今世と前世
トシゾウが説明した状況はこうだった。
マーサさんの酒場でエルフが賢者である事を自白させたわたしはそこに気をよくしたのか、賢者に酒を奢りまくり、同時にわたしも飲みまくってそのままエルフと意気投合。酔っ払い同士、ワケのわからないネタで笑い合い、おまえサイコー! 今からうちきて飲みあかそうや!
って事にいつの間にかになっており、慌てたトシゾウは旦那さまに賢者を城に連れかえっても問題ないかの確認と本当に目の前の酔っ払いが賢者であるかの面通しをセッティングしたわけである。
このレベルの酔っ払いを辺境伯に面会させる事となったトシゾウはもう戦々恐々である。しかしいざ謁見となると賢者は途端に先ほどまでの泥酔は何処へやら至極真っ当な態度で、へりくだるわけでもなく、かといって尊大なわけでもなく、実に賢者らしい態度で謁見をすませ、旦那さまもいくつかの問答を通して記憶の中にある賢者である事をしっかりと確認し、城への逗留を許可された。
しかもなんと意気投合しているわたしとの同衾まで許したらしい。
なんじゃそりゃあ!
その間、わたしは何してんだ! とトシゾウに問いかける。
聞かれたトシゾウはまあなんとも気まずそうな顔でわたしから視線をそらして、別室でタニアさんにゴニョゴニョと言葉を濁した。
あっ。察し。
頭痛は酒ではなく、鞭だったのか。納得。
説明を受けて少しずつ記憶が蘇ってきた。むしろ酒で記憶が飛んだのではなく鞭で飛んでた可能性大です。
ここまでの説明をわたしの部屋でわたし、タニア、ケダマ、賢者、トシゾウでお届け中である。なぜか賢者はわたしのベッドに腰かけ、正面のわたしは椅子に座り、タニアはわたしの斜め後ろに控え、ケダマはタニアの手の中である。
説明を終えたトシゾウはいつの間にかいない。あ、天井裏か。
トシゾウの説明を引き取ってベッド上の賢者がわたしに語りかける。
「と言う事じゃ、わかったか馬鹿弟子よ」
だから弟子ではにゃあと何度言ったらわかるのか。
賢者は言いながら尊大な態度でわたしにふんすと鼻息をかけてくる。態度はアレだが、賢者とて深酒をした身だ。頭はボサボサ、いつの間に着替えたのか簡素な寝巻きは胸元が軽くはだけて脂肪の塊が肉らしげに主張し、喋る声は酒でヤケている。前世であればあれくらいの戦闘力には負けんかったのに。くそう。
「ちょっとずつ記憶が戻ってきたわ」
「そりゃ重畳じゃのう」
「酔っ払ってたから疑問に思わなかったけど、賢者、あんたはやっぱりおかしいわよ」
そうなのだ。賢者はおかしい。所々残っている記憶によれば、昨日のわたしは酔っ払って前世のネタ満載にしゃべっていたのだ。普通の現地のレポータータニアさんを例にだして言えば、わけわかんねえこと言うなこの酔っ払いが! みたいな反応になるはずなのに、賢者はそれが一切なかった。むしろそのネタに被せてくる始末だ。
「そりゃあおかしいじゃろうのう。むしろ昨日あれだけヒントだして気づかなかったからこっちは驚いたんじゃが?」
「それは酒が悪いわ」
酒が悪い。間違いない。
「酒は百薬の長じゃよ」
「この世界の人間はそんな言い回しはしないのよ」
詰めが甘いのよ!
「そうじゃのう」
「あんた! 転生者ね!」
ズバッとバッサリ!
フハハ、犯人め。言ってやったぜ。これだけ証拠が揃っていれば自白するしかないだろうよ!
「いかにも、そうじゃのう」
フハッとアッサリ!
いかにもじゃないのよ!
くっバレたか! こうなっては仕方ない的なアレはないの? 展開が! 展開に困るのよ! もうちょっと焦ったり、怒ったり、悔しがったりしなさいよ。名探偵サーシャがせっかく犯人を追い詰めてるって言うのに。全く使えない悪役ね! ここはわたしがなんとかするしかないのよ。
「つ、ついに正体を現したな黒幕めえ!」
どうだ、おまえの悪行は全て知ってるんだぞう! 焦るがよい!
「だからそもそも昨日から隠してないんじゃが? てかそこまでしかわからんのか?」
「は?」
隠せや。
「馬鹿弟子」
だからあ。
「あんたを師匠に持った記憶はないのよ! わたしの師匠は一人だけよ」
「そうじゃろうのう」
「この世界にはあの人はいないのよ」
「そうかのう?」
「は?」
いないよね?
なんか心の尻尾が勝手に丸まってくるんだけど。なにこれ?
