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裏庭と聖域

 目が離せない。


 ここは創造された世界。

 どこまでも広がる草原に二人だけ。

 見つめ合う、二人だけの世界。

 時間も止まっているだろう。

 どうしよう。どうしよう。


「ねー」


 そんな状況を見かねたのか。一人の男が声を上げた。

 天の助けとばかりに、絡みあう視線を解いてわたしと旦那様はそちらに視線を向けた。マジ助かる。マダガスカル。

 向けた視線の先にいたのは、それは実に可愛らしい男だった。幼さが残る相貌に小柄な体躯。声も少年のようなソプラノだった。これはまたなんとも美少年だ。


「なんだ」


 頬を上気させた旦那様は言葉短く美少年に応えた。


「あのさ、ご主人。そんなに怒ったり焦ったりしてるけどさ。ここの浄化は辺境伯領の悲願だったわけでさ。なにをそんなにキレる事があるんすか?」

「それはそうだが……ワケが、わからないだろう。いきなりーー」

「ご主人はさ。悲願であるも、実現の目処が一切たたなかったここの浄化が一瞬で終わっちゃったもんだからさ。ちょっとパニック起こしてるんっすよ。ちょっと僕に任せて落ち着きなって」


 そう告げた美少年の声はとても柔らかく、甘い。自分の主人をどこまでも思っている人間の声だった。旦那様もその気持ちを理解しているのか。小さく首肯してすっと後ろに引いた。


 それを確認して美少年はわたしの方に向き直り笑顔を向けた。旦那様に向けた笑顔とは違う。これは他所行きの笑顔だろう。


「という事でご婚約者様。僕の名前はトシゾウ。この領の暗部頭をやってるっす」


 暗部の頭が簡単に顔を晒した上に名乗って大丈夫かしら?


「はい、今後ともよろしくねトシゾウ。わたしの事はサーシャと呼んでいいわ」


 まあいいわ。疑問は置いといて。トシゾウの他所行きの声にわたしも少し冷静になれたし。ここはお嬢様モード発動ですわ〜。


「うん、よろしくねサーシャ様。じゃあまあとりあえず。ここに関して、説明させてもらうっすね。ちなみに国家機密だから他所でしゃべらないように」

「ええ」

「ちょいと聞くっすけどさ。ここに来る時に通ってきたって街並みって思ってた辺境伯領とイメージ違くなかった?」

「ええ! 全然違いましたわ! どこも綺麗で、民も満ち足りた顔で、素晴らしい繁栄でしたわね。わたし箱に押し込められた令嬢でしたので公爵家の領地以外知りませんでしたけど、公爵家と比べても遜色ありませんでしわ。あれを見てわたしの将来の旦那様は聞いていたよりも素晴らしい人なのだろうと思いを馳せました」

「でしょ? でも十年前まではサーシャ様が聞いていた通りの土地だったっすよ」

「はあ」


 あんなに綺麗な街並みが十年で完成した? 流石にそれは信じられないけど。トシゾウが嘘をつく理由もない。


「ピンとこないっすよね。ま、簡単に言ってしまうと。サーシャ様が見た、裏庭と呼んでる場所の元々の雰囲気が以前の辺境伯領の姿なんっすよ。今は見違えるほど美しいっすけどね」

「世はまさに世紀末」

「うん。ちょっとなに言っているかわからないっす」


 それはそうでしょう。我ながらちょっと世紀末に引きずられすぎだ。


「お気になさらず。してこの十年になにがありましたの?」

「そこで出てくるのが賢者っすよ」

「わたしを婚約者に推薦してくれた方」


 あれれ? おっかしーぞー。また賢者だー。こいつさては黒幕だな。


「そうそう。その賢者と先代の領主が手を組んで魔素をどうにかしようと考えたわけっす」

「ご立派っす」


 適当に相槌うったら、口調がうつってしまった。旦那様が言っていた実際辺境伯領を救ったってこの事かしら?


「やっぱり賢者は賢者っす。あっという間に領地の各地にある魔素の噴出口に魔導具を配置して魔素を吸い上げることに成功したっす。吹き出すところで吸い取るから領地の魔素濃度は大幅に低下すると」

「それで領地が発展したわけですね!」

「そうっす。魔素が領地発展の最大のネックだったんで、それさえ取り除けばそれはもうこうなるっす」


 相当優秀な方達が揃っていたのねー。十年であの街並みを作り上げたのは素直にすごい。魔素から解放されてみんなヒャッハーしたのかしらね?


