舌と戦
裏庭を天地創造したわたしたちはのんびりとピクニックを楽しんでいた。
荒れ果てた裏庭には心地の良い下草が生い茂り、皆を心地よく包んでくれている。太陽は燦々と輝き全てを祝福する。その輝きを大きく育った樹木の枝葉が心地よく遮る。それは風にそよぎさわさわと歌うように喜びの声をあげていた。
わたしとタニアは木陰の下で背を合わせながら座り、心地の良い無言を共に味わっている。少し離れた場所ではケダマ(ーノ・ポン・ポンタリオン)が空飛ぶ蝶を無邪気に追いかけている。あ、食った。あいつ蝶食った。やっぱり獣か。
残念ながら、そんな裏庭の平和は三十分も持たずに破られた。
ドドドとした強い足音と焦りと期待と畏怖とが入り混じった声で。
「貴女は何者だ!」
領主様である。
開口一番、そう言ってわたしの事を聞く。こないだの話だとわたしに興味なんてなさそうだったのに。実は興味を持ってたのかしら? と言うかわたしの事は婚約前に調べ倒したのでしょ? それ以下でもそれ以上でもないと思うんだけど。
そんな事を考えながら、ほけっとしてわたしは答える。
「何者と言われましても、ご存じでしょう?」
わたしの表情に毒気を抜かれ、一瞬キョトンとした顔をしたご主人は首を二、三度ふった。そして下草が程よく生える裏庭の地面を踏み締め、わたしたちが休んでいた木を無言で通りすぎる。その先に広がった光景に言葉を詰まらせて歩を止めるが、意を決したようにわたしたちの方を振り返って言った。
「知っている。知っているが、私の調べた公爵家の御令嬢にはこんな事ができるわけがない!」
「こんなこと?」
こんなことって。やっぱり天地創造の事よね? あータニアの言う通りまずかったかなー? でも正直止まらんかったのよね。まいった。どう言い訳しよ。
「貴女は此処がどんな場所かわかっているのだろう?」
どう見ても裏庭です。わたしのトラウマであり、救いでもあります。あんな荒れた裏庭あったら綺麗にせずにはいられないのですよ。わかってつかーさいダンナ様。
「……もちろんわかってますわ」
「やはり……わかっていたのか」
意味深に頷く旦那様。それだけで絵になるー。イケメンすごいー。
でもあれ? 反応がなんか俺、確信した! みたいな顔してる。証拠掴んだ小五郎のおじちゃんみたいな顔してる。わたしの返答間違った? だって裏庭でしょ? 投げやり怒りでタニアが言ってたのが正解? ここ裏庭じゃない感じ?
「ならますます貴女には正体を明かしてもらわねばならない!」
正体! 公爵家の忌み子です。それ以上でもそれ以下でもないのに。ちょっと天地創造ができるくらいで特になにができる訳でもありません。無罪です。わたしは無罪。弁護士を呼んでくれ。
「ですから正体もなにもーー」
「そんな白々しい問答はいらないのだ」
大声でわたしの言葉は遮られた。まいった。怒ってる。イケボで怒られてる。
「そんな大声で。困りましたわね。わたし裏庭に草生やしただけですのに」
「……お嬢様、そんな口調で今更お嬢様ぶってもダメだと思いますよ。しかも草生やしたって言い訳も通じません。だからおやめくださいと止めたのに……」
あ、タニアずるい。さりげなくわたしの敵に回った。くそう。確かにタニアはとめたけど、本気で止めなかったじゃないか! 裏切ったなータニアー!
「一瞬で魔素だまりを浄化して、さらには草木が美しく茂る一面の草原を作り出せる令嬢がいるものかーー」
「世紀末的にそこはお前みたいなでかいババアがいるか! ですわ旦那様」
いきなり世紀末とか言い出したわたしを見て旦那様の表情はまたくるくると変わって最後には諦めたように表情が消え、ポツリと漏らした言葉。
「わけが、わけがわからない」
そりゃそーだろうけど! こっちもわけがわからない。魔素だまりってなんだ? なんでそんなに怒られなきゃならん! 綺麗にしただけだ! 文句あるかこのやろー! そんな状況でわけのわからない言葉投げられたらついついわたしも世紀末ネタで対抗してしまうだろー。よくない癖だー。でもしゃーなし。しゃーなしだ。
お互いがお互いにわけのわからない言葉を投げ合い。メダパニ合戦となった舌戦は千日戦争の様相を呈し、わたしと旦那様は無言で向かい合うしかなかった。
理由がわからないが目の前の美しい男はひどく混乱している。
と同時になぜか消失感を漂わせており、なんというかひどく美しかった。
先日会った時の感情の一切を表すことのない表情からくるクール、そこにたまに浮かぶニヒルは何処へやら。表情を感情が支配している。混乱、消失、焦燥、希望などなど。たくさんの感情がその表情を支配していた。
美しく後ろに流していた銀髪は乱れ、前髪が頬にかかってそこはかとない淫靡を醸し出している。
そしてわたしはそんな男と向かい合っている。
正直、目の毒だ。
でも目が離せない。
きっとわたしも混乱している。
美しい。
どうしよう目が離せない。




