酒と賢者と
わたしたちが煮込みの残り汁を未練がましくパンですくう頃にはターゲットは三杯目のエールを煽っていた。ペースはえ。最初は警戒感に溢れていたターゲットも二杯目のエールを空けてマーサにおかわりをコールする頃にはご機嫌になっており、既にフードをはずして特徴的な耳をあらわにしていた。さらに言えば羽織のボタンもはずし、おかわりコールと同時に大きな胸が揺れていた。どうやら女エルフらしい。
なんというか、あのサイズは前世のわたしより戦闘力が高いのではないだろうか。
「にしても酔うの早くない?」
「完全にご機嫌ですね」
「あそこまでいってればわたしが不審者でもある程度平気でしょ。ちょっと声かけてみるわ」
酔っ払いにはシラフで立ち向かうわけにはいかない。既にマーサさんに頼んであったエールを片手に背中を向けているターゲットへのファーストコンタクトである。酒を煽り一人でクダをまく後ろ姿は普段なら絶対近づきたくないちびっ子輩感満載だ。
「ねえ、お姉さん」
隣の椅子に腰かけて、気やすげに話しかける。ターゲットは一瞬おかしな表情でわたしを見たがすぐにご機嫌な表情に戻ってわたしの肩に手を回してきた。
「おーなんじゃ!? わしになんか酔うかー?」
肩を組んで横にゆさゆさと揺れる海賊スタイル。ご機嫌すぎでは?
「う、うん。お姉さんってやっぱりエルフなの?」
わたしは少しの戸惑いと多くのウザさを手に持ったエールで流し込みながら軽く本題に触れていく。この程度なら既にフードを脱いでいる状態であるから不自然ではなかろう。ちなみにこの世界では十五歳から酒が飲めるぞ! だからわたしでも飲酒が可能だぞ。
「そうじゃそうじゃー! わしゃエルフじゃー! 敬ってエールを献上するが良いぞー」
「お、おう。じゃあお近づきに一杯奢るよ」
エルフとは敬われる存在なのだろうか? 現状のサンプルケースでは敬われるよりウザがられるサイドだと思うぞ。という気持ちは片手に持ったエールを飲み干して胃の腑に流し込む。
マーサさん! エール! 二杯おかわり!
「うむうむ、素直ないい娘じゃーわしの弟子を名乗っても良いぞー」
「なんの弟子なのよお!」
酔っ払いの弟子になるほど落ちぶれてないのよー! こちとら公爵家の末娘で、辺境伯家の奥方なのよー! はー旦那さまにあいてー。
「なんの?じゃとー! むすめーわしがわからんとは何事じゃー!」
「いやいや、お姉さんとわたしは初対面でしょうがそりゃあわからないわよお、もう誰と勘違いしてるのー」
酔っ払い特有の酒場で出会った人間みんな知り合いタイプー。いるいるーよくいたー。身近にもいたー。
うぜーやつー。そんな気持ちはエールと一緒に流し込む。
マーサさん! エール! 二杯おかわりー!
「かかか! それならしゃーない! ほれもっとわしにおごるが良いぞー!」
「一杯って言ったじゃないのよー」
もうすでに二杯奢ってるのよー。
「んなケチくセーこと言うでないぞーおぬしらはわしに聞きたい事があるんじゃろーがーその対価じゃーわしが満足して酔い潰れるまで酒を呑ませるが良いぞー」
「は? なんで知ってるのよ! 酔っ払いのくせに!」
バレてるーバレてるー。やばばばー。でもまあしゃーなし。エールで流し込んでゲップでみんなと歌うたおうぜ!
「なんで? はてなんでじゃろ?」
「おい酔っ払いい! とぼけんなあ! お前誰だあ、正体を現せえ!」
胸ぐら掴んでゆすってやんよお。ほらほらあ、早く吐かないと今まで飲んだエールと料理を吐かせるぞお!
わたしは呑みます。ぐふふ。片手に胸ぐら、片手にエール。
マーサさん! エール! 二杯おかわりー!
「ぐふふ! 仕方ない! 誰だ誰だと言われれば答えてあげるが世の情け!」
「なんでそんなネタ知ってんだよおう!」
「そーれす。わたすが賢者ですぅ」
「おまええやっぱあ愚者だろお」
馬脚を現したなあ! 賢者めえ! お前が黒幕だって事はこっちは既にマルッとお見通しなんだぞー。てかそれを言うなら変なおじさんだろおう。ぐすん死んじゃったよう。好きだったよう。
「違いますー! 賢者ですー。ほれー聞きたい事があるならまずわしを酔いつぶせー!」
「だーかーらー酔い潰したらあ、聞きたい事おなんて聞けないじゃないのってえ!」
「うるせーもんどーむよー! 酒じゃー! 肉じゃー! 料理持ってこー!」
しゃーなしだなあーしゃーなしだなあー。酔っ払いから何かを聞きたいなら酒を飲ませるしかないんだろうなあ。もうこうなってはしかたない。わたしは呑みたくないんだよお。もうおほんとにしゃーなしなエルフだなあ。
マーサさん! こっちにエール二杯と、牛肉のゴロっとステーキ二枚おねがーい!
