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【書籍化】悪役令嬢の愛され計画~破滅エンド回避のための奮闘記~  作者: 狭山ひびき
陰謀

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悪役令嬢と毒 3

「陛下、サラドーラの王女とヒューゴ様を婚約させるおつもりですか?」


 国王の執務室へやって来たレヴォード公爵は、開口一番にそう訊ねてきた。

 国王は決裁していた書類から顔を上げて、憂鬱なため息をつく。


「つもりもなにも、私が知らないところで王妃が勝手に進めてしまった。さすがになかったことにしてくれとは言えないだろう……」

「妃殿下が……、なるほど」


 レヴォードはソファに腰を下ろした。腰の調子は昔ほどひどくはないが、寒くなってくると痛みが増すのだ。長く立っているとつらい。

 王は執務机から立ち上がると、レヴォードの向かい側に腰を下ろした。


「なにがなるほどなんだ」

「いえ、陛下が渋るから、とうとう実力行使に出られたのだなぁと思っただけです」

「……実力行使、か」


 王はレヴォードの言いたいことを理解して眉を顰める。

 カーネリアとヒューゴの婚約の話を強引に進めたのは、間違いなくヒューゴの地盤を固めるためだ。いつまでも王がヒューゴを王太子として認めないから、それならば認めざるを得ない状況を作り出すつもりである。


「サラドーラの姫を妃に迎えて、ヒューゴ様を王にしないのは体裁が悪いでしょうね。おそらく、先方にも姫の王妃の地位を約束しているかと」

「……頭の痛いことだ」


 国王は、まさか王妃がここまでするとは思っていなかった。彼女はいったい何に焦っているのだろう。焦っているとしか思えないほどに、ヒューゴの立太式を急いでいる。


「陛下がヒューゴ様に王太子の地位をお与えにならないのは、どうしてでしょう」


 わかっていて訊いてくるレヴォードが少々恨めしかった。

 国王はしばし沈黙して、それから絞り出すように言った。


「まだ――、迷っている」



     ☆



 父であるエドリックは最後まで反対したが、ランドールはソフィアとともに王都へ戻ることに決めた。

 第一王子の婚約発表を兼ねた、サラドーラのカーネリア王女の歓迎パーティーを欠席するわけにはいかないからである。それに、さすがに城で開催されるパーティーでソフィアの命が狙われることはないだろう。念のためにディートリッヒにも連絡を入れており、ソフィアの身辺警護に回ってもらうように頼んでいる。パーティーが終わったあと、すぐに領地へ戻れば、さほどの危険はないだろうと踏んでいた。もちろん、楽観視はできないが。


 ランドールは父であるエドリックから聞いたことをディートリッヒ伝いにカイルに報告したが、それをソフィアに伝えるかどうかについてはまだ迷っていた。

 家族のことだ。そしてソフィア自身が巻き込まれてしまったことだ。ソフィアには聞く権利がある。けれども――、できれば、彼女を煩わせたくないというのが本音だった。


 王都に戻っても、どうすることが最善なのか、ランドール自身が答えを見つけられないままに迎えた、カーネリアの歓迎パーティー当日。

 なぜかカーネリアから送り付けられてきた青いドレスに身を包んだソフィアを伴って、ランドールは城へ向かう。

 ソフィアの白い肌に、カーネリアが贈った青いドレスはよく似合うが、いったいどうしてあの王女はソフィアにドレスを送ったのだろうかと首をひねりながらパーティー会場へと入ったランドールは、ヒューゴとともに現れたカーネリアを見てなるほどと合点した。