「おい立て」
顎で。
「なんでよう」
立ちたくないのよう。
「いいから立って背筋伸ばせ! ボケカス! おまえ姿勢サボってんのバレてんだよ! 腹筋背筋伸ばせゴラア!」
「ヒャい!」
思わず座ってた椅子から飛び跳ねて背筋が伸びる。ああ、心の尻尾が完全に丸まる。
「繰り返せ!」
「ヒャい!」
なんでなのよう。
「歌は音!」
『う、うたはおと』
なんでしってるのよう。
「音は波!」
『お、音は波』
これを賢者が知っているってことは。
「波は震!」
『波は震!』
もうそれしかないのよう。
「わかったかあ! このボケカスう!」
わかったの。
「ししょう」
「おう」
なんで気づかなかったの。
「ししょう」
「おう」
あいたかった。
「あいたかったのよう」
言葉にしてしまうともうだめだ。直前まで必死で我慢していた涙と鼻水が自然と溢れ出し、顔面が大洪水を起こしている。もう止まらん。
涙も鼻水も。
ベッドに駆け寄るわたしのあしも。
顔面を師匠の胸に擦り付ける首の動きも。
ちょっと肉厚な師匠の背中への手回しも。
何もかも止まらん。
「きたねえなあ」
師匠は言葉だけはそう嫌そうに言いながらも、わたしの頭を胸にすっぽりと収め、髪の毛をくしけずるように撫でてくれる。
旦那さまとも違う。
タニアとも違う。
撫で方に。
前世で辛かった時にそうしてくれたよう。
そんな撫で方に。
わたしは埋もれた。
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「落ち着いたか? 紗江」
「紗江じゃないの、サーシャ」
豊かな胸から顔をあげてわたしは口を尖らせる。もう紗江ではない。サーシャなのだ。そんなわたしを師匠は優しく見つめてくれる。
「そうだったな」
「師匠は? 今は何て名前なの?」
前世では古風な名前だったのだが、今世ではどんな名前になっているのであろうか?
「ああ、今世はシルヴァって名前だ」
「シルヴァバア」
「おん?」
ドスの聞いた声と同時にげんこが落ちてくる。
「いたい。懐かしい」
「童の頃と同じような事言うでないぞ」
小学生の頃から歌唱指導をお願いしていた師匠はもはやもう一人の親みたいなもので。子供の頃、レッスンでのダメ出しの度によく今と同じように悪口を言ってはげんこを食らっていた。むしろこのげんこが食いたくて悪口を言っていたふしもある。
「うー喋り方が賢者っぽい。むかしはクソガキって言ってたのに」
そんな気持ちを誤魔化すように子供っぽくごねる。
「そりゃ、五百年もこっちで賢者としてやってりゃそうもなろうさ」
「ごひゃ」
くねん! ほんまもんのババァやないかい!
「え!? 五百年って事は、賢者様ってもしかして伝説で語られる賢者様と同一人物って事ですか?」
横からタニア。知っているのかタニア! タニアは絶句している。
「おう、そうじゃ。めんどくさいから賢者一族的な感じにしてもらってるがな」
「子供の頃読んでた本の中の人が………」
「そんなすごいの?」
「スゴイなんてものじゃありませんよ! この世界に問題が発生するとどこからか必ず賢者が現れて解決してくレベルです」
「はえ。師匠すごう」
低身長ロリババア巨乳エルフだと思ってたのに急に尊敬の念が湧いてくる。
「敬うがいいぞ」
「うん」
「素直に言うな馬鹿弟子。はずかしい」
素直に感心して首肯くとまたげんこが飛んできた。りふじーん。照れ屋さんなんだから。ババアと言われたときより、褒められたときのげんこの方が強いの笑う。
でも五百年かぁ。
「ししょう、寂しくなかった?」
「そりゃ多少はな。じゃがな、この世界に赤子で生まれた瞬間にわしは賢者になっとった。同時に未来予知の能力を持っとってな。五百年後におぬしがこの世界に転生してくる事をしっとったからな。多少は希望があったのじゃ。それにな、わしは俗に言うチート持ちってやつでなあ、どんな問題でもズバッと解決してたからあっという間の五百年じゃったよ」
そう言って作る笑顔がどこか貼り付けられたもののように感じるのはわたしの主観かな? 前世の師匠の顔とは全く違うしなあ。声に嘘はないんだけどなあ。
「師匠すっごいね」
「おぬしさっきから同じ事しか言っとらんぞ」
「そっか。へへへ」
「馬鹿弟子じゃのう」
ひとしきり笑い合う。まあいいか。今は奇跡のような再会を喜ぼう。転生先で前世の師匠に再会できるなんて。って前世? ぜんせ?
「はっ!」
師匠の背中に回していた手をはがし、そのままがばんとベッドからも立ち上がる。
わたしはとても大変な事実に気がついてしまった。
気をつけ!
「どうした?」
どうしたもこうしたも。
「旦那さまにどう説明しよ!?」
「おん?」
師匠は怪訝な顔をしている。え? そんな感じになる系のはなし? 難しくない? 前世よ前世。ここが前世なら確実にスピリチュアールな感じになってよってくる人と離れていく人が二極化する話よ。
「だってこんな話どう説明したらいいのよ」
「ああ、それならもう昨日の謁見で伝えてあるぞ」
「は?」
は?
「そうでもしない限り、流石の賢者でも辺境伯の奥方と同衾はできないじゃろう」
「信じたの?」
そんなトンデモな話を?
「信じたのう」
「賢者への信頼すっごう」
説明が凄いのか、賢者が凄いのか。
まったくわからないけど。
結論! 師匠はスゴイ。
進み次第で夕方にも投稿するやもしれません。
お読みいただきありがとうございます。