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「うっ! 頭が」
目覚めとともに襲われた頭痛に顔をしかめる。頭を持ち上げようとして再度頭全体に疾る痛みに持ち上げた頭を枕に戻した。
ぽやん。
頭はとても柔らかい枕に包まれた。
はて、わたしはこんなに柔らかい枕を使っていただろうか? すっごくきもちい。
後頭部をコスコスと擦り付けてみる。まるで水枕のような感触が後頭部の辛い痛みを和らげてくれる。
はーサイコーこの枕サイコー。今度は顔面を埋めてみる。いいにおーい。フローラルー。
旦那さまったらわたしにこんな素敵な枕をくれたのね。
感動に枕から顔をあげてそれを見てみる。
「ってエルフの乳やないかああああい」
なんでわたしはエルフの乳を枕に寝ているのか。全く記憶にない。そもそもマーサの店でエルフから情報を聞き出そうと酒を奢っていた以降の記憶がない。
というか。
この状況。
不貞。
という二文字ではなかろうか?
異世界転生ラブコメディから異世界転生百合愛憎劇へとジャンルを変えていたのだろうか? いやいやいやいあ。わたしが愛しているのは旦那さまだけで旦那さま一筋で。これは何かの間違いだ。
「うっさいのう」
慌てふためきドタバタとしているわたしの音で目を覚ましたエルフが目をしぱしぱさせながらベッドから体を起こした。ぎゃー! 起きてきたー! こうなったら証拠隠滅でエルフを消すしかないわー! 超高周波振動で細胞の一欠片も残さずに消し炭に変えたるわ! 消し炭は窓から風に乗せて飛ばしてしまえ。ふふふ完璧なトリック。そして何もなかったふりして二日酔いで何も覚えていない感じを装えばいけるだろう。それからそれから………。
「おい、娘っ子! 物騒なことを考えるでない。まったくそんな残虐な事を堂々と本人の前で言うでないわ」
「はっ!」
エルフの声で混乱から開放される。
あぶない。罪に罪を重ねるところだったわ。紆余曲折の果てに反抗を自白して、千葉あたりの崖から身を投げる所まで想像してしまった。ふー、ナイスエルフ。
とは言っても、問題は何も解決していないのである。
「なんなのよエルフ! なぜこの部屋で寝てるのよ!」
シャーと威嚇全開でわたしはエルフをといただす。
「なぜも何も辺境伯が許可したからに決まっておろうよ」
しかしエルフはなんてことのない顔で右から左である。
「旦那さまがー? 嘘つけー! 旦那さまがたとえ女エルフであろうとわたしとの同衾を許すわけないでしょー!」
ゴラアな感じで睨みつける。しかしエルフは呆れ顔である。
「おぬし何も覚えとらんのじゃのう」
「う」
「図星じゃのう」
「お」
「酒ぐせも悪い上に記憶を失くすとは一番性質の悪い酒飲みだのう」
仕方ないじゃないの! この体で酒を飲んだの初めてだったんだから。まさかこんなに弱いとは。前世ではそこそこざるだったから油断してたわー。肝臓しっかり仕事せえよ。
「うっさい! あんたも酒ぐせに関しては悪いでしょうよー! 途中までは覚えてるのよう!」
そうだそうだ。マーサさんの店までは記憶があるのよ。はーゴロッとステーキうまかったー。あの肉汁に辛味ペーストを溶いて、それをつけた肉のうまさたるや。翌日のトイレが怖くなるくらい辛いんだけど美味いのよ。
あー思い出すだけでまだうめえ。
「ふう、仕方ないのう」
意識が外に飛んでいるわたしに呆れたのかエルフは天井を見上げた。
「何してんのよ?」
「そこの天井裏の。出てきて事情を説明せい」
エルフの声に反応して天井からトシゾウが落ちてきた。
「あら、居たのトシゾウ」
「いたっすよ」
ちょっと不貞腐れ顔だ。どうしたトシゾウ?
「全く、サーシャ様といい、賢者様といい。暗部のプライドがズタズタっすよ」
どうやら居場所をすぐに特定される事に不満を感じているらしい。
「ほれ、そんなもんどうでもいいからサッサと事情を馬鹿弟子に説明せえ」
賢者? あ、そういえばこいつ賢者って自分で自白してたわ。思い出した。ただの低身長巨乳エルフじゃなかった。ってか! 誰が馬鹿弟子じゃあ! そんなもんになった記憶はないぞう! 記憶がないだけの可能性も否めないから黙っておくが!
ふう。とため息をついてトシゾウは昨夜から今朝にかけての出来事を話し始めた。
お読みいただきありがとうございます!
さー!書くぞー!




