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【書籍化】悪役令嬢の愛され計画~破滅エンド回避のための奮闘記~  作者: 狭山ひびき
セルキーの涙

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悪役令嬢と龍神の花嫁 2

 ランドールが向かったのは、ラッカが泊っている宿だった。

 宿へ向かうと、すでにそこにはシリルとダルターノの姿があった。

 シリルは険しい表情を浮かべて、テーブルの上に並べられている宝石や金貨、ガラス工芸などを見やっている。

 ランドールは席につくと、金貨の一枚を手に取った。それは、サラドーラの金貨だった。


「これらはすべて、ディルバ子爵の船から出てきたそうだ」


 シリルが低い声で言った。


「ラッカに確認させたが、ダルターノに襲われたと言っているサラドーラの商業船から盗まれたものの一部で間違いないそうだ」

「……犯人は海賊でなく、ダルターノの名前を騙ったディルバだった、ということか」


 ランドールが金貨を静かに告げれば、シリルがテーブルの足を蹴飛ばした。その拍子に、上に載っていた金貨が数枚転がり落ちる。


「とんでもないことをしてくれた」


 シリルが苛立つのも無理はない。他国の船を襲うのと、自国の船を襲うのとではわけが違うのだ。


「ヴェルフント国王へ報告は?」

「すぐに出したが、連絡が戻ってくるのに時間がかかる」

「これが出てきた船はどうなっている?」

「ラッカたちが取り押さえたあと、取り急ぎ俺の権限で拘束してある。だが、ディルバのやつはその船の連中が勝手にやったことだと言って知らないふりだ。できれば急いであいつの船を全て調べたいところだが、令状は出ているのかと言い出した。他国の海軍が許可もなく調べるわけにもいかないからな。そうこうしているうちに証拠を処分されるとかなわない」


 どうしたものかと、シリルが唸る。

 海の上でならいざ知らず、停泊している船をサラドーラの海軍が調べるわけにはいかない。しかしこちらが調べようにも令状がないなら断ると言われれば、強行するわけにもいかない。

 取り急ぎ、調査だと言って、ディルバ子爵のもとへはカイザルーズに駐在している兵たちを向かわせて監視させて入るものの、現段階で拘束することはできない。いつまで見張るつもりだと言われれば、兵を引かざるを得ない。ただの時間稼ぎだ。

 かといって、ダルターノたちにディルバの船を襲わせるわけにもいかない。義賊の許可証を与えてしまったがために、ダルターノたちがすることはひいては国の責任になる。ディルバが完全に黒であっても、令状が出る前に義賊を使って船を襲わせたと、暇な貴族連中がうるさくなる。多かれ少なかれ、貴族の連中の中には腹を探られたくないものがいるものだ。そういう連中ほど、大騒ぎをはじめるのである。

 シリルがイライラと髪をかきむしった時だった。

 ディルバの船を見張らせていたダルターノの海賊の一人が、息せき切って部屋に飛び込んできた。


「どうした?」


 ダルターノが顔を上げると、男は肩で息をしながら叫んだ。


「船長、もうじき嵐がきやすぜ!」


 ランドールは、思わず立ち上がった。






 マラナは突然読んでいた本から顔を上げた。

 窓外に視線を向けると、慌てたように席を立つ。


「どうしたの?」


 マラナのそばで同じく本を読んでいたソフィアが訊ねると、マラナは真っ青な顔で言った。


「行かないと……!」

「え?」

「急がないと、嵐になるわ!」

「嵐!?」


 まさかカラナの言っていた龍神の怒りの影響だろうか。ソフィアは窓の縁に手をついて空を見上げたが、雲一つない青々とした快晴である。嵐が来そうな雰囲気はどこにもない。

 しかしマラナは、ソフィアが窓の外に視線を向けていた間に部屋を飛び出して行ってしまい、ソフィアは急いで彼女のあとを追いかけた。

 マラナは宿を飛び出すと、まっすぐに海の方へ向かって走り出す。


「は、早っ!」


 ソフィアも必死で追いかけるが、マラナは信じられないスピードでどんどん先に行ってしまう。見失わないようについていくだけで精一杯である。

 ゆるい坂道を下って、海岸まで走り抜けたマラナは、海の手前で顔を上げた。


「マ、マラナ、嵐って……」


 マラナはすっと海の向こうを指さした。マラナが指した方を見やると、青い空の向こうに、真黒な雲があった。

 ソフィアが息を呑んだその時、突然強い風が海から流れてきて、巻き上げられた砂が目に入りそうになって反射的に目をつむる。

 風は一度やんだが、再び突風が吹き荒れて、それは徐々に強くなっていくようだ。


「龍神様が、怒ってるわ……」


 マラナはそう言いながら、ふらふらと海に近づいていく。

 ソフィアは慌てて彼女の腕をつかんだ。アザラシの皮がないと、セルキーは海には戻れない。泳ぐこともできなければ、海水につかるだけで高熱を出してしまうのだ。

 マラナはソフィアに腕を取られて足を止めると、泣きそうな表情を海へ向けた。

 そのとき――


「ソフィア!」


 名前を呼ばれて振り返ると、ランドールとダルターノ、そしてシリルがこちらへ走ってくるところだった。

 風はますます強くなり、近くに停められている船のマストが軋む音まで響いてくる。

 そのとき、ぽつりとソフィアの頬に冷たいものが落ちてきた。――雨だ。


「ここはまずい! とにかく、どこか建物の中に」


 ランドールに腕を引かれてソフィアは頷くが、マラナは首を横に振って頑としてでも動こうとはしない。急がないと、風は強くなる一方で、雨も本降りになってきた。海の向こうのあの黒い雲がこちらへ来れば、それこそひとたまりもないだろう。

 カイザルーズが海に沈むと言ったカラナの言葉を思い出して、ソフィアはぞっとした。

 なんとかマラナを連れてここから離れなくては。だが、ここから逃げたとして、この嵐が収まるわけでもない。

 マラナのアザラシの皮を見つけて、彼女を海に帰すしか、この嵐を止める手立てはないのである。


「ダルターノ! ディルバ子爵の船にマラナのアザラシの皮はなかったの?」

「いろいろあって全部調べきれてねぇんだ。船なら少し行った先に、全部泊めてあるにはあるが……」

「もうこうなったら仕方がないだろう! 俺が責任を持つから、ディルバの船の中を調べるぞ!」


 シリルが腕をかざして風と雨から顔をかばいながら叫ぶ。

 ダルターノが頷いて、船の方へ向かっていく。


「ソフィアとマラナは、どこか安全なところへ――」

「わたしも行くわ!」


 どこかに隠れて待っているより、ソフィアも捜索に加わったほうが、早く見つかるかもしれない。人では多いに越したことはないだろう。マラナもこのままどこかに避難してくれそうもないし、それならば全員で船に向かって探したほうがいい。


「船は停泊しているとはいえ波にあおられて揺れているんだ! そんな船の上に上がるなど――」

「でも! 急がないと本当に町が沈んじゃうかもしれないわ!」


 シリルとランドールは顔を見合わせて、肩を落とした。


「わかった。ただし、俺たちのそばから絶対に離れるなよ!」


 ソフィアは大きく頷いて、嵐の中を船に向かって走り出した。



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