 おそろいである。若干のデザインの違いはあるものの、ソフィアのドレスとカーネリアのドレス、この二つが対になるように作られたのは、誰が見ても明白だった。


「マぁルぅゲぇリぃータぁああああ、ちゃあああああん!」


 本来主賓であるカーネリアは、ランドールとともにいるソフィアの姿を見つけるや否や、ヒューゴやその周りの貴族たちを突き飛ばすかのような勢いで突進してくる。


「うぐっ」


 ソフィアが目を見開いたまま硬直している間にドレスの裾をつまんで駆けてきたカーネリアは、その勢いそのままにソフィアに抱き着いてぎゅーぎゅー抱きしめる。

 その光景を見たヒューゴたちは茫然とし、ソフィアとカーネリアの間に妙な空間が出来上がって、ランドールは頭を抱えたくなった。

 この王女は、ランドールが思っている以上に「問題」だ。パーティー会場を走って横切って、その国の王女に抱き着くなど、普通はあり得ない。


 カーネリアの豊満な胸に頭を抱え込まれたソフィアが「うぐぅ」と苦しそうな声を漏らすのを聞いて、ランドールは慌ててソフィアをカーネリアから引きはがす。

 恐ろしかったのか、ソフィアがひしっとランドールの腕にしがみつくと、カーネリアはまるでランドールが恋敵であるかのように睨みつけてきた。


「お久しぶりですわヴォルティオ公爵。マルゲリータちゃんを返してくださいな!」

「……意味を測りかねますが。カーネリア王女」


 ソフィアはランドールの妻である。返せと言われても、カーネリアのものではない。

 ランドールとカーネリアが睨みあっていると、さすがのヒューゴも度肝を抜かれたのか、恐る恐ると言った体で近づいてきた。


「カ、カーネリア王女、いったい……」

「殿下、わたくし、マルゲリータちゃんとダンスしたいですわ」

「マルゲリータ……?」


 すっかり混乱したヒューゴが、カーネリアとソフィアを交互に見た後で、ランドールへ視線を移す。「説明しろ」と目で訴えられても、ランドールだってこの状況の説明は難しい。どうしたものかと悩んでいると、「カーネリア王女」と静かな声が聞こえてきた。

 顔を上げれば、王妃がしずしずとこちらに向かってきているところだった。黒と赤のドレスをまとった王妃は、冷ややかな視線でソフィアを一瞥して、カーネリアに微笑みかける。


「カーネリア王女、ダンスであれば、王子とお願いいたします。そちらのソフィアは王女で、さらに申せば妾腹、王女殿下がお相手なさる必要はございません」


 明らかな敵意を持っての言葉に、ランドールはわずかに眉を寄せる。これまでソフィアを見てこようとしなかったランドールは。ソフィアが王妃にどのような扱いを受けていたのかについても知らなかった。ソフィアは、城で暮らしていた時にはいつも、このような侮蔑の表情を持って見られていたのだろうか。

 ランドールはできるだけ自然にソフィアを背中にかばうと、王妃に一礼する。カーネリアは一瞬舌打ちでもしたそうな表情を浮かべたが、次の瞬間にはにっこりと完璧な笑みを浮かべていた。


「ヒューゴ王子とは先ほど一曲踊らせていただきました。ダンスがだめなのでしたら、お喋りでもしておりますわ。わたくし、ソフィア王女とは仲良くさせていただきたいんですの。では、失礼」


 この王妃相手にきっぱりと自分の言いたいことを言ってしまうカーネリアは、ある意味王妃の器と言えるのかもしれない。

 カーネリアはランドールの背にかばわれたソフィアの腕を嬉しそうにつかむと、夫であるランドールにも許可を得ずに半ば強引にソフィアを壁際のソファまで連れて行ってしまう。

 唖然とした王妃とヒューゴに、ランドールはどこか留飲の下がるような思いでソフィアのあとを追った。


「ソフィア!」


 壁際のソファにソフィアが腰を下ろすと、同じく招待されていたらしいアリーナが近寄ってくる。

 アリーナはカーネリアを見ると、ドレスの裾をつまんで優雅に一礼した。


「お初にお目にかかります。カーネリア王女」

「あら、どなた?」

「わたしの友人のアリーナです」


 ソフィアがアリーナを紹介すると、カーネリアはじろじろとアリーナを観察したあとで、満足そうにうなずいた。


「かわいいから合格ですわ」


 何が合格なんだとランドールは突っ込みたかったが、突っ込むと面倒そうなので黙っておく。


「ソフィア、あとでいいのだけれど、休憩室か――いいえ、ヴォルティオ公爵家の方がいいかしら。お邪魔してもよろしい?」


 ソフィアがこちらを見てきたので、ランドールは頷いた。


「かまわないが」

「ありがとうございます公爵。公爵にも、お耳に入れておきたいことですので」


 何だろうとランドールが首をひねる。ソフィアの交友関係にいちいち口出しするつもりはないし、彼女の選んだ友人を細かく調査するつもりはないが、このアリーナは過去にソフィアを下町の飲み屋に連れ出した前科持ちだ。どうしても少し警戒してしまう。

 ランドールはこの場で問いただしてみたいような気がしたが、女性同士のお喋りの邪魔をするのも気が引けたので、少し下がって様子だけ見ておくことにした。

 カーネリアは相変わらずソフィアがお気に入りのようで、べたべたとくっついては、給仕を呼び止めて飲み物を持って来いと命じている。

 給仕が彼女たちのドリンクを持ってくると、カーネリアとアリーナはシャンパンを、ソフィアはアルコールがあまり得意でないからか、フルーツジュースを受け取った。


(……何事もなく終わりそうだな)


 父から話を聞いたあとなので警戒はしていたが、やはり城で開催されるダンスパーティーで何かがあるはずがない。ランドールが、ほっと息をついたそのときだった。

 ガシャンとガラスが割れるような音にハッとすると、手に持っていたグラスを床に落としたソフィアが、喉を押さえて前のめりに倒れこむ。


「ソフィア!」

「マルゲリータちゃん!」


 慌ててソフィアに駆け寄って抱き留めると、その体が異様なほど熱かった。

 ソフィアは喉を押さえたまま、床で粉々になっているグラスを指さす。

 ランドールはグラスを見、そして口の中で「まさか……」とつぶやいた。


「……毒か」


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