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天と地

 そこには荒れ果てた裏庭?があった。

 見渡す限りの土肌はボコボコとしてそこここに瓦礫やら大きめな岩が地面から突出している。酷いことに所々焼けたような跡も残っている。当然そんな地面には植物は草一本生えておらず、緑のかけらも見当たらない。数年放置するだけではこうはならない。あれだけの美しい街の中にあり、無骨でありながらセンスが光る城の中に、なぜこのように荒れ果てた一角があるのか? なぜーーなんでーー


「ーーなんでここだけ世紀末感でてるのよ!! もっと出すとこあったでしょうよ!」

「これはなんというか凄まじいですね」


 流石のタニアも絶句である。


「キュウキュウ」

「これ、ケダマーノ危ないからダメですよ」


 広大な。とても広大な庭?に駆け出そうとする毛玉を抑え、撫でながらの絶句である。結構しゃべってるのよね、絶句とは?


「戦争でもやったのかしら?」

「お嬢様、領主の館の裏庭?で戦争が起こったらそれこそ世紀末ですよ」

「じゃあ、悪魔の方の聖飢魔IIでも降臨なされたのかしら?」

「お嬢様! 悪魔などと! 魔王領に隣接しているこの国でそのようなお言葉はなりません!」

「おっと失言だったわ。本物の悪魔の話はここでは流石にまずかった」


 異世界的にも辺境伯領的にも通じない笑いだったわ。


「でもこれじゃあ何ともならないわねー」

「そうですね」


 しゃーなしよね。これはしゃーなしなのよね。


「ねえ、タニア」

「ダメですよ」


 何をするかわ言っていないのよタニア。


「せやかてタニア」

「ダメですって」


 こうなってしまっては仕方ないじゃないタニア。荒れた裏庭なんてわたしには許せないのよ。育った環境がアレだから、それはもうしゃーなしなのよ。荒れた裏庭を見過ごしたらアルムおじいが泣くのよ。元の世界の種籾ジジイも浮かばれないのよ。


「やるわー」

「お嬢様! まだ辺境伯様からなんの信用も信頼もない状況です。むしろ疑心しかない状態です。ここでお嬢様の歌魔法が奇跡を起こした所でいい結果を生むとは思えませんよ! ここはまず慎重n… …」


 必死で止めるタニア。でも鞭を取り出さないって事はほんとに止めてないのは知っているわ。貴女も荒れた裏庭は見過ごせない口なのでしょう。口はああでも体は正直さん。


「やるわーーーーーーー! わたしの歌をお聞きなさい! 種籾ジジイに捧ぐ歌!」


 奏でるイントロに軽くフェイクをのせる。それで地面の構造をエコーロケーション。そうして裏庭の範囲と地形を把握。

 響けAメロ。ここではまず地面をならしていく、低く低く低音で丁寧に地面の岩を粉砕、地面を揺らして凸凹した地形を平坦に平坦に。でもふかふかに。土に空気を混ぜて、その空気と空中の水分を、そしてエネルギーをためていくのよ。

 揺らすわBメロ! ここからは地面の下に眠っている子たちを起こしていくわ。徐々に徐々に周波数を上げて心地の良い目覚めを。低音で揺れた地面に不安を覚えた子たちにも安心を。こわくないのよ。起きなさい。起きなさい。

 ふふふ。そうそう起きてきたわね。世紀末に不安を覚え、地中で深く眠っていた子どもたち。大丈夫。あなたたちは今から全てを謳歌するのよ、歌い、踊り、風にそよぎ、水を吸って、光を浴びて、命を繋いでいく。

 さーーーー! サビにいくわよーーーー! 天から地から空から! 全てがあなたたちを言祝ぐわーーー!


「さああああわあああああああげえええええええ!」


 声に合わせ、メロディーに合わせ、リズムに合わせ、荒れ果てた地面から全てが息吹を吐き出す。


 地のエネルギーが可視化され地面はうねり回転した。

 回転した地のエネルギーは眠っていた草の種を刺激した。


 そこに草が生えた。シロツメクサ、ラベンダー、ナズナ、タンポポ。多種な草が。

 草は地面を耕し、地からエネルギーを吸い、地へ帰りエネルギーとなった。


 そのエネルギーは眠っていた木を起こした。

 そこに無数の木が生えた。クヌギが、コナラが、イチョウが、シラカバが。多様な木が。

 それらは天から空から地からエネルギーを得た。


 エネルギーは木に花を咲かせた。

 花は実に変わる。


 草も木も。

 花を咲かせ、実をつけ、生命のサイクルに歌い踊った。


 それを見た虫や小動物たちも裏庭に大挙して押し寄せた。

 蝶が、鳥が、リスが、猫が、犬が。さまざまな生き物が。


 生命が。全てが。喜び。踊り。


 歌っていた。


「キュー」


 ふふふ。ケダマよ思う存分庭を駆け回るが良い。


───────────────────────────────



「ふー… …やったわ」


 晴れ晴れしたわたし。こんなにスッキリするのは久しぶりね。やっぱり自由に歌を歌えるって幸せだわ〜。最近は馬車移動やら辺境伯の城への引っ越しやらで思いっきり歌えてなかったからね。さいっこう!