「では、万事解決でしたのね?」

「いやそうはいかないっす」

「ええええ。そういうの好きじゃないですね。ハッピーエンドで終わって欲しいのですけど」

「仕方ないっす。賢者も万能じゃないっすから。吸い上げた魔素は消えるわけじゃないっす。どこかにおかなければいけない。魔素は大量っす。なんせ広大な辺境伯領全ての魔素っすからね」

「それはーー」

 確かに。

「んで結局領主のいる所にそれを作ったんすよ。魔素を賢者の結界で閉じ込めるタンク。そこに魔素を浄化する魔導具を置いて少しずつ浄化する方法をとったっす」

「ーーそれがここなんですね」

「そうそう、ここっす。そしてここの結界も完璧じゃないっす。大量の魔素は賢者の厳重な結界からでも少しずつ漏れ出してくるんす」

「ええええ。それも好きじゃないです。完璧にしましょうよ」

「無理っすよ。魔素の特性上、何かに侵食して浸潤して滲み出てくるもんっすから。結界も例外じゃないっす」

「魔素ってそんな特性があったんですね。ただのガス的なものかと思っていました」

「さらに言えば漏れ出した魔素はここに住む人間の命を蝕むっすよ。魔素にとって生命が一番侵食しやすいらしいっす」

「え!? なんでそんなものを領主の屋敷に?」

「それが領主の役目だからだ」

「あらご主人様ーー」


 混乱から回復なさったのね。とは流石に言えないが、表情がはじめてあった時のものに戻っている。さっきまでは本当に混乱していたんだなと腑に落ちる。


「すまない、落ち着いた。取り乱して貴女に当たってしまった事を謝罪しよう」

「いえいえ。夫の気持ちを受け止めるのも妻の役目ですもの。妻ですって、ぐふふ」

「また、気持ちが漏れているようだぞ。サーシャ嬢」

「あら失礼しました」

「うむ、かまわない。それで話を戻すと。漏れ出した魔素は誰かが受け止めなければそのまま外に流れていくんだ」

「誰かがーー」


 と言って、なぜ領主の屋敷に? それはつまりイコール、領主が魔素を受け止めると言っているような気がする。言っちゃ悪いが人間の価値が安いこの世界。犯罪者とか奴隷とかなんぼでもいただろう。犯罪刑務所でも作ってそこに魔素を貯めてやれば刑罰と魔素処理の一石二鳥じゃないのだろうか?


「なんだか悪い顔になっているぞ。サーシャ嬢。まあ、領主である必要はないと思っているのだろうが、私たちはそうは考えない。領とは民がいて成り立つ。領主は民のためにあるのだ。であればこの負担は領主の負担だ。父も覚悟して命を削り、役目を全うした。私もその覚悟は変わらない」

「そんな……」


 全うした。

 過去形。若い領主。人のいない居城。理由は全て魔素のせいだったのか。

 ああ。この方も孤独なんだ。

 父を失い。領のため、民のため。自ら孤独に死に向かっていたのか。


「そういう事もあって私は早く領主の血を残さねばならず、そんな折、賢者から婚約者を紹介されたため、迷いもあったが話を受けたのだ」

「その紹介されたのがわたし。なるほど公爵家がわたしを簡単に出すわけですね」


 ここに嫁ぐという事はすなわち死への速度を早めることになるのか。それでも子をなし、その子にも死への坂道を進ませなければならなかったと。人間は遅かれ早かれ死ぬ運命にはあるが、それでもその速度は遅い方がいい。乗れば寿命が縮むとわかっているジェットコースターにのるバカはいない。


 目の前にいる旦那様はそんなジェットコースターに乗ったバカだ。領のために。民のために。そうせざるを得ないほどにこの領の生活がひどいものだったのだろうか。

 自分は苦界に生き、自分以上の不幸などいないと考えていた。

 わたしはわたしの事だけだ。

 でも旦那様とお義父様は違う。

 自分の小ささを実感すると共に旦那様の覚悟の強さを感じた。


「だが、その元凶がなくなってしまった。いや喜ぶべきなのはわかっている。でも。でもーーあと数年早ければ、早ければ。父も……と考えてしまう。そして私の覚悟の行き場も、な」

「お気持ちは」

ーーお察しします。という言葉をわたしは口にすることはできなかった。

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