悪役令嬢と龍神の花嫁 1
ダルターノは忍び込んだディルバ子爵の所有している船の中で、小さく息を呑んだ。
ダルターノの船『セレーン号』は一見海賊船には見えないが、さすがに近づけば警戒されるだろうと、離れたところに隠してある。
逆に、ラッカの海軍の船はディルバ子爵の船から目立つところを、つかず離れずの距離を保ちながら進んでいた。まさか海軍の船がすぐそばにある状態で近くに海賊がいるとは思わないだろう。
ダルターノは船の乗組員に気がつかれないように、積み荷をのせてある倉庫にもぐりこんだが、そこに積まれているものの中に妙なものを見つけた。
「あの子爵、とんでもねぇな」
ダルターノは一緒に潜入していたダルターノ海賊の副船長を振り返った。
「ラッカのとこに急いで向かって、すぐにこの船に海軍の連中をよこすように言ってこい。お前が探してたもんが見つかったってな」
☆
「オリオン、どこに行くの?」
次の日、ソフィアが朝食を食べに食堂へ降りると、旅支度をしたオリオンに、しばらく留守にすると言われた。
「ちょっとね。こんな時に悪いけど」
「それは、別に。わたしたちがすることって正直なにもないし……」
マラナのアザラシの皮は、ダルターノたちが捜索中だ。その間、ソフィアたちは待っていることしかできない。
オリオンはもう一度「悪いわね」と言って、慌ただしく宿から飛び出して行った。
せめて朝食くらい食べていけばいいのに、それすらも惜しいとばかりの急ぎようである。
(変なオリオン)
そういえば昨日のランドールも少し変だった。二人とも、いったいどうしたというのだろう。
ソフィアは首をひねったが、わからないことを考えても仕方がない。
ソフィアの前に朝食が並べられたころに、ランドールも降りてきて、ソフィアの前に座ると女将にコーヒーだけを頼んだ。今朝の朝食はフルーツがたくさん盛られたパンケーキである。すごくおいしそうなのに、ランドールはいらないらしい。
コーヒーだけだと胃を悪くしそうなので、ソフィアが少し食べるかと訊いて見ると、ランドールに驚いたような目で見られた。
(何か変なこと言ったかしら……? わたしの分を食べるかって、はしたなかった?)
でも、まだフォークを刺してない。当然口もつけていないのだから、食べかけたものを勧めたわけでもない。何がまずかったのだろう。
ランドールはしばらく固まったように動かなかったが、小さく「そこのフルーツを一つだけ」と言った。食べるらしい。
ソフィアはフォークでランドールの指さしたフルーツを刺すと、少し悩んでから、すっとそのフォークを差し出した。取り皿がないのだから、こうするしかない。
しかしランドールはソフィアがフォークを差し出すと、再び凍り付いたように固まってしまった。
また何か失敗したのだろうか。ソフィアがフォークを下げようとしたとき、おずおずと言ったようすでランドールが口を開けた。
(……え?)
これは、食べさせろと言っているのだろうか?
ソフィアはてっきりフォークごと受け取ってくれるものだと思っていたのだが、これは想定外だった。
しかし、口をあけられたのだから、入れるしかないだろう。
ソフィアがフォークをランドールの口元に持っていくと、彼は薄く頬をそめてフォークの先に刺さっていたフルーツを口に入れた。
ランドールはもぐもぐと咀嚼した後で、まるで飲み込みにくいものを飲み込むかのように、大きく喉を鳴らして嚥下すると、落ち着かなさそうに周囲に視線をやってから、うつむいてコーヒーを飲む。
(どうしたのかしら?)
急にそわそわしはじめたランドールを不思議に思いつつ、まだいるかと訊いてみると、小さく首を横に振られた。いらないらしい。
それならばあとは自分が食べようとパンケーキを切り分けて口に入れたソフィアは、そこではたと気がついた。このフォークは先ほどランドールが口に入れた。つまり――
(間接……)
ぼんっとソフィアの頭が沸騰しそうになった。
しかしもう口に入れてしまった。今更フォークを変えてほしいと頼むのもおかしな話だ。
ソフィアの心臓が急にばくばくと大きな音を立てはじめる。
ちらりと顔を上げると、ランドールと目があった。しーんと、妙に気まずい沈黙がテーブルの上に落ちる。
ソフィアは急に恥ずかしくなって、ほとんど咀嚼もせずにパンケーキを飲みだしていく。せっかくおいしそうなパンケーキなのに、ちっとも味がわからない。
ソフィアがただ機械的にパンケーキを口に入れて飲み下す作業を続けていると、ランドールのもとにラッカがやってきた。
ラッカは挨拶もそこそこに、険しい表情でランドールに何やら耳打ちをして――
「ソフィア、少し出てくる。お前は宿にいろ」
ランドールはさっと表情を変えると、そう告げてラッカとともに宿から出て行った。