「やりましたね」


 タニアも喜んでくれているかしら。


「やったったわ」

「やらかしましたね」


 おっと喜んでなかった。やらかしたって何よ! 何よ何よーーなんなのよーー


「ちょっと! やらかしたってなんなのよ」

「サーシャ?」

「ヒッ」


 あかん。ガチギレてる。怖い。鞭こわい。どこからか出てくる鞭こわい。


「私は言いましたよ。貴女の力が奇跡を起こした所で良い影響はないと」

「せやかてタニア」


 荒れた裏庭は無理なのよ。荒れた裏庭はわたしにとって孤独だった時期の公爵家そのものなのよ。


「せやかてじゃすみません」

「って言ってもさー。ちょっと草生やしただけじゃん? 草はやすだけならニートにだってできるから」


 プププ。トラウマ消したった。草はえる。


「奇妙な言葉で誤魔化すのはおやめください!」

「でもーほんとにちょっと草生やしただけだって」

「これがちょっとですと?」


 そう言って両手を大きく広げるタニアの背後にはどこまでも広がっていきそうな一面に広がる広大な緑の大地。空と緑の境界線が曖昧になるほどの裏庭。いやー。裏庭ってなんぼあっても良いですからね。


「そうよー。公爵家の裏庭よりはそりゃちょっと広いけどさ」

「この裏庭の広さのどこがちょっとなんですか!? そもそもこれ裏庭ですか?」

「家の裏にある庭なんだから裏庭でしょうよ?」

「どこの世界に国家間で戦争できそうな広さの裏庭を抱える辺境伯領があるんでしょうかね!?」

「いやーね、タニア。実際ここにあるんだからギネス辺境伯領にあるに決まってるじゃない?」

「ですからー! ここがー! 裏庭じゃー! ない可能性をー! 一考なさってー!」


 あ、タニアが投げやりな怒り方になってきた。可愛い。タニア可愛い。でも声大きすぎて耳痛い。


「みみみ、耳痛いってタニア。そんな大声で言わなくてもわかってる。本当はわかってるからー」

「ならはじめから真面目に聞いてください!」

「でもさー。こんなことさー。公爵家の裏庭でもやったじゃない? やったじゃない?」


 公爵家の裏庭もここほどじゃないけど荒れていた。誰も近づかないし。誰も手入れしないし。そこに一人で日がな一日中座るだけだった日々。タニアはいたけど、その当時タニアは専属じゃなくて公爵家の仕事もあるからずっとは一緒には居られない。サーシャになって、子供になって、一人になって、心も体に引きずられて幼くなって。生まれた悲しさを。生まれた寂しさを。埋めるために必死で歌った歌。歌う事に決めて歌った歌。歌う事しかできなかった歌。


 わたしは毎日毎日歌っていた。


「やらかしましたね。でもあの時は徐々に徐々にやらかしていったじゃないですか?」

「徐々にやらかすって何よ」


 一年位経った頃にはもう一面緑で埋め尽くしてたわよ。そこから綺麗になった裏庭を管理するおじいが現れて、毎日おじいと過ごすようになって、タニアもわたしの専属になって。そこくらいから苦界が少しだけ楽しくなって。公爵家の迫害も受け流せるようになっていった。良い思い出だわ。


「今回のは一瞬ですよ! 一瞬! できるのは知ってましたけど! でもこんなのもう! もう!」

「牛みたいで可愛い。タニアー」

「ふざけないで! サーシャ!」

「はーい」

「ほんとにこんなのーー」


 言葉を探す可愛いタニア。見つけた言葉を放っていいものか思案するタニア。意を決して最初の音を放とうとするけどちょっと無理になって息だけ吸って咳き込むタニア。ほんと可愛い。

 わたしがその様子をニコニコとしながら眺めていると、照れたように、少し怒ったように、でも嬉しそうに。


 複雑な表情で。こう言った。


「こんなのもう! 天地創造じゃないですか!」


「キューーーーー」


 わたしが創造した天地にタニアの複雑な泣き声と、ケダマの嬉しそうな鳴き声とが、キレイなハーモニーを響かせた。

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