静になればなるほど何から何まで恥ずかしい。家の前で馬車を降りたころには、わたしはまともにリアムの顔を見られなくなっていた。


「あの……、今日はありがとう」

「いいさ」


 一方の彼はいたっていつも通りの顔で「君があんまりしおらしいと調子が狂うな」と笑ってみせた。それに少し救われる。


「……立派なもんだな」

「……? ああ、お屋敷のこと?」


 リアムがわたしの後ろに視線を向けて呟いたので、わたしは「古いけれどきちんと手入れされているから」と答えた。


「そうじゃない」

「え?」

「中のものを、とても大切に思ってる。大胆だが繊細に、なにより丁寧に……幾重も張ってある」

「……まさか保護魔法が見えるの?」

「まあな」


 お父様が屋敷に張ってある保護魔法は、通常目に見えるものではない。一般人にはまず無理だし、魔法を生業とした人でもそう易々とは見破れないだろう。それが一目でわかるなんて……リアムって、本当にいったい何者なんだろう? そういえばさっきの「思い出されると厄介」という言葉も謎だ。考え込みそうになったわたしをよそに、リアムはまじまじと屋敷を眺めている。


「君は大事にされているなあ」

「……ええ、とても」


 やがて満足したのか、彼は指先でわたしの目尻を撫でて「冷やしておけよ」と言った。その手に何重にも着けている腕輪がしゃらしゃら鳴る。


「じゃあな」

「あの、今日は本当にありがとう。あとでお礼をするから」

「気にしなくていい」

「そういうわけには……そうだ、ちょっと待って」


 リアムを引き止めて、鞄の中を漁る。


「こんなものしかないんだけど……よかったら貰って」

「回復薬か?」

「そう。休み期間中に魔力を注入する練習として作っていたんだけど、まだたくさんあって」


 数本の小瓶を手渡すと、リアムはそのうちの一本を持ち上げて光に透かせた。


「へえ……上手だな、君」

「あ、ありがとう」

「貰っとく。ありがとな」


 それじゃあとリアムは帰っていった。小さくなる背中を見ながら、わたしはもうどうしようもなく彼が好きなんだと思った。





「……うん、うん。大丈夫そうですねえ」

「ええ、たしかに」

「これなら充分でしょう」


 第二王子に脅された日から、さらに一か月半が過ぎようとしたころ。魔法薬学の研究室には、いつものおじいちゃん先生をはじめ、魔法史学、魔法技術学、魔法工学といった魔法に関する教授が数人集まっていた。祈るような気持ちで彼らの判断を待っていたわたしは、おじいちゃん先生が振り返ったのを見て息を呑む。


「セラフィーナ嬢。うまくいってますよ、がんばりましたねえ」

「……! ありがとうございます!」


 わたしはついに、お兄様が作った魔力補助薬に魔法で効果を付与することに成功した。とはいっても、あくまで現段階では動物への実験でうまくいったというだけで、この薬が人間にも使えるか、安全かどうかというのは、これから治験をしなければならないけれど。


 さすがに笑顔が零れそうになって、わたしはお礼ついでにがばっと頭を下げた。口元のにやにやが収まるのを待って顔を上げると、先生方は微笑ましいものを見る目でこちらを見ていた。


「あ、あの、兄に連絡してきてもよろしいでしょうか」

「もちろん。ここは片付けておくから、早く行ってあげなさい」

「ありがとうございます。失礼します」


 もう一度頭を下げてから研究室を飛び出した。やった!


 わたしが目指したのは、体内に留まるという疑似魔力の性質に、自身の魔力も紐づける効果。魔力補助剤は疑似魔力が一定時間体内に留まることで体力の低下を防ぐものだけど、自身の魔力の放出は防げない。つまり、魔力不足によって大きく体調を崩すことはなくなるけど、自身の魔力が体外に流れ続けているということには変わりがないから、患者さんには常に少しの倦怠感が付きまとったり、集中しづらいといった症状が残ったままだったりする。わたしが魔法で付与した効果で自身の魔力も留めておけるようになれば、きっとそれらの症状も改善される。


 薬の完成に必要になる魔力量はやっぱり多かったし、何十分も集中して魔力を注ぎ続けるのはなかなか大変だった。「このレベルの技術があるのは今どき珍しい」と先生も褒めてくださったけど、言ってみれば魔力欠乏症の人は四六時中この状態なのだ。彼らが楽になれる可能性があるのならと思えば、いくらでもがんばれた。


 お兄様に連絡して、科学省の研究室でも調べてもらおう。治験だなんだもそちらで行ってもらうことになるだろう。


 うちに帰ってから話しても構わなかったけれど、一刻も早く知らせたかった。学生課に行けば魔法通話機──……前世でいう電話機のようなものがあるから、それでお兄様の研究室へ繋いでもらおう。


 小走りで廊下を移動する。学生課は第一棟、一方で魔法薬学の研究室は第二棟。階段を降りて一度校舎を出なければならない。階段を降りきって中庭に飛び出すと、正面からどんっと人にぶつかった。


「きゃ……っ!」

「おっと」


 反動で後ろに倒れそうになった背中を、大きな手が支えてくれた。ごめんなさいと鼻先を押さえながら顔を上げると、なんと相手はリアムだった。


「怪我するぜ」

「リアム!」


 反射的に笑ってしまったことに気が付いて、慌てて手のひらを口元へずらす。それに気が付いたのか、彼はおかしそうに笑った。


「どうした、いいことでもあったか?」

「ええ! 薬が完成したの。先生方もこれなら大丈夫そうだって!」

「ああ、そういやうちの教授も今日はそっちに行ってたな。よかったじゃないか!」


 自分のことのように喜んでくれるリアムを見て、胸のあたりがきゅっとなる。


「あなたのおかげよ」

「君ががんばったからだろ」


 違う。いや、たしかにわたしも努力したけれど、それだけじゃない。リアムが守ってくれたから勉強に集中できたんだし、効果の付与がうまくいったのも彼が教えてくれた薬草のおかげ。彼がいなかったら、こんなに素晴らしい学園生活は送れなかった。


 そうお礼が言いたいのに、少し微笑んで「ん?」と首を傾げたリアムの顔を見ると言葉に詰まってしまった。こうして話すのはまた随分久しぶりだったから。


 第二王子の一件から、わたしはより一層研究室に引きこもるようになってしまった。それこそ他の授業のときと、エミリアと過ごす時間以外は休憩時間にもほぼ出歩かなかった。また第二王子に絡まれると困るというのもあるけれど、リアムが……自分だって忙しそうだというのに、わたしが一人にならないか気遣ってくれているみたいだったから。


 実験に集中したいから研究室から出ないようにすると言ったとき、彼はいくらか安心したような顔をした。やっぱり気遣ってくれていたのだと理解して、わたしはその言葉通り引きこもるようになった。週に一回、必修科目である外国語の講義だけはリアムが隣にいたけれど……疲れているのか、彼はたいてい眠っている。


 元気そうで安心した、会えてうれしい、やっぱり好き。薬が完成した高揚感と相まって、上手く言葉にできない。


「ところで君、どこかに急いでたんじゃないのか?」

「そうだったわ、魔法通話機でお兄様に伝えようと思って」

「魔法通話機? 学生課のか?」

「ええ」

「あれ、使用停止になってたぞ」

「嘘!?」


 思わず声を上げたわたしに対して、リアムは「さっき前を通ったから確実だ」と言った。


「元から調子悪いみたいだったしなあ、故障だろ」

「そう……」

「まあ、近いうちにうちの教授が直すさ」


 仕方がない。お兄様には家に帰ってから伝えよう。よく考えれば、直接話した方が喜ぶ顔が見られていいかもしれない。……狂喜乱舞したらどうしようという不安はあるけど。


 さて、そうなると学生課に向かう必要もない。研究室に戻ろうかと思ったけれど、ちょうどよくお腹が鳴った。


「君、また食べてないのか」

「……今日はその、今まで先生方に薬を見てもらっていたし」


 そろそろ四時になる。先生方に見てもらうのはお昼からだったけれど、緊張で朝から食事が喉を通らなかったのだ。きっと緊張が解けたおかげで、今更お腹が空いてきたんだろう。


「食堂か購買、行くか?」

「購買に行って、研究室に戻って食べるわ」

「一緒に行きたいところだが、あいにく用事があってな」

「いいわよ、これくらいなら一人で大丈夫だもの」

「俺が行きたかったって話だ」


 リアムはへらっと笑ったけど、どう考えたってわたしが気にしないようにそう言っている。彼はいつだってこうだ。そのさりげない優しさに、どれほど救われているかわからない。


 なにかあったら呼べよと言われ、手を振って別れた。スマホもないこの世界では、たとえなにかあってもすぐに呼ぶことなんてできないけれど、好きな人がそう言ってくれること自体がうれしいと思うのだった。


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